第3話 - Rewind



バスの中にいた。

見覚えがある。見覚えしかなかった。


つり革に掴まる僕は、足の疲労を覚えながらも窓の外の景色を目で追っていた。



「これって…………」



間違いない。今朝、僕が乗ってきたバスの光景だ。

夢でも見ていたのだろうか。いや、夢にしては記憶がはっきりしている。


――それよりも。


スイッチを押した感覚が残る手で、降車ボタンを押し込む。次は朝枝あさえだ高校前の停留所だ。



「……降りれた」



記憶の中では乗り過ごしたせいで数十分も遅刻をしたが、HRホームルームまで余裕を持った時刻で学校に到着できた。

登校してくる生徒たちの姿が多く見られ、記憶している静寂さが夢に思えた。


記憶との違いを確かめながら、慌てることもなく職員室へ。ノックして歩場ほば先生を呼び出す。



「ああ、おはよう雲永くもながくん。まだ時間あるから……ちょっとお話しようか」



先生はカップからコーヒーの湯気を漂わせながら声をかけてきた。

職員室の先生の数が記憶よりも多い。これからそれぞれが担任する教室へと移動していくのだろう。



――そういえば、林檎ちゃんとまだ出会えていない。



「この前、雲永くんの親御さんと僕と校長先生で面談をしたけど、改めて雲永くん本人から色々聞いておきたいなって」


「ああ……はい」



――これは、同じ日が少し違う形で繰り返されているのだろうか。



「まぁ……色々大変だったと思うけど、もう大丈夫だから。これでも俺、一応はプロだからさ」


「はぁ…………え? プロ?」


「そうそう。偉い人の指示で日本全国色んなとこ回ってんの。3年周期で」



なはは、と笑いながらカジュアルに話す歩場先生だが、同じようになははと笑ってよいものか悩んだ。

結果、出てきたのはありがとうございますという謝辞の言葉だった。


上の空のまま時は過ぎ、僕たちは教室に向かった。2年生の教室はところどころ廊下の窓が空いており、記憶の中では味わえなかった騒がしさが3階に広がる。



「じゃ、雲永くん、入ってきて!」



大歓声だった。

記憶の中では遅刻をしたために、彼ら彼女らに我慢を強いていたのかもしれないと思うとちょっと忍びない。

ボルテージの上がりきった教室を前に、僕はゆっくりと息を吸う。黒板に自分の名前を、前よりも大きく書く。



魚住うおずみ高校から来ました、雲永行飛です! 得意技は速読で、文庫本なら8秒で1ページ読めます!!」



あらかじめ決めておいた自己紹介を繰り出した。

納得の拍手喝采だった。



「まだ2年生は始まったばかりで、これからいっぱい時間があるからゆっくりみんなと仲良くなってってください…………と、雲永くんの席はあそこ。最後尾」



先生のセリフは変わらない。僕のと同じように用意した言葉だったのだろう。違うのは大勢の前に立つことへの慣れだ。



「あれ…………!?」



違うことを見つけた。というより、いなかった。

歩場先生を見る。



「あ、ああ。隣は飴宮あめみやさんっていう子の席なんだけど……今日はお休みみたい。来月になったら席替えするから、それまでね」


「は……はい…………」



――おかしい。

今日は林檎も学校に来ていたはずである。記憶の中で彼女と出会ったのは偶然。僕の行動が何かしら作用したとは考えられない。


混乱してきた。林檎と会えていないのは自分のせいなのか。


着席してもなお、頭の中は林檎のことでいっぱいだった。



「――雲永くん、部活どうする!?」



いつの間にか今日の授業が終わっていた。時間が早く進んでいるように感じる。



「…………科学部」


「え??」


「――ごめん。急いでるから!!」



鞄の口を大きく開いて、引き出しの中のものを流し込む。

重たい鞄に身体を引っ張られながら、廊下まで飛び出した。階段も一段とばしで駆け下り、部室棟へ。


2階の最奥の部屋。


――科学部。



息があがった。走るのは久々……いや、記憶の中ではバス停から学校へ来るのに走ったが。

ともかく息を整えつつ、窓から中を覗き込んだ。


――いた。


栗色のロングヘアー。この後ろ姿は林檎で間違いない。

彼女は屈んでネオンテトラの世話をしている。


なぜだか扉をノックするのが躊躇われる。もう少し息を整えて――いや、やっぱり緊張する。

クラスの前で自己紹介するのには緊張しなかったのに、どうして林檎相手に…………。



「あんた、そこで何やってんの」


「――ひゃッひゃい!!!!」



変な声が出た。振り返るとそこには、記憶の中で林檎が「先輩」と呼んでいた女子生徒の姿。

リプトンのピーチティーを2つ持っている。



「あ、あの……えっと…………」



無意味にどもった。適当な言葉を拾い上げられたら楽だった。

記憶の中で僕に敵意のようなものを向けてきた相手。林檎との関係もわからないままに下手なことは言えなかった。



「林檎に何か用?」


「あ、え……ま、まあそんなところで」


「授業のこと?」


「や、僕、今日転校してきた雲永と言います。林檎ちゃんとは同じクラスでして……」


「あっそ」



先輩とやらはそっけない返事だけして扉を開けた。



「あちょ――!」


「あ、先輩!…………と、あれ?」



林檎に見られた。



「もしかして…………行飛くん?」



――まずい。何がまずいって、感極まったような声を出している林檎と、それを見てこちらに目を向けてきた先輩の圧がまずい。



「ゆ、行飛くんッ!!」



抱きつかれそうになった僕と林檎との間に、先輩が割って入った。



「お前、ちょっと来い」



――ああ、終わった~~……。

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