9
久しぶりに考えてみると、なんだか自分がどんな音楽が好きだったのか、すぐには思いつくことができなかった。(それがちょっとだけ不思議な体験だった。自分の好きな音楽をすぐに思い出すことができないなんてことは、今まで一度も鞠は経験したことがなかった)
さて、自分はいったい、どんな音楽が好きなんだっけ? 記憶を探り、自分の、純粋に音楽が大好きだったころの、そんな子供のころのことを三久は思い出そうとしてみた。(それはとても楽しい時間だった)
三久は家の近くにある公園の中の道を走り始めた。体力のために、(それと気分を変えるために)少し走ろうと思ったのだ。
こうして地面の上を走るのは、本当に久しぶりのことだった。そのせいなのかもしれない。……一度走り始めると、なんだか走ることがすごく楽しくなった。
そのとき、三久は、風の中で、……あ、そうか。
自分のことを好きになるって、こういうことか……。
と、久しぶりの感覚とともに、そんなことを、思った。(不思議と思い出すことができた)
それは音楽を初めて好きになった子供のころ以来、久しぶりに感じる、『自分を好きになる』、という感覚だった。
そんなことを三久は思って、ふふっ、とその場で我慢しきれなくなって、含み笑いをした。
あんなに落ち込んでいたのに、自分のことを大嫌いだと思っていたのに、……私って、以外と軽い性格なのかな? とそんなことを思ったりしもした。
だんだんと(軽薄なことに?) 自分のことを、……好きになり始めている自分がいた。
鞠は含み笑いを止めることができなくなった。
それから、三久はいろいろと我慢することを諦めて、思わず、大きな声を出して、公園のランニングコースの道の上で笑い始めた。(もちろん、慌ててすぐに口元を押さえて、笑いをこらえたけど)
……そうか。そうだったんだ。
三久は思う。
全部、私のひとりよがりの強がりだったんだ。
……私が勝手に落ち込んで、私が勝手に誰かを羨ましがったりして、……嫉妬して、全部難しいことだって、そう、思い込んでいただけなんだ。
私がわがままだったんだ。
私が素直じゃないだけ、……本当にただそれだけの話だったんだ。
(……私が、可愛くないだけだったんだ)
「なんだ。そうなんだ」
三久はそう言って、汗だくの顔で公園の芝生の上で立ち止まった。
(天気は晴れていて、青色の空が広がっていて、静かな世界にはとても気持ちのいい風がふいていた)
トイレの鏡で自分の顔を見て、三久はじっと真剣な表情で、そこに映っている自分の顔を見つめている。
……その三久の顔には少し驚きのような表情が、一瞬だけ浮かんで消えた。
その理由は、きっと三久の顔にある。
三久の顔は、『笑顔』。
それは本当に、本当に久しぶりに見る、自分の大好きな森三久のずっと探していた、『本当の笑顔』だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます