第5話 ナンバープレイス×ルービックキューブ
ナンバープレイスの和訳、数字は独身に限るということで、数独と名付けられた。
実際解答者は空欄を埋めるあいだ独りで頭を悩ませることになるのは間違いない。一桁の数字をシングルと表現することを上手いこと言い表したらしいが、おかげで盤上王成あたりには初戦闘お披露目以降童貞と延々なじられ続けることになったのだが。
パズルクラフトは変身者に自らの能力を分け与えるが、みなそれぞれのパズルへ欠片なりとも想い出や因果が備わっているという。パズルを愛する心、それが強ければ強いだけ、技の出力が上がったりもするそうだが、実際のところクラフトとの同調は才能に左右される。
俺や彼女らより人一倍パズル愛があっても、それだけでクラフトホルダーにはなれない。
たとえばナンバープレイスも紛い物とはいえ、クラフトとして変身者を志願した複数のうち、ナンプレの起源やらまできちんと知って誰よりそれを愛したナンプレ少女みたいな子もいたが、結局当時は起源などよくわからず、さわり程度のルールしか知らない俺なんかが選ばれたわけで。
五人のクラフトホルダーを通しての俺の私見は、『パズルに対する内向的なオタク愛』ではなく、『パズルとそれに紐づいた人との交流』がトリガーとなる。
チャトランガクラフトなどはその傾向が最も強く、なんせ盤上はチャトランガという競技が将棋の前身であるくらいしか知らなかったくらいだ。
*
黄金碑郷の『タリス・シティ』、河川敷の草原で昔の俺はよく寝転んでいた。
転校してきた学校へ馴染めず、暇つぶしにスマートフォンの数独アプリやらをこなしていたのは、そのほうが普通にソーシャルゲームやガチャを回すより知的ぶっているだろうという、ありがちな慢心、ひとりの自分を紛らわす口実でしかなかったのだし、それは「パズルそのものを愛する」精神にはきっと程遠い。パズルはあくまで切っ掛けでしかなかったのは、俺を選んだクラフトへ今でもほんの少しだけ申し訳なくも想っている。
「なにしてるの?」
「なんにも」
「
「クラスメイト?」
女子というものにこれっぽっちも興味のなかった俺は、それでも彼女がクラスの中心的人物であるのをやがて気づいた。彼女には呆れられてしまうが。
「みんなに馴染めない?」
「というより、スポーツとか軽く興味があって話はできても、実際に身体を動かしてフィーリングというか感覚的なひととはすり合わなかったんだよね。俺自身はインドア派で、結局見てるだけ。みんなそっちのプロだとか本気で夢見てたりさ、温度差がな。にわかが完全にタイミング違えたよ……仲がいいでも悪いわけでもない」
「でも教室や部活には入りづらいんでしょ?」
「気楽でいいもんだろ、誰にもなにをする責任を求められない。あいつは余所者だから、いないのと同じ」
「そんなの……哀しいよ」
自分でもスマホでやっていたが、入院中だった祖父がボケを防止したいと求めたのも、このようなパズルであった。百均で買ったばかりの数独本を、レジ袋から引き出す。
「じいちゃんに頼まれてて、入院中なんだ。自分でもナンプレ、軽くやってみてるんだけど。本当にひとりでやる、暇潰し以上の意味なんてないな」
「どこで買ったの?」
その後同じ店へ一緒に行って、彼女はルービックキューブと極細のサインペンを購入した。
河川敷へ戻ってなにをするかと思えば、ブロックの端に格子と数字を細かく書きつけ始めるのだ。
3×3のブロックのひとつひとつにまた3×3の格子を書き込んだなら、1~9の数字をその内側へランダムで書きつける。すべての列が1~9、数字の重複することなく書き上がり、面がナンプレを模していることに彼もようやっと気づいた。六面それぞれに書き付けたなら、整っていたルービックキューブをごりごりぐちゃぐちゃにコネ回す。
「こうしたらひとつで二度美味しいと想わない?」
「数字の向き、ぐちゃぐちゃじゃんか」
なんだかおかしくて、彼は笑ってしまった。彼女も釣られて笑った。
――ほらね、独りのパズルかもしれなくても、想い出が増えた。
それが彼女と俺、ふたりだけのパズルの記憶。俺はそんなあの人にずっと憧れて……だったというのに、どこで俺たちはすれ違った?
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