第35話 見てないから

「雛森、ごめん。口使うから」

「ゆ、雄司くん、口って!?」


 俺はおしり側の紐を口に咥え、前側の紐は手で持った。なんだか雛森の股間に顔を近づけるだけで、卑猥な感じがしてくるが、大事なところを本当の彼氏でもない俺に晒すよりはマシだと思ったからだ。


「んっ! し、舌が当たってるぅぅ……」


 誤解も甚だしくて、雛森の腰に当たってるのは俺の唇。雛森に訂正を願い出たいところだが、それよりも先に紐を結ぶ方が先決だった。


 口と舌と手を上手く連動させ、雛森のビキニの腰紐を結ぶ。女の子の身体に顔を近づけたことなんてなくて、どうしても鼻息が荒くなってしまっていた。


「んっ!」


 鼻息が当たる度に雛森はくすぐったいのか、顎を上げ、漏らす吐息を我慢しているようだった。だが我慢している雛森の表情がえちくて、俺の鼻息は更に荒くなってしまう。


 初心なのにもしかして、雛森って感じやすい?


 ダメだ、これ以上余計なことを考えると俺の肥大化した妄想が漏れなく股間に反映されてしまう。


「よし、右側は結べたから今度は左側だ」

「うん……」


 緊急事態だったとはいえ、女の子の股間の近くに顔を持っていったのは流石に拙かったんだろう。


 あれ? これって俺……雛森の腰やら太股やらにキスしたことにならない?


 結ぶことに必死だったから白くてもちもちしてて、肌理の細かい肌に注目がいかなかったが、今見るととんでもない美しさだ。


 なんとか雛森の秘密の花園がぺろりんちょせずにボトムスの紐を結ぶことができた。だが雛森は眉根を寄せ、口は固く結んでどこか不満げに見えた。


 そりゃ兄貴と違って、俺みたいなキモ陰キャに腰や太股を不可抗力とはいえ、キスされたら不満も溜まるってもんだ。


「ごめん……雛森。なるべく雛森に触れないように努力したんだけど、上手くいかなかった。顔を近づけたり、口が触れてしまったことは謝るよ」

「ちっ、違うんです。そんなことでまったく怒ってませんから。むしろ……」


「むしろ?」

「な、なんでもありません」


 雛森は俺に不満を感じたのは明らかだ。ただ俺の何に不満を感じのかまではさっぱり見当がつかない。俺が兄貴みたいにイケメンを演じられなかったからだろうか? 


 いやいやそれは無茶ぶり過ぎるだろ、あんな口と手で紐を結んでるときでも格好をつけろとか……。まあ兄貴ならやりかねないけど。


 俺が雛森が抱いた俺への不満について考察をしていると雛森は機嫌を直してくれたのか、頬を赤らめながら訊ねてくる。


「ゆ、雄司くん……に、似合ってるかな?」


 これほど返答に困ることもない。


 北半球どころか南半球まで丸見えで外でこんな水着を着ていたら、痴女扱いされても文句は言えないほどエロく、雛森を直視すると俺の股間が肥大化して、彼女に最悪の印象を与えかねないのだ。


「それなら兄貴なんて、チョロく落ちるよ。間違いない、俺が保障する」

「あ、うん……。そうじゃないのに……」


 雛森は何かぶつぶつと漏らすと一瞬雛森の頬が膨れたような気がした。


 やっぱり俺……雛森に何かしちゃったんだろうか?


 ちょうどそのとき、[お風呂が沸きました]と給湯器からアナウンスが流れる。ほかほかと浴槽から上がる湯煙に誘われるがまま、雛森と顔を見合わせ、互いの足を漬ける。


 ゆっくりと全身を湯に漬けると展示会準備の疲れなどすぐに吹っ飛びそうだった。


「なんだか二人で手を繋いで一つのお風呂に入るなんて夫婦みたいですね」


 ふぁっ!?


 雛森みたいな美少女と一緒に狭い浴槽に入れるなんて夢かと思っていたら、彼女はまたとんでもないことを言い出す。


「雛森は嫌だろ、俺みたいな旦那とお風呂に入るのは……」

「そんなことないです! 雄司くんはとても頼もしいです。私は……私は……雄司くんともっと早く出会いたかった……」


「雛森……」


 そんな言葉がでるなんて、彼女なりの優しさなんだろう。


 雛森の優しさに涙が出そうになっていると……。


「あ、取れた」

「取れちゃいましたね……」



――――【陽香目線】


 おかしいな……。


 秋山先生が男子生徒から没収したえっちな漫画には、水着に着替えている幼馴染に欲情して女の子の大事なところを舐めちゃう展開だったのに、雄司くんはそんな素振りを一つも見せてくれなかったです……。


 スカウトの人も私を騙そうとしただけで、やっぱり私はお姉ちゃんと違って魅力の欠片すらないダメな女の子なんだ……。


 せっかくお店で精いっぱいの勇気を出して、店員さんにお願いしたのに……。


 お店で一番えっちな水着をくださいって……。


 なのに雄司くんは何事もなく私に淡々と水着を着せていっちゃう。もっと触れたり……してスキンシップを図ってくれても良かったんです。


 雄司くんは優しくて格好良くて謙虚だけど、私に触れたりするのは極力避けようとしてきます。それだけ紳士というのは分かっているのですが……。


 怪我の功名と言っていいのか分かりませんが手が雄司くんとくっついたのは嬉しかったです。ずっと雄司くんと一緒にいれただけでなく、お風呂まで入れたんですから。


 もう二人で一緒にお風呂に入った仲なんだから、ホントの彼氏彼女って言っても過言ではないですよね?


―――――――――あとがき――――――――――

ぐいぐい来る陽香たんだけど、鈍感に加え勘違いの激しい雄司に想いは通じるのか? 通じて欲しい読者さまはまた応援お願いします~。

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