第32話 天使さまのおしっこ
雛森がウェスで瞬間接着剤がついた手を拭こうとしたので俺は慌てて彼女を止めようとしたんだが、俺と手がくっついてしまって離れることができない。
「ごめん、そんなつもりはなかったんだけど……」
「いいんです……願ったり叶ったり……ですから」
「えっ? 雛森、今何て言った?」
「何でもありません。忘れてください……」
雛森が小声で呟いたことがはっきり聞き取れず、聞き返すとちょっと連れない言葉が返ってきた。
そうだよな、雛森はあくまで兄貴のことが好きなんだから俺と手繋ぎ状態でいるなんて嫌に決まってんだろうな。
「このまま雄司くんと……」
「大丈夫、安心して。俺、瞬間接着剤が取れやすくなる方法を知ってるから」
「え? あ、うん……そう……だよね、このままずっと一緒にはいられないよね」
どうしたんだろう? 俺と離れられると伝えると雛森はどこか残念そうな顔をしている。
雛森とくっついてしまって申し訳ないけど、手と繊維に瞬間接着剤がつかなくて良かった。雛森の綺麗な手が化学反応の熱で火傷なんてしたら、どうしようかと思ったから……。
「ちょっとだけ作業が残ってしまったけど、明日の早朝に登校して俺一人で仕上げるよ。雛森は明日はゆっくり登校してきて」
「何で……何で……そんなこと言うんですか? 私は雄司くんの同志……ううん、彼女じゃないんですか?」
雛森に気を遣ったつもりなのに、彼女は俺に詰め寄り、真剣な瞳で訴えかけてくる。あまり自己主張しない雛森がはっきりしたことを言うのは珍しい。
ただ今日の雛森は何か変だ。
やっぱり俺が雛森に救助する際に身体に触れたことやキスしたことに勘づいて、怒ってるんだろうか? だとしたらこの辺で謝まっておいた方がいいかもしれない。
「あ、いや……雛森と一緒に居たくないから言った訳じゃなくて……と、とにかく今はこの状態を何とかしないと……」
「う、うん……」
良かった……。
一緒に仕上げなきゃ嫌! と主張する雛森でもずっと手がくっついたままだと色々マズいと思ってくれたのだろう。
まだ残っていた生徒たちの注目を浴びながら、下校する。
――――靴を取り出す時まで手繋いでるよ。
――――仲良すぎだろ!
――――見せつけやがって!
手を繋ながら下校することぐらい不純異性交遊に該当しないはずなんだが、白昼堂々とやってるものだから好奇の目線に晒されてしまうのも仕方ないことなのかもしれない。
「ごめん、こんなことになってしまって」
「雄司くんは悪くないよ、私が鈍臭いことをしてしまっただけなんだから」
無理に引き剥がすとどちらかの手の皮が捲れてしまう危険性がある。ここは無理せず、現状維持のまま帰宅するのが望ましい。
学校を出て、十分ほど歩いた頃だろうか、
「ゆ、雄司……く……ん……」
雛森が今にも泣き出しそうな声で俺に訴えかけてくる。顔は赤く、身体は小刻みに震え、内股をすり合わせて、なんだかとても苦しそう。
「どこか身体でも悪いの?」
「う、ううん……身体は大丈夫……だけど我慢が……」
はたと俺は気づく。
俺の予想が正しければ、雛森はおトイレに行きたいんじゃないか?
「ちょっとどこかで休む?」
「お、おトイレに……」
か細い声が震えながら絞り出される。
やっぱりか……。
男の子と違い、女の子は膀胱炎になりやすいって聞く。俺の家まで後十五分はかかる。それまで雛森が耐えきれるか分からないし、そもそも無理はさせたくなかった。
「近くの公園に多目的トイレがあるから、そこでもいい?」
雛森は苦しいのか無言で頷いた。
雛森は多目的トイレのドアノブを中腰になりながら必死の想いで掴む。俺は雛森の代わりにドアを開けた。数分と掛からず多目的トイレに着いたまでは良かったが、緊急事態に重大なことを忘れてしまっていた。
そう俺たちは手が接着剤で繋がれている。
外で待機しようにも多目的トイレの便座がスライドドアから離れていて、手を伸ばしたところでなんとかなるような物でもなかった。
「ゆ、雄司くんなら大丈夫だから……」
俺がどうするべきか逡巡している雛森は顔を真っ赤にさせて、俺に同席を許可していた。花も恥じらう乙女が思春期の真っ盛りの男子と一緒にトイレに入るほどの苦情の決断を下すということは我慢の限界を通り越してしまったんだろう。
まさか女の子の生おしっこに立ち会うなんて……。しかも天使さまとまで称される超絶美少女の雛森とだなんて。
雛森が蓋を開け、便座に座る準備を始める。
もう彼女の顔は……いや全身は執着心からか売れた西洋リンゴのように真っ赤だった。俺は雛森に遠慮して目を瞑る。
だがそれが逆に耳が普段聞き取れないような微細な音まで拾い、こんなことで興奮しちゃダメなのに雛森が立てる音がいちいちエロくて……。
シュッ、シュルシュルシュルッ。
スカートが膝下へと降りた音だろうか、生地と雛森の柔肌が擦れてると考えるだけで、俺の鼓動は早くなる。
更にスーッと一気に擦れた音がした。
このまま目を開ければ俺は雛森の花園を……。
雛森は俺の正式な彼女じゃない。ただの共闘関係、同志……同志を裏切る訳にはいかなかった。
自制心によりなんとか耐えていたが結んでいた手が引かれた。雛森は便座に腰掛けたんだろう。すると間もなく……。
チョロッ。チョロロロロロロロローーーーロッ。
つ、ついに雛森の放尿が始まってしまった。
いいのだろうか?
雛森にとって残念なことに公園の多目的トイレにはトイレ用擬音装置がついておらず、俺に彼女の放尿が立てる音が丸聞こえだった。
これって雛森からおしっこの音を聴いたんだから責任取ってください、と言われたら詰むパターンなのでは?
―――――――――あとがき――――――――――
新年早々、おしっこネタである……。
おっとご挨拶が遅れておりました、明けましておめでとうございます。こんな作者ではありますが、また今年もよろしくお願い申し上げます。
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