第27話 スカウトされたが、だが断る天使さま

――――【雛森目線】


「それでは優勝のお二人にはイズミーランド年間フリーパスが贈与されます。皆さん、お二人に盛大な拍手を!」


 ――――パチパチパチパチパチパチパチパチ!


 盛大な拍手が私たちに送られる中、司会者さんが水木バニーのお姉さんに目配せするとフリーパスの入ったご祝儀袋が私たちに手渡されます。


「おめでとうございます」

「ありがとうございます……」


 私はほとんど活躍なんてしてなくて、ただ雄司くんが頑張っただけなのに受け取って良いのか戸惑いました……。


 雄司くんとは境遇が似ていて、何でも話せる仲。何も打ち合わせなんてしてないのに雄司くんは私が彼に惹かれたところを見事に当ててしまいました。


 幼い頃に慣れない自転車で路頭に迷い、私を助けてくれたのが秀一さんでなく、雄司くんだったら……。


 最近思うことはそればかり。


 表彰式で秀一さんとお姉ちゃんにお祝いされたけど、内心複雑でした。


「おめでとう、雄司、陽香ちゃん!」

「私も二人が優勝して、うれしいわ」


 お姉ちゃんは私をハグしてくれてうれしかったけれど、もうお姉ちゃんたちの仲でポジションが固定化されちゃってるような気がしてきたのです。


 お姉ちゃんと秀一さん。


 私と雄司くん。


 これじゃ、雄司くんと偽装カップルになった意味が……。


 ただ雄司くんは「俺は兄貴と比べたら何もできない、大したことない」が口癖なのに、私にとっては彼がいつも頼もしくて仕方ない。


 秀一さんに勝てると思って武者震いする姿なんて、格好良くて……。


 はっ!?


 いけない、私が想いを寄せるのは秀一さんなのに、ついつい優しくていつも傍にいてくれる雄司くんに心が揺さぶられてしまいます。


 それにたまたま水を被っただけなのに雄司くんは本気で私のことを心配しているようでした。水であんなに慌てるなんて、やっぱり川で溺れていた私を助けてくれたのは雄司くんなの?


 彼に抱かれていると川から助け出されたことが思い浮かんできて、想いがどんどん雄司くんに引き寄せられていってしまいます……。


 私はどうすれば……。


「あの~、およろこびの中、失礼いたします」


 気持ちがゆらゆら揺らめいていると私たちに話し掛けてくる人がいました。温水プールの施設内にも拘らず、スーツ姿の男性……。明らかに場にそぐわない格好の男性は胸ポケットからケースを出すと私たちに名刺を渡してきました。


「インフィニットプロモーションの佐藤と申します。優勝おめでとうございました」


 私は雄司くんと顔を見合わせました。インフィニットプロモーションと言えば、芸能に疎い私でも知ってる新進気鋭の俳優、女優をたくさん抱えている芸能事務所。


「雄司くん!」

「ああ……」


 そんな芸能事務所が私たちに声を掛けてきたのはやっぱり……。


「雄司くんが俳優に!」

「雛森が女優に!」


 二人で一斉に出た言葉がそれでした。


「はは、雛森は冗談が上手いな。俺が俳優になんてなれる訳ないだろー」

「雄司くんの方こそ、私が女優になれるとか……そんな訳ないじゃないですか……」


 私は絶対雄司くんは俳優とか向いてると思うんだけど、雄司くんは逆に私を推してきます。私なんかが女優とかムリムリと思っていると佐藤さんが口を開きました。


「お取り込み中、すみません。どちらか一方ではなくお二人とも、うちで俳優女優としてデビューしてみる気はございませんか? すぐにとは言いません、書類にだけでも目を通していただけるとありがたいのですが……」


 恐縮した佐藤さんには申し訳なかったんですが、どう考えてもおかしいです。


 お姉ちゃんを差し置いて、私をスカウトするなんて!


「ちょっとおかしいです。お姉ちゃんではなく、私をスカウトするなんて!」

「俺もだ。兄貴じゃなく、なんで俺なんだよ。佐藤さんは本当にインフィニットプロモーションの人なんですか?」


「そ、そう言われましても……お二人は優勝されましたよね?」

「偶然です! 運が良かっただけです! 本当は俺の兄貴と律香先輩が優勝するはずだったんです。きっと二人は手を抜いたんです」


 私も雄司くんと同じ考えでした。お姉ちゃんと秀一さんが私たちに負けるはずがないんですから!


 うんうんと頷き雄司くんの言葉に同意して佐藤さんを訝しんでいたら、雄司くんが私の耳元で囁きます。


「雛森だけをスカウトするなら分かるけど、やっぱ俺たちをスカウトするとかおかしいよ」


 おかしいことは同調できたのですが私は雄司くんと違い、雄司くんだけがスカウトされると思っていました。


「いこ、雛森」

「うん!」


 雄司くんは私の手を引き、走り出していました。


「あ! ちょっと二人ともどちらへ!? と、とにかく書類にだけは目、目を~!」


 佐藤さんは私たちを追い掛けようとしていましたが途中で息を切らして、追ってこなくなりました。


 雄司くんに手を引かれ、逃げ出す様はなんだか愛の逃避行みたいで新鮮な気持ちになったのです。


―――――――――あとがき――――――――――

あお~っ! もう週末には仕事納めで、数日寝たらお正月じゃないかー! 作者、今週中にやっておかないといけないことがいっぱいですよ。皆さまの年末は如何でしょうか?

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