第23話 不良たちの末路

 俺たちも漏れなく生徒指導室へお呼ばれしてしまった。


 狭い個室に長テーブルとパイプ椅子が設置されてあり、俺と雛森が座らされ担任の秋山先生が組んだ手の上に顎を乗せて渋い顔をしている。


 雛森の了承があったとはいえ校内で淫行に及んだんだ。最低でも停学、最悪退学もありうる。


 俺は高校に行くつもりなんてさらさらなかったからいいが、雛森は違う。雛森グループの総帥のご令嬢が停学や退学になろうものなら、噂がすぐに広まる。


 そうなれば雛森は天使さまから淫乱堕天使なんて碌でもない渾名で嘲笑されてしまうかもしれない。


 それだけはなんとしても避けねばならない。


 俺は雛森がかわい過ぎて手を出してしまったと担任の秋山先生に告げようとしていた。


「先生! これは俺が雛森がかわいいあまりにやってしまったことです」

「ゆ、雄司くん!?」

「あーもう、二人とも帰っていいぞ」

「「えっ!?」」


「何度も言わせるな。あいつらの携帯に滝川と雛森が脅されて、不純な行為に及んだ証拠が出てきた。それに馬鹿どもも剛力先生がこってり絞ったお陰で自白してるからな」


 まるで犬を追い払うかのように手首をしっしっと振って、俺たちは帰宅させられてしまった。失礼しますと二人で先生に告げたものの、反省文すらない無罪判決に呆気に取られ、廊下で雛森に訊ねた。


「いいのかな?」

「秋山先生がいいと言うなら問題ないと思います。それよりも私を守ってくれただけでなく、罪まで一人で背負おうなんて……同志なんですから、罪も半分こにして欲しかったです……」


 か弱いイメージのあった雛森だが頬を膨らませて拗ねた表情から察するに罰を受ける覚悟はできていたらしい。


 ああ……雛森は心根まで天使さまだな。


 俺はもしかしたら最高の同志を持ったのかもしれない。


 ――――くそぉぉ……雛森に先を越されてしまうなんてぇぇぇーーー!!!


 俺たちが校舎を出て校庭を歩いていると叫び声が聞こえてきた。


「雛森、なんか身に覚えある?」

「分かりません……」



――――自宅前。


 雛森を家まで送り届けたあとのことだった。俺の家の前にどう見ても堅気の人じゃなさそうな人が立っている。それだけでも怖いのに興津たちまでズラリと並んでいたのだ。


 これって間違いなく仕返しだよな……。


 でもそれならそれで家の前に立ってるだけで、家を壊したりするような真似をしていないのが不思議だった。


「誰っ!?」


 そのとき、急にぽんぽんと後ろから肩を叩かれ、びっくりして飛び退くようして距離を取る。


「んな、驚くこたねえだろ。あたしだよ、雄司」

「なんだ、母さんか……」


 気配をここまで消して近づけるとか、俺が本気で母さんと喧嘩しても勝てる気がしない。


「ところで、こんなとこでなにしてんだ?」

「あれ」


 俺が強面の男と興津たちを指差すと母さんはいきなり……。


「おー! 興津じゃん。ひっさしいな」

「姐御!!!」


 姐御!?


 母さんが強面の男に声を掛けると仏頂面が緩んでまるで赤ちゃんをあやしているかのような顔になって、正直キモかった……。


「んなとこに突っ立ってねえで、茶でも飲んでけよ」


 悪そうな奴は大体友だちの母さん……。


 俺が母さんの隣にいると強面の男が話し掛けてきた。


「もしかして、そちらは姐御のご子息の滝川雄司くんであらせられますか?」


 妙に慇懃ばった物言いに戸惑いつつも、俺は答えた。


「はい、俺が滝川雄司です」


 俺が名乗るや否や、強面の男は興津たちに呼び掛ける。


「おい、てめーら! ちゃんと謝れ!」


 なにこれ……。


 強面の男に命令された興津たちは俺と母さんの目の前でそれはもう見事なまでの土下座をしていた。


「こいつらがオレの大恩人の姐御のご令息と知らずにとんだご無礼をしちまい、申し訳ありませんでしたぁぁぁぁーー!!」

「「「申し訳ありませんでしたぁぁぁぁーー!!」」」


 よく見ると興津たちの顔はパンパンに腫れ上がっており、強面の男から教育的指導を相当受けたっぽかった……。


 さらに強面の男は興津たちの頭の下げ方が足りないと言わんばかりに興津たちの後頭部を鷲掴みにして額をアスファルトに擦りつける。


「もうそんなのいいですから、頭を上げてください」


 俺が声を掛けると強面の男が恐る恐る顔を上げて、こちらの表情を窺う。


「おお、姉御に似て、やっぱりイケメンですね」

「おいおい、あたしは女だぞ」

「すいやせん」

「ま、いいけどな」


 なんか母さんのおかげで興津たちから仕返しはされずに済みそう……。二人がどういう関係なのかはなんとなーくしか分からないけれど。


 とりあえず大きな揉め事にはならないことに安堵していたら、強面の男は物騒なことを提案してくる。


「姐御……これは本当に、本当につまらない物ですがこれで丸く収めてくれやせんか? ダメということでしたら、こいつらの指を置いていっても構いやせん。どうかお許しを……」

「指なんていらねーよ! んなキモいもん置いてくな。処理に困んだろうがよぉ」


 興津たちの顔は強面の男の言葉に顔面蒼白になっていたが、とても逆らえる相手ではないらしく、昼の蛮行はどこへやら借りてきた猫のようにみんな大人しい。


 良かった……。


 母さんがまだ常識人で……。指詰めろや! みたいなことを言い出したら、全力で止めないといけないから……。


 強面の男はズズと中腰のままこちらに歩み寄って母さんに小箱を渡していた。


「これはオレが丹精込めて作った回転焼きです。良かったら雄司お坊ちゃんもどうぞ」

「おい、今なんつった?」

「お坊っちゃんもどうぞ、と……」


「ちげーよ! これのどこが回転焼きなんだよ、大判焼きだろうがよぉぉぉーーー!!!」

「ひいっ!?」


 キレるとこ、そこっ!?


 母さんが強面の男の胸倉を掴んで軽々と持ち上げ吊してる。俺は母さんが常識人だという前言をすぐにでも撤回したくなった……。


 渡された小箱の中には、ほかほかの回転焼きの以外にも封筒が入っており、俺は強面の男に訊ねる。すると胸倉を掴んでいた母さんの手も緩まる。


「あれ? これは?」

「さすが、雄司お坊ちゃん! そちらはイズミーランドのペア入場券です。彼女さんと楽しんできてくださいやし」


 イズミーランドというのは菱川市にあるスパリゾートの名前で様々な温泉やプールのある施設だ。いつも人気で行きたくても行けないことが多い。


 だがそんなことより母さんの注目は……。


「雄司……母さんに内緒で女なんて作ってやがったのか!」

「あ、いや、ただの親しい……友だち……かな」

「ああ? はっきり言いやがれ!」

「か、彼女だから、ぐりぐりやめて!」


 今度は母さんは俺をヘッドロックしながら、こめかみを拳でぐりぐりしてくる。


「女はたくさん作ってもいいがなぁ、子どもはまだ作るんじゃねえぞ! 必要なときはあたしらの使ってるゴムを貸してやっから」

「んな、関係じゃないって!」


 そこにいる興津たちに雛森とサせられそうになったけど。俺が浮いてきた興津たちの顔を見ると彼らはさっと頭をアスファルトへつけてしまう。



――――【陽香目線】


 私の秀一さんへの想いをかき消すような雄司くんの口づけ……。どんどん私の中で雄司くんが大きくなって……秀一さんを押しのけて行ってしまいます。


 ぶるぶると震えていたのに雄司の腕の中に収まると不思議と怖さがなくなっていました。


 それと同時に私は自分のことが嫌いになってしまいそう。秀一さんのことが好きなのに、雄司くんの腕の中にいると彼のことが好きになってしまいそうで怖いのです。


 あのまま剛力先生が止めに入らなければ、もしかしたら私は雄司くんの想いをすべて受け入れていたのかもしれません……。


 ゆ、雄司くん……、そ、そんところ触っちゃ、ら、らめぇ……。


 乳房に触れられのを途中で止められ、欲求不満からか火照る身体で彼に送るメッセージを書きました。


【あんな下手な演技では秀一さんを寝取ることなんてできません……。私とれんしゅうしてもらえませんか?】


 あとは彼に送るだけ……。


 震える指でタップしようとしたときでした。


【良かったらイズミーランドに行かない?】


 雄司くんからメッセージが届いたのです。


【はい! ご一緒させてください】


 槍が降ろうが、岩が落ちてこようが私は雄司くんからのお誘いに必ず応えるつもりになっていました。


―――――――――あとがき――――――――――

今年の重要な任務がひと段落して、ほっとしております。あとは今年中に本作を書き上げることなんですが、すべて公開するには来年まで掛かってしまうかもしれません。という訳でまた読んでもらえるとうれしいです。

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