第22話 衆人環視のれんしゅうで黙らす

「すんません、気安く触れないでもらえますか?」


 俺は坊主頭の先輩が伸ばしてきた手に触れていた。こういう場合は掴んだり、払ったりして相手を極力刺激しないこと。


 そういや、さっき興津って言っているのが聞こえた。兄貴から興津には気をつけろ、と忠告を受けてたんだけど……。


 そんな人たちに目を付けられるなんてついてない。


 だけど、落胆してる暇なんてなかった。坊主頭の男子が手を振り払おうとしてくるが、俺がぴったりくっつけて押さえているから離れない。


「手を退かせよ!」

「じゃあ、俺たちを行かせてもらえますか?」

「はあ? オレらは天使さまに用があるんだよ! 関係ねえ奴は黙ってろ!」


「関係はあります。この子は俺の彼女なんですから」

「雄司くん」


 一応俺と雛森は彼氏彼女の関係だ。


 偽装だけど……。


 雛森は俺の言葉に頬を赤らめている。スゴいな、雛森はそんな演技までできるなんて。雛森なら女優になれるんじゃないかと思った。


「雛森、ごめん。危ないからちょっと離れてて」

「う、うん」


 雛森は壁を背に俺の後ろへと隠れたが怖いのか俺の肩を掴んでいる。


 俺が半歩前に出ると、


「あ? やんのか、てめー」


 坊主頭の男子が触れてない方の手をテイクバックさせて殴る気まんまんで俺に凄んできたが、俺が触れている手から心が揺れているのが分かる。


 母さんが言っていた。


 相手を無視するから怒るんだ、と。俺は坊主頭の男子の目を睨むことなく、心の中まで見透かすようにじっと見た。


 坊主頭の男子の触れた手がじわりと蒸れたような気がする。できれば男の子と触れ合うのは遠慮したいんだけど、状況が状況なので我慢だ。


「どうしたら、俺たちを行かせてもらえるんですか?」


 坊主頭の男子の気持ちが揺れている隙をついて俺は興津と呼ばれた男子に訊ねた。たぶん彼が不良たちのリーダーっぽい。


「石田ぁ、一旦離れろ。そいつはガキの癖に肝が据わってやがる」

「けどよぉ!」

「うるせぇ! オレの言うことが聞けねえのか! 締めんぞ、てめえ」


 俺を殴ろうとしていた坊主頭の男子は興津の逆鱗に触れて、すごすごと引き下がっていった。


「おまえら付き合ってんだよなぁ、ならオレらの前でセックスしてみろよ」

「「!?」」


 興津はスマホを構えて、俺たちのやり取りを映す気まんまん。絶句した俺と雛森は顔を見合わせた。


 俺は耳元で雛森に伝える。


「嫌だったら、強行突破するから」

「でもそれじゃ、雄司くんが危険な目に遭っちゃう」


 俺たちがひそひそ声で相談していると興津は痺れを切らして言い放ってきた。


「早く決めてくんねえかな? オレらも暇じゃねえんだし」


 興津たちは俺と雛森を見てにやにやしてる。


 仕方ない……。


 彼らの気が変わって、直接雛森が酷い目に遭うよりは俺が責任を持って行為を致すべきなんじゃないかと思った。


 両親に甚大な迷惑を掛けてしまうかもしれない。


 雛森の家に謝罪に行かなければならないかもしれない。


 それでも雛森がお嫁にいけない身体にされるよりは……。


「雛森、ごめん。せめてお互いの好きな人の名前で呼び合ってシよう」

「えっ!? う、うん」


 戸惑いを感じていた雛森だったけど、俺が雛森の両肩を抱くと恐怖で震えていた身体は別の反応へと変わる。肩からでも早く脈打っているのが分かった。


 焦らせば、誰か見つけてくれると信じて、行為に及ぼうとしていた。


 まっすぐ雛森の瞳を見ると未踏の奥地の泉のように澄み切った色をしていた。見つめ合うと雛森の頬が熟れたリンゴのように赤く染まる。


 手を雛森の頬にやり、撫でるとキメの細かい滑らかな肌に親指が吸い付いてしまう。


 俺の想い人とは違う髪色。


 漆塗りのような光沢のある黒髪と異なり、反射で輝くのではなく髪そのものが輝いているように思える銀糸の髪を梳いたあと、鼻を近づけ香りを嗅いだ。


 雛森の友だちが話していた通りなら、彼女は男性経験はおろかまだ誰とも付き合ったことのない初心な子。まあ、それは俺も同じではあるんだが……。


 そんな雛森の髪を嗅ぐと初心な子が漂わせていいような香りじゃない。男を惑わすような甘くて色っぽい大人の香りのように思えてくる。


 興奮した俺の吐息が漏れ、雛森の首筋を刺激すると……、


「ふぁっ」


 くすぐったかったのか雛森はビクッと反応し、顎を軽く上げながら甘ったるい吐息を出していた。


 かわいい……。


 律香先輩も兄貴といちゃつくときにはこんな甘美な吐息を漏らすんだろうか?


 不良たちの衆人環視があるにも拘らず、俺と雛森は完全に二人の世界に入ってゆく。


 雛森は俺を受け入れる覚悟を決めたようで、透き通るような瞳がまぶたによって閉ざされる。


 ゆっくりと雛森の健康的な桜色の唇へと近づけてゆき、お互いの鼻先が触れ合う距離で俺も目閉じた。目を瞑ったことで肌の感覚がいつも以上に鋭敏になっているような気がしていた。


 んん……。


 不可抗力ではあるものの、今度は雛森の意識がある内に、俺は彼女の唇を奪っていた。人工呼吸したときとはまったく別の感触。


 人工呼吸のときの唇の感触がチルドに入っていた霜の降りたお肉に口をつけたと表したなら、今雛森としたキスは春の芽吹きを謳歌したような生きた心地のするものだった。


 まさかみんなから天使さまと称されるほどの雛森とまたキスをするなんて……。


 男の性に嫌悪しつつも兄貴のことが好きな女の子の唇を奪ったことに優越感みたいな物を覚えてしまう。


「律香いい?」

「あっ……うん、秀一さんなら……」


 いけないと思いつつも律香先輩と結ばれない辛さから、俺は欲望を雛森にぶつけようとしてしてしまう。俺を兄貴の名前で呼んだ雛森もそうなのかもしれない。


 ブラウス越しに雛森の背からお腹を撫で、女の子の……いや天使さまの柔肌の感触に酔いしれる。触れるほどに手が彼女の触感を覚え、肌恋しくて離せなくなりそうだった。


「は、はぅん……しゅ、秀一さ……ぁん……」


 俺が雛森をまさぐったことで彼女は小刻みに揺れる。その手は背中とお腹だけでは満足できそうになく、たわわに実った乳房の下にまで迫っていた。


 人工呼吸のときと違い今は雛森の了承済み。


 誰もが恋し、憧れる雛森の乳房へ手をやろうとしたときだった。


 ――――ゴクリ……。 


 俺の手の動きを見た興津たちが嚥下したのだろうか? 喉の音が鳴ったみたいだ。なぜだか分からないが、さっきまで俺たちを茶化していた声は静まり返って、彼らはただスマホだけを俺たちに向けて構えている。


「おまえら! なにやってんだーーーー!!!」


 剛力先生の怒号が飛び、興津たちが蜂の子を散らすように俺たちの前から立ち去っていくが、180センチを超える筋肉の塊である剛力先生に叶うはずもなく、興津は捉えられてしまっていた。


「ふう……」

「助かりました……で、でも……」

「でも? どうしたの?」

「いえ、なんでもありません」


 解放された安堵ともっと雛森を味わえなかった無念さが俺の手に残っていた。


―――――――――あとがき――――――――――

次回はざまぁらしいざまぁがない本作ですが、興津くんたちはどうなるんでしょう?w また見て頂けるとうれしいです。

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