第15話 病み掛け天使さま
――――【千曲目線】
ベッドから降り、カーテンを開ると養護教諭の花房先生は口が寂しいのか、窓に向かってシャボン玉を飛ばして暇を持て余しているようだった。
「起きたか」
「
「おっ、もう大丈夫なのか?」
「はい……」
病院の診察室によく置いてある丸椅子を指差す先生。
「じゃ、茶でも飲みながら話そうか。そこで座って待ってろ」
白衣を裾を靡かせ、一歩踏み出す度にハイヒールが床を鳴らす。ポットから急須にお湯が注がれると良い香りがしてくる。白衣のポケットに手を突っ込みながら、先生は待っていたが腕時計に目をやると片手で無造作にカップにお茶を注いでいた。
「ほい」
「美味しい……」
「私の実家が送りつけてきた自家製柿の葉茶だ。美容と健康に良いらしいが、どうなんだろうな」
二人でお茶をしていると本当のことを伝えたくなってしまって、つい吐露してしまう。
「私……あの人のこと、嵌めようとしてました」
「飛び級の天才児とあろう者が無駄な努力だ」
「天才児は止めてください……。ただ好きな人を追ってきただけですから。それよりも無駄というのはどいうことですか?」
「おまえが滝川をハニトラで嵌めても、あいつに助けられた女どもが庇うなり、嘆願書を書くなり、支援するなりして、『彼は絶対にそんなことする人じゃない』となる。ちなみに私もあいつに助けられた口だ」
「先生も、ですか……だとしたら敵いませんね……」
どうやら私は孤立無援で敵しかいない場所へ飛び込んでしまったらしい……。確かに戦うのが無駄に思えてくる。
「じゃあ、陽香お姉……陽香先輩も彼に助けられたんでしょうか?」
「さあな。ただ、あいつならそういうことがあってもまったくおかしくない」
「なら私も陽香先輩を助けて、好きになってもらいたいです」
「確かにあいつはそういう幸運には恵まれてるのかもしれないが、運だけを頼みに生きてる訳でもない。あいつの兄貴が言ってたよ、本当はもっといい高校に行けるのに、敢えてうちを選んだってな」
ああ……今ようやく点と線が繋がる。
陽香お姉さまとあの人は強く惹かれ合い、敢えて決してレベルの高くないごく普通の菱高を選んで、交際を始めたんだと。
「ほんのちょっと、ちょっとだけですが雛森先輩が彼に惹かれた理由が分かるような気がしました」
「ふ~ん」
明らかに罠に掛けようとした私を咎めるどころか、私の面子まで保とうとしてくれた人……。
「ち、違いますよ! 私は彼に惹かれたりなんかしてませんから」
「私は何も言ってないぞ」
自ら墓穴を掘りました……。
それはともかく後でジャージ返さなきゃ……。でも何で、彼のお兄さんのジャージなんだろう?
――――【陽香目線】
体操服から制服に着替え、教室に戻るときでした。
「えっ!?」
雄司くんがかわいい女の子をお姫さま抱っこして、運んでいました。あれは確かクラスメートの千曲さんだったと思う。
雄司くんのことはお互いの想い人を奪い返すための盟友で、彼が女の子を抱いているだけで、もやもやと黒い陽炎が心の中で渦巻いてきます。
本当の彼氏でもないのになぜ……?
雄司くんは秀一さんよりすべてにおいて劣ると愚痴っているけど、一緒に過ごしているとまったくそんなことがなくて、先に雄司くんと出会い助けられていたなら、間違いなく彼のことを好きになっていたと思います。
も、もしかして、私……千曲さんに嫉妬してる?
秀一さんのことが好きなのに、まさか雄司くんに惹かれてるとか、うー! 自分がとても卑しい女に思えてきます。
それと同時に雄司くんと過ごしていると悪いことをしているようで罪悪感と背徳感でいっぱいになって、胸の鼓動が早くなりドキドキが止まらなくなってしまいます。
雄司くんと過ごすのは、怖いのについつい見てしまうホラー映画のような魅力がいっぱいなのです。
も、もし雄司くんがお姉ちゃんを諦め、千曲さんのことを好きになってしまったら、私はどうすれば?
一人でお姉ちゃんから秀一さんを奪い返さないといけないなんて、そんなの絶対にムリ……。
私は秀一さんを奪い返せないどころか、雄司くんからも見捨てられ、高校生にもなって……いいえ、高校を卒業しても交際歴ゼロの恋愛弱者まっしぐら!
このままだと一生結婚できない喪女という人たちの仲間入りです。
千曲さんに心を揺さぶられた雄司くんに初志を取り戻してもらうにはどうすればいいの?
やっぱりここは色仕掛け……かな?
―――――――――あとがき――――――――――
いつもお読みくださり、ありがとうございます!
あと8000文字で、ようやく折り返し地点(50000字)です。100000万字まではきっちり書くつもりですので、また読んでいただけるとうれしいです!
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