第12話 天使さまの手作りお弁当

――――お昼。


 今朝の件について、屋上にて緊急会議が行われようとしていた。ここに来ると偽装とはいえ、雛森から「付き合ってください」と告げられたことが思い出されて、まだ少しドキドキする。


「あそこまで露骨に見せつけられてしまうなんて、とても屈辱的に思えてしまいました……」

「仲良さそうだったね」


 後ろから兄貴と律香先輩をストーキングすると身を寄せ合い、親しげに話す二人は俺たちに取って目に毒そのものだった。


 俺が小並感溢れる率直な感想を返すと雛森は幼い子どもみたいにはぶんぶんと首を縦に振る。そんな仕草はいちいちかわいらしく、律香先輩とはまた違った魅力があった。


 屋上から中庭を見下ろすと、すぐにその姿が見つかった。


「秀一さん……」


 雛森はフェンスを鷲掴みにして、ベンチに座る兄貴をいじらしく見つめていた。俺も気持ちは兄貴の隣に腰掛ける律香先輩に向いていた。


 天気の良い日は中庭で昼食を取る兄貴たちを屋上から見下ろしながら、雛森と昼食の準備を始める。


 俺たちも並んでベンチに座っているときだった。


 雛森の身体が電車で寝落ちしたかのように俺の肩へもたれかかってくる。


「雛森!?」


 突然の出来事に思わず、慌ててしまった。もしかして、川で溺れてその後の体調が優れないとか……。


「大丈夫です。でも大丈夫じゃないです……」


 雛森は溺れたときに川底の石にでも頭をぶつけたんだろうか?


 なんてね。


 身体はなんともないけど、心が苦しい……。雛森はそう言いたかったのかもしれない。


 それは俺も同じ気持ちだったから。


「えっ!?」


 俺の肩に身を寄せていた雛森はずるずると肩から滑り、雛森の頭は俺の胸の内にまで降りてきてしまう。


「ごめんなさい、しばらく胸を貸してください。こうしてると秀一さんに甘えているように思えて……」


 兄貴に似たジェネリックな俺で良ければ……。雛森にそう言いかけ口を噤んだ。だけど口に出してしまうと、これほど悲しいこともなかったから。


 俺が兄貴より先に律香先輩に告っていたら、あの凛とした律香先輩が今の雛森みたいに俺の胸に飛び込んで、本音を吐露するような未来はあったんだろうか?


 そんなことを思いながら、こういうとき兄貴ならどうするか、考える。


 銀糸のように輝き美しい髪を梳くように雛森の頭を撫でていた。


 どうして、すれ違ってしまうんだろうな……。


 しばらく雛森をあやしていると、がやがやと周りがうるさくなってくる。


 ――――えっ? マジ?


 ――――昼間からイチャつき過ぎだろ?


 ――――3組の天使さまじゃん!


 ――――滝川の奴、手が早過ぎだろよぉ。


 ひっ!?


 感傷に浸りながら目を閉じていたが、喧騒でまぶたを開けると俺たちの座るベンチの周りに、俺たちと同じく昼食を取りにきたと思しき生徒たちが集まっていた。


 女子たちは口に手を当て、スゴい物をみたいな表情、男子たちは歯噛みして、拳を握っている。


「だ、大丈夫? 雛森、体調が優れないなら、保健室行こうか?」

「ううう、うん、だ、大丈夫だから。それよりもお昼食べよ」


 雛森と目配せしたあと、雛森が俺の胸にうずくまっている理由を体調不良のせいということにして、決して真っ昼間からいちゃつきなどしていないと周りにアピールしておく。


 本当は屋上からすぐにでも立ち去りたかったけど、去ってしまえばいちゃついてると肯定したような物だと思い、恥ずかしさをひたすら堪え忍んでいた。


 俺が母さんの手作り弁当を広げようとすると雛森が俺の前に小さなタッパーを差し出してくる。


「良かったら味見……お願いできませんか?」


 雛森がタッパーの蓋を開けると、じゃがいもに人参、飴色の玉ねぎとしらたき、そして牛肉……そう肉じゃがが入っていた。ほんのり漂う甘い香り、おそらく本みりんが含まれているのだろう。


「いいの?」

「はい! 少しでもお料理が上手くなりたくて」


 雛森ほどのお嬢さまならお手伝いさんがすべてやってくれて据え膳上げ膳だと思うのに自分から努力しようとする姿勢には頭が下がる思いだ。


「あ、あの練習させてもらっても構いませんか?」

「練習?」

「はい……好きな人に食べさせてあげる練習です」


 雛森は上目遣いで俺を見ると、恥ずかしくなってもじもじと指をすり合わせていた。俺もそんなことを言われてしまうと小っ恥ずかしい。


 でも雛森はやる気だった。


 雛森はタッパーを左手に持つと右手に箸を持って、俺の口元へと運んでいる。


「いただきます」


 恥ずかしいながらも雛森の表情を窺うと彼女は頷いており、早く俺に感想をもらいたそうだった。


 摘まんだ箸から「あ~ん」と俺の口の中へと放り込まれたじゃがいもは俺の舌で躍っていた。


「ん、めぇぇぇぇ!!!」

「ひ、ひつじさんっ!?」


 雛森は俺の反応に驚いてしまったが、これが叫ばずにおれるか! と思うほどの旨さ。ほっぺたが落ちそう、なんて表現があるが雛森の手料理はまさにそんな感じ。まさかそんな料理が存在するなんて、思ってもみなかった。


 ――――くっそーー!


 ――――見せつけやがって!


 ――――オレも雛森みてえな彼女ほじい!


 いや俺たちはただの偽装カップルなんだ! 男子たちが羨ましがる姿を横目に俺は事実を打ち明けたくて仕方なかった……。


 かわいくて、ガチで男の胃袋を鷲掴みしてくる料理が作れるとか、うらやましいほどの恋愛チートスキル持ちの雛森と昼食を取っていると凄まじい悪寒を感じる。


 感覚を頼りに視線を移すと女子生徒が俺を睨んでおり、目が合うとさっと給水棟の建屋へと隠れた。


―――――――――あとがき――――――――――

今週末はアカツキ争奪戦ですね、作者はナチュラルなのでコーディネーターたちが跋扈する争奪戦に勝てそうな気がしません……。大人しくブキヤの美プラを作っておこうと思います。

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