第11話 れんしゅうの兆し
「お待たせ」
「ううん、待ってないよ」
登校のため家を出て、駅前で雛森と落ち合った。
――――なに? 映画の撮影?
――――あの子、マジかわいい……。
――――もしかしてアイドル?
先に来ていた雛森は通る通勤、通学の男性たちから注目を浴びている。雛森は俺の家まで起こしにきたいと申し出てくれたが、それこそ申し訳ないし雛森みたいな美少女が家に来たら大事だ。
かわいい物好きの母さんは雛森をティディベアみたいに抱き締めて、離さないと思う。
それに兄貴も両親には律香先輩と付き合ってることを打ち明けてなさそうだし。
雛森から得られた情報を基に俺たちはあるところへ向かった。
それは律香先輩の住まい。
雛森曰わく兄貴は律香先輩の自宅近くまで行き、落ち合って登校しているらしい。
ただ不思議なことに姉妹なのに雛森と律香先輩は同居していないようだ。なにか複雑な事情がありそうだが、いまはそんなことより兄貴と律香先輩の動向が気になった。
「おかしくなりそうです」
「同感だね」
俺の隣で歩く雛森がつぶやいた。それもそのはず俺たちの目の前を兄貴と律香先輩が並んで歩いていたのだから。
俺は兄貴に、雛森は律香先輩に嫉妬していた。当の二人は俺たちから嫉妬されてるなどと露ほども思わず、仲睦まじい姿を周囲に見られていた。
「なんで……秀一さんは私を川から助けてくれたのにお姉ちゃんにばかり……」
ん?
雛森の中では兄貴が彼女を助けたことになってる?
それなら良かった。イケメンの兄貴が雛森に人工呼吸したことになっていれば、彼女の夢も壊れないで済むし、俺自身もキモメンにキスされたなどという変な噂を流されなくていい。
一つ問題は解決したと思われたが、肝心の兄貴から律香先輩を寝取るという大問題が残されている。
律香先輩は誰もがクラスで一番だと言うだろう。いやクラスの枠に収まらず、学校でも、と言い直した方が正しいか……。
兄貴は律香先輩に釣り合うくらいの爽やかなイケメン。鼻尖が高く鼻筋が通り、時折見せる白い歯が健康的で、その笑顔が多くの女子を虜にしている。
「最近、受験勉強ばかりでいやになっちゃう」
「そうこぼすなって、もう少しの辛抱だ」
兄貴はストレスを吐露した律香先輩の肩を優しく抱き寄せ、こめかみ同士が触れる。
「うん」
兄貴の優しさに感化された律香先輩は一時の安らぎを得たかのように頷いていた。二人の関係に割って入れる者など誰一人としていない、そんな雰囲気を醸し出してしまっていた。
朝っぱらからイチャつきやがって、と思うとこだが、二人がすると妙に絵になってしまい、怒りの矛先を失い、更にもやもやが溜まってしまう。
「ああん!」
雛森が妙にかわいらしい声で吠えていた。
俺はというとやるせなさから直情的に道端の石ころを合皮の学校指定の靴で蹴り飛ばした。石ころは明後日の方向に転がり、俺たちの周りの世界は何も変化することがない。
俺と雛森はカップルであると偽装して、登校を言い訳に兄貴たちのストーキングをしていた。一人だと怪しいがカップルだと不思議とそんな空気も薄れると踏んだのだ。
校門を潜った兄貴たち。周囲の生徒たちは美男美女のお似合い過ぎるカップルに感嘆の声を漏らしていた。普通、あんなにくっついて歩こうものなら、舌打ちくらいしてきそうなのにそれすらないくらい、二人は自然体でいる。
「良い……」
下足場で靴を脱ぐ憧れの律香先輩の仕草を遠目から、俺は見つめていた。短すぎず、長すぎないスカートと紺のソックスが作り出した素晴らしき絶対領域にスラリと伸びたつま先、そして踵……足すら実に造形美にあふれている。
俺が律香先輩の美しさに見惚れていると隣にいる彼女は両の指を組んで、俺の兄貴を見て、乙女の目で祈っている。
「ああ、靴を履き替えるだけで惚れ直してしまいます」
俺も重症だと思うがこっちもかなり恋煩いが進んでおり、ステージ4に近いらしい。
上履きに履き替えた兄貴と律香先輩はクラスが違うので、名残惜しそうに手を振り、それぞれの教室へと向かっていた。俺と隣の彼女はクラスが同じなので、一緒に向かっていた。
「寂しいです。雄司くん……肩を貸してもらっていいですか?」
「肩? いいけど、なにを……な!?」
雛森は兄貴と律香先輩が仲睦まじくいることが悔しかったのだろうか? それとも寂しくなったのだろうか? 俺に肩を預け、まるで本当の恋人のように歩いてしまう。
ちょっと距離感がバグって……しかも俺は本当の彼氏でもないのに。根本的に俺たちは恋愛に対して、遠慮がちというか、奥手というか、告白できない臆病者という点で共通していた。
他の男子には塩対応で兄貴しか受け付けないといった一途な態度を見せる雛森だったが、なのに雛森はなぜか俺との接触は嫌おうともしない。
「おっ、今日も二人で登校かよ! 熱っ! おまえらが教室に入ってきた瞬間、部屋の温度が2、3度上昇したぞ」
入るなり、椅子に座ってた悪友の迫田が振り向き話しかけてくる。彼女いない歴=年齢という俺と同族だった。そんな俺だったが不思議とよく見るとかなりかわいい彼女とは奥手にもならずにまるで幼馴染のように何でも話せている。
「俺らは二酸化炭素じゃねえよ」
雛森は警戒してしまって、俺の隣で俺の言葉に頷いていた。俺が炭素で、雛森が酸素……いや、そんなのはどうでもいい。
傍から見れば、俺たちは付き合っているように見えるらしい。だけど俺と雛森は付き合ってない。説明が面倒なので交際してるか訊かれたら、素直に「ああ恋人だ」と返答するよう申し合わせてはいるが……。
―――――――――あとがき――――――――――
やはり作者から叡智要素を抜くと気の抜けたコーラみたいになっちゃうのか~。とは言いつつも少しずつ雄司と陽香は仲良しするので気長にお待ち頂ける読者さまはもう少しお付き合い願えますとありがたいです。
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