第10話 憧れの人との出会い
俺は小学校の頃に一目惚れした。
「ユウ! 早く行こーよ!」
「クリス、あんまり急ぐと危ないって」
たまたま親友のクリスと寄り道をしながら、遊びがてら歩道を走り回ってるときだった。かわいらしい見た目の女の子の乗った自転車のチェーンを修理したその日のことだったからより鮮明に覚えている。
「あーだりぃ、あのクソ教師マジムカつく」
「暴行されたって、動画上げてやっか?」
「いいねえー、クソは辞めさしちまえ!」
連れのクリスは走りながら俺の方を向いたとき、あろうことか、ドンという強い音がするほど不良漫画に出てくる怖そうな中学生とつぶつかってしまった。
道を歩いていた改造学ランを着た不良と思しき男子は俺たちとそう年齢が違わないのに、俺たちより身長が15センチ以上高くかなり大きく見えた。
「
クリスは恐怖からか、はわわ……と思考がフリーズしてしまって母国語しか話せないでいる。
「何? こいつ……? 人にぶつかっておいて、なんで謝んねえの?」
体当たりされた不良が手をポケットに突っ込みながら、クリスに顔を近づけ凄んでくる。俺がちゃんと謝っていると伝えようとしていたときだった。
「ごめんなさい。こいつ、そそっかしくて」
「そそっかしいんなら、保護者のてめえがちゃんと面倒みろや!」
ふぁ!? 保護者!?
俺ですら分かる英語を分からない中学生だから、意味不明なことを言われ、戸惑う。
それでもグイッと連れの後頭部を掴んで一緒に頭を下げた。親が見てたドラマでちょうどそんなシーンがあったから、真似してみた。
クリスはハーフで、クリス自身日本語が上手くないと思っている節があり、ちょっと戸惑ってから言葉を発してしたので謝る気持ちがなかったわけじゃない。
このまま俺たちは不良たちに暴行の末、二人まとめてドラム缶にコンクリート詰めにされて海に投棄されるんじゃないかと覚悟していたときだった。
「待って、彼はちゃんと謝ってるわ。ごめんなさい、悪気はなかったとね」
「おっと委員長じゃねえか」
よく通る美しい音色にも似た声が掛かる。俺が振り返るとセーラー服を着たお姉さんがおり、彼女を見た瞬間俺の心は鷲掴みにされてしまった。
キラキラ光る……ガキながらの拙い表現だが、それしか思い浮かばない。人間なのに神々しさを纏っているように小学生の俺に見えてしまっていた。
長い黒髪が陽の光に照らされて、なんとも言えない黒と白のコントラストが美しくて、今でも脳裏にくっきり焼き付いている。
やらかした俺たちを見つめる眼差しは柔らかく、まつ毛の長い二重まぶたはそれだけで美少女であることを俺に強い印象を植え付けた。
鼻翼が小さく鼻筋が通った顔立ちは優しいながらも、芯の座った人なのかと想起させてしまう。美人はやっぱり心に余裕があり、度量も広いのか、と子どもながらに思った。
「この子が軽くぶつかっただけなんでしょ? あなたたちは周りに強がっているけど、この子に体当たりされただけで吹っ飛んでしまうようなヤワな身体なのかしら?」
うひっ!?
お姉さんは結構火力高めに不良たちを煽っている。そろそろ炒飯ができるんじゃないかって心配になるほどに……。
だが……。
「委員長よぉ、こういう生意気なガキは今の内に分からせてやんねえといけねえんだよ。分かんねえかなぁ?」
クリスが当たった茶髪の不良が耳を小指でほじりながら、お姉さんに食いついていたのだけど、俺の頭にはある一言が過った。
おまいう!?
その両隣にいた不良二人も茶髪に同意し、うんうんと頷いていた。
「あなたたちがイラつく気持ちは分かるわ。だからといって、周りの人たちに当たるのは良くないから。もし先生があなたたちを不当に扱っているというなら、私から伝えさせてもらうね」
彼女は淡々と、だが心の奥底に憤りと悲しみに満ちた表情で不良っぽい男子たちに語り掛けていた。
「お、おい、委員長……そこまでは……」
「不平不満があるなら、とことん話し合いましょう。朝も昼も夜も……
論破するタイプではなく、お姉さんは体力チート型だったか……。徹マンを3日くらい余裕綽々でこなしそう。
柔和な笑顔を浮かべていたお姉さんだったが目がまったく笑っておらず、不良たちは明らかに気圧されていた。身体は決して大きくもなく、どちらかというと華奢なのにどこからこんな強い覇気が生まれているのか不思議なくらいだった。
「しゃーねえな、ここは委員長の顔を立てやる。ガキぃ、二度とオレに当たってくるんじゃねえぞ!」
クリスはぶんぶんと首を縦に振っていた。それを見たお姉さんはクスクスと上品な笑い声を上げている。
「んべーっ!」
不良たちの姿が見えなくなるとクリスは舌を出して、あっかんべーをしていた。
クリスも懲りないなぁ……。
「今度からちゃんと前を見て歩こうね」
お姉さんはクリスの頭を優しく撫でる。撫でられたクリスはまんざらでもなさそうに屈託のない笑顔になっていた。
俺はお姉さんに撫でられたクリスが羨ましくて仕方ない。
じーっとクリスを眺めていると、
「キミも友だちをかばって、いい子だね」
お姉さんは白く透き通るような美しい手で俺の頭を撫でてくれていた。うれしさと恥ずかしさからか、身体中が熱く火照ってしまいそうだった。
俺たちの窮地を救ってくれたお姉さんだったが立ち去るお姉さんの鞄からぽとりと何かが落ちる。
お姉さんが落としたのはキーホルダー。リスカーというリスとクルマを合体させたもふもふのキーホルダーだ。
「あの! これ、落としてますよ」
すぐに拾って、お姉さんに声をかけると振り返り受け取ってくれた。
「わあ! ありがとう、とっても大切なアクセサリーだったの。妹が私にって贈ってくれたものだから」
俺の両手を握って、眉尻を下げ、天使のような笑顔で感謝された。触れたお姉さんの柔らかさと温かみのある肌艶の良い手は今でも俺を包んでくれている。
「キミ、お名前は?」
「俺、滝川雄司。こっちは
「雄司くんにクリスくんね! 私は雛森律香ね」
少し腰をかがめると俺たちの目線に合わせて、名前を教えてくれた。美しい瞳に俺は身体のすべてが吸い込まれるかのような気持ちになる。
お姉さんは受け取ったマスコットを鞄に付け直し、手を大きく振りながら分かれた。
子どもながら、これがフォーリンラブって奴なのかと自覚していた。泉に深く落としてしまった俺の心……。
「あなたの落とした心は金ですか? 銀ですか?」と泉の女神と問われたら、女神のお姉さんに俺は言ってのけるだろう。
落としたのはお姉さんです! と……。
雛森律香という美少女の名前は魂にまで刻印され俺の心を捉えてやまない出来事だった。
「あいた!」
子どもながらにうんうんと頷いていると、スネに痛みが走る。クリスが俺の脚を蹴っていたのだ。
「なんかユウ、ムカつく」
「はあ!? なんてクリスにムカつかれないといけないんだよ」
「ムカつくからムカつく」
ぶっすーと頬を膨らまし、お互いの家に着くまでクリスの機嫌は悪かった……。
俺は中学生になり、律香先輩と再会したのはもちろんのことだが、俺の先輩となった不良だった男子の姿を見て愕然とした。
みんな一様に学ランは一寸の狂いもなく、校則の規定の長さになり、金や茶色に染めに染め散らかされていた頭髪は肌が透けて見えそうくらい短い坊主頭に揃えられていたからだ。
あのあとの彼らに何が起こったのかは分からない。だがこれが律香先輩の持つカリスマ性なのだと俺は思うことにした。
そういやクリスの奴、どうしてっかな?
中学に上がるときに両親と海外へ行ってしまったけれど……。
―――――――――あとがき――――――――――
メガニケの異世界ファンサブストーリーがきましたね。メイデン、裸に全身タイツとかえちえち過ぎませんか? ああ、そういうゲームでしたねw
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます