第9話 自己肯定感よわよわ美少女

――――【陽香目線】


 夢を見ていました。


 滝川くんとお互いの想い人を寝取るまで、偽装でお付き合いするという契約を結んだ夜のことです。


 川で溺れたときのことが夢になり、そのまま再生されているかのようでした。


 多分、私はうなされていたんでしょう。お布団が酷く湿り気を帯び、寝間着も汗びっしょりでしたから……。


 でも不思議と目覚めたときの気分は爽やかに晴れて渡っていたのです。


 眠れる森の美女のように王子さまからキスされて目覚める、そんな童話のような出来事が私みたいなお姉ちゃんに比べれば何もできない女の子に起こるなんて思ってもみませんでした。


 薄れた意識の瞳に微かに写る王子さまの微笑んだ姿は……。


 あのときと同じ……。


 どこいるのかまったく分からず、路頭に迷って怖ろしさから震えているときにそっと差し伸べてくれた手。


 川に入り息ができなくて、入水したことを激しく後悔し、薄れゆく意識の中で伸びてきた手、あのときと同じように馬鹿な私を救ってくれたのです。



 両親から初めて自転車を買い与えてもらい、お手伝いさんたちに手取り足取り教えてもらい、ようやく一人で乗れるようになった頃のことです。


 両親と一緒でない限り、学校の他は外に出る機会のなかった私はお手伝いさんたちの目を盗み、自転車に乗り、いつもは行かない場所に遠出してみました。


 自転車に乗る私はまるで背中に翼が生えたように見知った敷地内を駆けていました。自転車というものがなかった私にはうれしくてたまらなくて、敷地内を出て、流れる風景は徐々に知らない場所へと変わってゆきました。


 私の所有欲というものを満たしてくれた自転車、見知らぬ場所へ行きたいという小さな願望を叶えてくれそうな道具。


 いつもの町内を抜け、漕ぎ出した先には見たことのない風景が広がっており、たとえ並んでいるのが民家やお店であっても私にはとても新鮮に思えました。


 今思えば、大したことのない距離でせいぜい、二つ三つ先の町内へ踏み入れたぐらい、だけど小学生だった私には刺激的すぎる体験で途中まではとてもワクワクしていたのです。


 だけど私の小さな冒険は、突然終わりを告げました。


 バキンッ! と大きな音を立て、自転車は急に漕げども速度を上げる気配がなく、ペダルもやけに軽くなってしまいました。


 漕ぐとシャラシャラと音を立て、空回りするチェーン……。


 よく見るとタイヤが巻き上げたのか枝が噛んで、チェーンが外れていました。途端に私の気持ちは高ぶったテンションがぴんと張られたチェーンが外れたのと同じくダラリと垂れて沈んだのです。


 意気揚々で飛び出し、道順も忘れて知らない街に来れたことがうれしかったのに、もう戻れないと分かると怖さと寂しさから不安で不安で仕方ありません。


 まだ、何も起こってないのにどんどんと心の中に不安が押し寄せてきます。このまま家に戻れなかったらどうしよう。誰かに声をかけられ、連れ去られてしまったり……。


 見知らぬ町でまともに動かなくなってしまったことに途方に暮れ、もう涙が涙腺の出口にまで込み上げてきて、あと一押しで号泣してしまいそうでした。


 プルルルル……プルルル……。


「お願い、電話に出て……」


 とにかく誰かに連絡を、と思い自宅に電話しても、繋がりません。望みの綱が切れたことで不安が一気に押し寄せ、涙を押し止めていた瞼も限界を迎えようとしていたときでした。


「どうしたの? うちの前で……」


 家に戻れないかもしれないという不安と恐怖でいっぱいになっていた私に、道を歩いて少年が声をかけてくれたんです。


 私と同じくらいの歳の男の子、彼は目鼻立ちが整いとても綺麗な瞳をしていました。


「だ、大丈夫です! すぐにどきますから……」


 心配してくれた彼に、人見知りからか強がりを言ってしまう。でも、そんなどうしようもない私に彼は……。


「あーっ! 外れてるじゃん! 良くあるんだよね、チェーンが外れちゃうこと。ちょっと待ってて」


 私の強がりから出た遠慮も聞かずに少年は自転車のチェーンをいじり始めました。でも、大人でも手こずるというのに、そんな小学生に直せるわけが……。


「できたよ! ちょっと漕いでみて!」

「えっ!?」


 さらに私の予想に反して、ポケットからキーホルダーを取り出したかと思ったら、それはマルチツールで、彼はそれを器用に使い、チェーンをはめ終わるとチェーンの張りを調整してくれていたのです。


「さっきよりも軽く漕げます……」


 チェーンを直してくれた少年は私の言葉に、にひひっと悪戯っ子のような白い歯を見せた笑顔になり、満足していました。


「あ、あのここってどこですか?」

「道に迷ったのか~、どこから来たの?」

「雛森町です……」

「うおっ、5駅も向こうから来たの!?」

「は、はい……」


「んじゃ雛森駅から自分ちは分かるよね?

「ええ……それくらいは……)

「取りあえず、地図書くからそれを頼りにすればいいよ」


 彼がさらさらと紙へ地図を書いていたとき、シャツからはみ出たタグから秀一という名前が覗いていました。


 彼が短時間で書き上げたというのに見やすい地図に驚きました。交差点など詳細に建物が記載されており、これさえあれば道に迷うことはなさそう。


 私に地図を渡した彼は踏んでも壊れない頑丈そうなデジタル表示の腕時計を見て、告げたのです。


「おっと、いけね。もうこんな時間じゃん。クリスの奴、怒ってなきゃいいけど。じゃ、俺これから遊びにいくんだ。それじゃね」


 あっ!?


 私がお礼を言おうとするとポケットに工具を突っ込んで足早に立ち去っていきました。


 ありがとう……。


 私は彼に言えなかった言葉を心の中でつぶやいていました。名も名乗らず、見ず知らずの私に優しい声をかけて助けてくれた王子さまのような彼に……。


 そのとき、心地良い鐘の音色が響いた気がしました。私は恋に落ちていたのです、秀一という彼に……。



――――【雄司目線】


 俺に妹ができて、チャリが壊れたことを想定した訓練ができて良かった!


 さすがに母さんの似の妹だとあんなにおっとりしてないと思うけど。


 走って待ち合わせの公園へ駆けつけると野球帽から金髪のはみ出た友だちのクリスが腰に手を当て、ご立腹だった。


「ユウ! 遅い!」

「あーごめんごめん。女の子がママチャリでBMX決めてたからつい見とれちゃって」

Full of lies!ウソばっか それに手が真っ黒だよ」


 クリスの蒼い瞳が俺の手をまじまじ見て、呆れていた。


―――――――――あとがき――――――――――

デルタガンダム弐号機が再入荷したとの報を受け、愛車を走らせ、ガンベへ行って参りました。


勝利ぃぃぃぃーーー!!!


もうないかと思っていたんですが、ちゃんとありました。えがった……。

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