第8話 恋愛フラグクラッシャー

――――【雄司目線】


 ずっと抱いていた夢が叶ってしまった……。


 高校に入ったら、律香先輩と並んで下校する。小学生の頃から抱いていた夢だ。


 ああ、律香先輩……。


 先輩に思いを馳せると現実に引き戻される。


 俺の隣にいるのは先輩の妹で髪色以外、瓜二つなのだがやはり先輩ではないのだ。しかも本当の彼女ではなく、俺たちは偽装カップル……。


「雛森の家ってどこ?」

「えっと……もう敷地内なんです」


 閑静な住宅街を歩いていたが雛森という表札のかかった家屋は見つからない。


 雛森が敷地内と言ってから1キロ程度は歩いただろうか? 目の前には博物館かよってツッコミそうな建物がそびえ立っていた。


「あちらが別邸です」

「……」


 俺はとんでもないお嬢さまに手を出してしまったのかと後悔が先に立ってしまった……。


「あっ、見えてきました。あちらが本邸です」


 もうあれってヴェルサイユ宮殿じゃないか? そう思わせるくらい、桁違いに豪奢で巨大な建造物が俺の目の前にあった……。しかも玄関先には高級ホテル同様にホテルマンみたいな人が立っている。


 俺は庶民過ぎて、生きてて済みませんと謝りたくなった。


「ごめん、雛森。送るのはここまででいいよな?」

「あ、はい……今日はどうもありがとうございました。生まれて初めて、男の子と下校できました。この体験は一生忘れません」


 雛森は俺の手を取り、謝意を示した。


 そんな大袈裟な、と返そうとしたが表情が本当に俺に感謝しているようで何も言い返すことができなかった……。



 朝、家を両親から強制連行みたいな形で連れ出された俺だったが先に帰っているであろう両親への挨拶の声が上擦ってしまう。


「ただいまー」

「おかえり、意外と遅かったな」


 父さんはリビングで新聞を広げていたが、俺を見て声を掛けてくる。母さんは洗い物をしていたのにわざわざ俺のところに来て顔色を伺ってきていた。


「おう、雄司! なんだあ? 朝行く前は死んだ魚みてえな目してたのに、帰ってきたら餌を前にした犬みてえによろこんだ顔しやがって。はは~ん、雄司……さては彼女ができたな」


 なんて勘をしてるんだ……。


「な、なに言ってんだよ! 俺に彼女なんかできる訳ねえって。兄貴じゃあるまいし……」

「あたしには秀一も雄司も悪かねえんだけど」

「兄貴は?」

「そういや、まだ帰ってきてねえな」


 今ごろ兄貴は律香先輩と……。


 そう思うだけでいたたまれてなくなり、足が自分の部屋へと向いてしまっていた。


「おーい、雄司!」


 母さんの呼び掛けに応ずることなく、俺は部屋に引き込もってしまう。



――――翌日。


 登校途中で雛森と合流したが、いきなり心が折れる。学校までたどり着いて靴箱を開けるとわらわらと封筒の束が足下に落ちてきたからだ。慌てて拾ったが、もう遅い。


「雄司くん!? す、すごい……」


 隣にいた雛森がこちらの惨状を見て、口を手に当てながら引いていた。


「いや雛森の方が凄いじゃないか……」


 靴箱の扉を開けると俺以上に封筒が溢れ、彼女の靴を隠していたほどだ。


 天使の世代なんて、大袈裟な! とか思ってたけど改めて雛森陽香が別格の存在なんだと見せつけられた。


 俺が雛森というアイドルじみた美少女の凄さに驚いていると、雛森はさらに驚くべき行動を取っていた。恐らくララブレターと思しき封筒のすべてを昇降口のゴミ箱へ放り込んでしまったのだ。


 超塩対応じゃん!


「みんな酷いですよね。お姉ちゃんよりモテるはずのない私に悪戯してくるなんて……」

「悪戯……?」

「うん、私をからかって楽しんでる」


 からかってるのか?


 まあ相手が本気でも本人がそう思ってしまうなら、仕方ないことなのかも。律香先輩と比べられ、苦労している状況は俺とよく似ていた。


「そっか、雛森も大変だな。俺もこれを兄貴に渡してこないといけない」

「雄司くんへ宛てた物じゃないの?」


「ははは! 雛森は優しいね。でも俺のじゃないんだよ。みんな兄貴が好きだけど、言いやすい俺に仲介して欲しいんだ」

「みんな酷いよね」

「ああ、俺たち人権ないよなー」


「うん、ないない」


 雛森は目を細めて口に手を当てながら上品に笑う。俺に共感して笑ってくれる理解者……兄貴宛ての大量のラブレターを見て、滅入っていたが、雛森の笑顔を見て、元気が出た。



 鞄を教室に置かずに2年生である兄貴の教室へ来た。兄貴の周りには人集りができて、兄貴が人から好かれるタイプなんだとまざまざと見せつけられたら。


 その中には律香先輩もおり、二人で周りにいるクラスメートたちと明るく談笑している。


「おはよ、雄司。どうしたんだい?」

「雄司くん、おはよう」

「これ兄貴んだよ!」


「雄司!?」

「雄司くん!」


 二人から挨拶されたが仲睦まじい姿を見せられ、悔しさから靴箱に入っていた兄貴宛てのラブレターをすべて預けて、兄貴たちのクラスから飛び出してしまっていた。



――――【秀一目線】


 雄司は中学のときからボクにラブレターを預けてきて、困る……。


「やっぱ秀一はモテんな」

「くう、イケメンは死ねよ」


 封筒を眺めているとクラスメートからからかわれるが、


「まあまあ、ボクはもう律香と付き合ってるから」

「くそっ」


 なんて言い訳を返すともっと悔しがってしまって、思わず額を掻いた。


 はあ……。


 弟の雄司が開封もせずに持ってきたラブレターの束を見て、ため息が出た。


 雄司と差出人には悪いけど、一通を手に取り中身を確認させてもらう。


―――――――――――――――――――――――

 滝川雄司さま


 突然のお手紙、びっくりさせてごめんなさい。

 どうしても私の気持ちを伝えたくて、筆を取りました。


 受験の日のことでした。


 電車で変な男に痴漢されそうになっていたところを助けてもらったのに雄司さまは名乗ることもなく、立ち去ってしまい探すのに時間が掛かってしまいました。今度お礼がしたいので今日の放課後、校舎裏まで来てもらえませんか? 待っています。


                  笹川れもん

―――――――――――――――――――――――


 雄司ってば、また女の子を助けたのか……。


 他の封筒も確認してみたが……シチュエーションこそ違うが人助けしたことは共通。


 しかも十人以上って……。


 その内、バチカンから聖人認定されそうな勢いだよ。これだけモテてるのにボクよりモテないって嘆いてるとかよく分かんない。もうちょっと自分に自信を持って欲しいよな。ボクの自慢の弟なんだし……。


 読み終えた便箋を封筒に戻した。


 この電子全盛の時代にわざわざ手書きのラブレターを書いてきてくれたのに雄司の奴ったら、ボクに丸投げである。


 はあ……雄司の奴、断りにくいのは分かるんだけど、こういうのって直接会って言ってあげなきゃいけないだけどなぁ。まあ、かわいい弟のためなら一肌でも二肌でも脱ぐなんて全く厭わないけど。


 ボクにできることと言えば、せめて雄司に悪評がつかないようにすることくらいだ。



――――放課後。


 あんまり気乗りしないけど、弟のためだ。


 校舎裏へ行くとツインテールの美少女が手を胸前で合わせて、不安げな表情で雄司の登場を待ちわびているようだった。


 ボクが女垂らしなら間違いなく、雄司の代わりにお付き合いしているだろう。だけどボクは……。


 壁に隠れ様子を窺っていたが、意を決してお断りをするため、彼女の前に歩み出た。すると彼女は雄司が来なかったことに驚くと、すぐに表情が曇る。


「滝川く……なんで滝川先輩が……」

「ごめんね、雄司じゃなくて……」

「いえ……滝川先輩が来たってことは……」


 ボクに遠慮して、そんな言葉を返してくれたが言葉とは裏腹に相当落ち込んでいる。彼女に漏れず、ボクが雄司の代わりに現れると大体彼女と同じような反応だ。


「うん……雄司はお礼とか要らないらしいんだ」

「そうですか……」

「私……諦めませんから……」

「うん、月並みだけど応援してる。またなにかあれば雄司に伝えておくよ」


「ありがとうございます。でも先輩よりも今度は雄司くんに直接伝えられるように頑張ります」

「……」


 彼女の言葉に思わず虚無感に苛まれた。


 ボクの容姿に釣られて、告白しに来る女の子はいるけど、残念ながらボクは女の子に興味が……。


 そんなことLGBTだって一部の人たちが騒いでいるけど、そんなことカミングアウトするほどボクはオープンな性格じゃない。彼ら彼女ら以上にボクは異常者なんだから……。


「はあ……」


 笹川さんが去ったあと、ボクは制服のポケットというポケットを埋め尽くす雄司への想いに溢れた恋文を取り出してみて深い深いため息をついた。


「今日はあと屋上と体育倉庫と生徒指導室か……まったく雄司の奴、担任まで助けて、どうするつもりだったんだ?」


 雄司のあんな無自覚女垂らしは誰に似たんだろう……。


―――――――――あとがき――――――――――

また来週は忙しくなりそうなので今の内に書いておかねば……。

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