第7話 NTR計画発動

「騒がしいな。君らはすでに中学生から高校生になったんだ、少しは静寂という物を覚えてはどうかね?」


 生徒が揃ったことで教室内へ担任の先生が入ってきたが、俺たちが騒いでいたことで蔑むような冷たい視線が注がれていた。


 教室が騒がしくなった原因はおまえだ! と言わんばかりに男子たちの注目が集まり、先生の鋭い視線は高出力ビームで敵を薙払うかのように徐々に俺へと向かったくる。


 もう逃れられないと思ったときだった。


 先生と俺の目が合うとゆっくりと口角を上げていた。俺は背中に怖気が走り、季節が冬に逆戻りしたかのように感じてしまう。先生はあとでこってり絞ってやる、と言いたげな目つきだったのだから。


 静まり返った教室で先生はチョークを持つとこれぞ楷書のお手本のような美しい文字で名前を書き出した。


「秋山美奈子だ。これから君らの担任になった。よろしく」


 これから菱高はすべて実力主義で行く! なんて言葉は聞かれずに先生は入学のお祝いを述べたあと、淡々と高校生活の概要を説明し、自己紹介して入学初日の過程を終えてしまった。


 自己紹介でも一際目立っていたのは雛森だ。


 立っても、座っても、歩いても天使のような輝きを放って止まない。そんな非の打ち所のない美貌を誇る彼女だったが、どこか自信なさげに自己紹介をしたことに男子たちの庇護欲は最高潮に達したことだろう。


 そんなことを思っているとさっきのサラサラ髪の男子が雛森を誘っていた。名前は相原というらしい。


「雛森さん。放課後、ご予定があれば――――」

「あります」


 弱々しい自己紹介とは裏腹に即答した雛森。相原は平静を装うが引きつった呼吸をしており、相当なダメージを負ったようだ。


「雛森! 俺といっしょに帰るよなぁ!」


 相原を押し退けるようにツーブロックが割り込んで雛森に声をかける。彼の名は真庭。


「先ほど予定があるとお伝えしましたが、聞こえてませんでしたか? 私みたいな取り柄のない者と放課後にお出かけするなんて、からかうのは止めてください。それに私はとある方と大事な大事なお話があるんです。申し訳ありませんがあなたとはご一緒できません。それはこれからもずっとかと……」


 ひっ!?


 チャラそうなに真庭は雛森を強引に誘おうとして、絶縁状のような返答をされてしまう。真庭はわなわなと震えて、俯き表情が窺いしれない。


 さすが塩対応の姫の妹……。そこはきっちり姉妹としか言い様がない。


 クラスの男子……いや俺の新しい学び舎となった菱高の男子全員から注目を浴びるような雛森。


 そんな雛森がすくっと立ち上がる。


 ご尊顔とも言うべき雛森の顔の視線が向いていたのは俺だった。クラスメートの視線が一気に俺と雛森に集まった。クラス中の注目を浴びながら歩み出て、彼女は俺に告げる。


「滝川雄司さん。ちょっとお話があります。ご一緒に屋上へ来ていただけませんか?」


 天使さまのような微笑みを浮かべていた雛森だったが俺には「逃げんじゃねえぞ、ごらぁぁ!」と自動変換されてしまう。


「あ、はい……」


 教室から出るとき、クラスメートとなった男子の羨望と嫉妬の視線を一身に浴び、生きた心地がまったくしない。


 ――――滝川許すまじー!


 ――――地獄に墜ちろー!


 彼らは羨ましがっているようだが、俺は天使さまに手を出したことを咎められ、高校3年間を奴隷として過ごす地獄のような毎日が始まろうとしているのに、よろこべる訳がない!



――――屋上。


 屋上へと通じる踊場のドアを閉め、振り返ると雛森は泣き出しそうな顔をしていた。俺みたいなキモメンに人工呼吸とはいえ、キスされてしまったことがそんなに辛かったのか……。


 思わず自己嫌悪に陥り、そのままフェンスから異世界への扉を開けたくなった。


「滝川くんにお願いがあります。私と交際していただけませんか?」


 ああ良かった。


 てっきり川でしでかしたことを咎められるんじゃないかと思っていたので安心……いや安心できねえよっ!


 雛森が突然意味不明なことを言い出すので、口が勝手にぱくぱくしてしまう。まだ交配してください、じゃなくて良かったなどとキモいことを思って心を落ち着かせた。


「いや、俺には好きな人が……」

「はい、知っています。私のお姉ちゃんですよね?」


 知ってて、俺に告った?


「なんで!?」


「少し調べさせてもらいましたから。滝川くんはお姉ちゃんと同じ、菱中出身。でしたらまだどなたとも交際した経験のない滝川くんがお姉ちゃんを好きになってもまったくおかしな話ではないと思いました。お姉ちゃんは優しくて、かわいくて、頭も良くて、眼鏡を掛けていることでインドア派と見られがちですが、その実運動もできるという文武両道の才媛なのです。世の男の子ならお姉ちゃんを好きにならないはずがありません」


 急に雛森のお姉ちゃん自慢が始まりだした……。


 まさにその通りであり、さすが妹と感心する他ない。雛森と「そうだよねー」とギャルっぽい仕草をしたい衝動をぐっと抑えた。


 散々お姉ちゃん自慢を続けた雛森だったがキラキラと瞳を輝かしていた彼女の表情が曇り、声のトーンが暗くなる。


「でもそれとことは別です。幼い頃に迷える私を助けてくれただけでなく、愚かな行為をしでかした私の目の前に再び現れて、こっそりと助け出してくれた秀一さんと交際したことは許しがたいのです」


 俺はおまえで、おまえは俺だ!


 雛森の話してくれたことは俺が兄貴に思っていることとほぼ完全に一致していた。


「俺も兄貴が律香先輩と付き合うと聞いたとき、許せねえと思った。ガキの頃からずっとずっと好きだった先輩を一年そっとしか知り合ってねえ兄貴が奪っていいはずがない」


「そうです! だから私たちが協力して、お互いの想い人を奪い返すのです!」

「それって、つまり寝取るってことだよな?」

「は、はい……」


 雛森は寝取るという言葉に反応し、顔を赤くする。俺もそんな彼女を見て、急に恥ずかしさがこみ上げてきてしまった。


 だけど天使さまと呼ばれ、遠い存在と思われた雛森とは仲良くなれそうな気がした。


「同志雛森」

「同志雄司くん」


 同志呼びすると雛森がくすくすとかわいい笑い声を漏らしてくる。


 ん? 待てよ、雛森は俺が手を出したとは思っていない?


 ならそのまま兄貴がやったということで押し通してしまうしか方法がないだろう。雛森も兄貴に人工呼吸してもらったと思っているなら、救いがある。


「俺は兄貴から律香先輩を寝取る!」

「私はお姉ちゃんから秀一さんを寝取ります!」


 お互いに差し出した拳を合わせ、グータッチした。


「二人を欺くためにも交際しているということの方がアプローチしやすいかと思いまして……」

「偽カップルという訳ね」


 うんうんと頷いた雛森。



 そんな経緯かあり、俺と雛森は付き合うことになった。雛森と並んで下校していたのだが、なんか俺、先生から呼び出されてたような気がするけど、明日にでもちゃんと謝っておこう。



――――【美奈子目線】


『おまえの正体が超有名レイヤーのミーナってことは分かってるんだ。黙っててやるから、これから高校の間、俺の性欲処理をしてもらおうか』

『こ、このケダモノ! 私を助ける振りして、そんな欲望を抱いてたなんて、酷い……』


 あー、虚しい……超虚しい……。


 冷やしたチョコバナナを舌の温度で溶かしながら舐める。いつでも滝川くんの女になる準備はできているというのに、彼が生徒指導室に来ないから独り芝居して暇を持て余してる……。


 趣味のコスプレをしていたときだった。変なカメコに追い掛け回され、恐怖を覚えていた私の手を引き、「お姉さん、大丈夫?」と優しい笑顔で声を掛けてくれた滝川くん。


 二人で愛の逃避行のように路地裏へ隠れて、やり過ごしたあのときのことは今でも鮮明に私の心に焼きついている。


 中学生だった彼に大人の私がときめいてしまうなんて……。ああ……早く私を脅して、無理やり関係を迫ってくれないかしら?


―――――――――あとがき――――――――――

最近コトブキヤに洗脳されてしまったのか、あろうことかプニモフのトゥを買ってしまった……。恐るべしブキヤ! 早く仕上げて作らねば……。

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