第17話 曇らせ天使さま

「付き合ってんなら紹介してよ、運命の人をさ」

「あ、うん……」


 雛森は杏奈にせっつかれ、俺の紹介を始めようとする。その前に雛森に小声で語りかけ訊ねた。


「雛森、ちょっと訊きたいんだけど……彼女たちってもしかして熾天使セラフィムとか言われていたグループのメンバー?」


「うん。私は杏奈ちゃんが誘ってくれて、一緒にいただけ。私にはそんな天使なんて呼ばれる資格なんてなかったよ」


 雛森が天使じゃなきゃ、誰を天使にすればいいんだろう?


 ただ律香先輩と比べられ続けた心の奥底に刻まれた劣等感は拭い去れる物じゃない、俺と同じように……。


 俺が雛森の運命の人って、ついた嘘がどんどん拡散していって、引っ込みがつかなくなるパターンなんじゃないか?


 ちらと雛森が俺に目配せしてくるので、俺は仕方なく雛森の無言の要請に応える。


「滝川雄司です。雛森さんとは親しくさせてもらってます」

「聖女学院高等部、西園杏奈。んでそっちの二人が……」


「ポニーテールの私が柊詠美」

「ツインテールの私が柊琴美」

「「よろしく陽香の彼氏さん!!」」

「こ、こちらこそ……」


 こんな美少女たちに雛森の彼氏だと散々言われ続けたら、いまさら偽装カップルだとか言えなくなる……。


「そういえば可憐ちゃんは?」

「可憐は部活で来れないんだって」

「なんせ一年で」

「レギュラー入り」


「スゴいね! 全国制覇も夢じゃないかも」


 菱高では人を遠ざけてるように思えた雛森が西園、柊姉妹と手を取り合いはしゃいでいる。


 ああ、天使たちの戯れというのはこうもキラキラしているのか。


 守りたい、この笑顔!


 雛森と目が合うと彼女たちに嘘をついているようで、お互いに後ろめたさからか目を背けて俯いてしまう。


「あれー? キミのこと、どっかで見たことあんだよねー」

「詠美も」

「琴美も」


 俺と雛森が俯き口を噤んでいると西園が俺の顔をまじまじと横から正面、果ては下から覗き込んで眺めてきていた。それに併せて柊姉妹まで俺を陸揚げされた深海魚みたいに見てくる。


「ひ、人違いでは?」

「いやー間違えないだろ、溝にはまった指輪を必至で拾いあげてくれた人間を」


「詠美と」

「琴美が」

「「ストーカーに追い掛けられてるのを逃がしてくれた。忘れる訳ない」」


 

――――カラオケボックス。


 3人に引っ張られるようにして俺はカラオケボックスにまで連行されてしまった。その後ろに雛森がついてくる。


 3人が受付を済ませている間に様子のおかしい雛森が気になって声を掛けた。


「どうしたの? どこか調子でも悪い?」

「ううん、なんでもないよ。ごめんね、私の友だちなのに巻き込んじゃって……」

「いいよ、雛森のこと知るいい機会だから」

「う、うん……」


 雛森の顔がリンゴのように途端に赤くなる。雛森のことを心配していると西園と柊姉妹が俺たちを見ており、感心しているようだった。


「さっすが雛森の彼氏だけある」

「格好だけの男嫌い」

「人助けする男好き」


 は、恥ずかしい……。


 部屋を案内されて、席に座ると配置がおかしい。俺の右隣には西園、左隣には柊姉妹が座っており、雛森はポツンと置かれた一人用のソファにいた。


 さっきの沈んだ表情が気になったけど、俺たちは別に本当に付き合ってる訳じゃないし、女の子に囲まれてても……。


 俺はてっきり雛森がお澄まし顔でいると思っていたのだが、ジュースを持つ手がぷるぷる震え、なんだか低い声で「うー、うー」と唸っているような気がした。


 雛森が嫉妬してる?


 そんなことはないだろ……それこそ自意識過剰ってもんだ。


 柊姉妹がフナナモモナという超人気双子V Tuberの曲を歌っていた。めちゃめちゃ声が似てるけど、二人はもしかして……。雛森はうれしそうな表情で二人を見ている横で、西園が俺の腕にたわわを押し付けながら訊いてきた。


「彼氏くん、うちらの中学生んときの写真みたい?」

「うんうん! みたい!」

「ほれ!」


 くはっ!? なんて神々しいんだっ!


 雛森がセンターでその右隣に柊姉妹、左隣にはショートボプでボーイッシュな王子さま系美少女、たぶん彼女が可憐と呼ばれた子なんだろう。雛森の後ろには西園がいた。


 もし西園が見せてくれた画像をインスタにでもアップしようものなら一時間もしない内にいいねが軽く1万を超えてしまいそう。


 俺と西園が話していると雛森は唇を噛み締めて耐えているように思えたんだけど……。


「ちょ、ちょっとごめん」


 今の雛森を見ていると俺はいたたまれなくなり、席を立ち上がる。すると俺の周りにいた3人が名残惜しそうに袖を引いていたが、「お花を摘みに行くから……」と正直に答える。


「なら仕方ないな」

「「お漏らし厳禁」」



 お店のカウンターの傍にあるトイレに入る。他には誰もいないようだ。


 ふーっ……。


 兄貴はいつもこんな感じだったんだろうか?


 水分を取った分、少々長めの用を足していたときだった。


「そのまま前を向いてなよ」

「に、西園さん!?」

「杏奈でいいよ、それより……」


 男子トイレだっていうのに俺は後ろから西園に両肩を掴まれていた。しかも俺はまだおしっこを出し切れていない。


「キミさ、陽香のことどう思ってる?」

「雛森は俺の大事なパートナーだ」

「そっか、それなら良かった。陽香はあたしらの大事な連れなんだ。絶対にしあわせにしないとキミのこと……最低の浮気男だってSNSでバラまくから」


 俺は複雑だった……。


「じゃあ、さっきのは俺を試したっていうの?」

「いやー、試した訳じゃなくて、やっぱああいう助けられ方したら女なら、みんな惚れちゃうかも。陽香がキミのこと好きになった理由、分かるわー」


 杏奈さんは本気で雛森のことが心配してるんだだ……。それに比べ、俺は……。


「分かった。俺が必ず陽香をしあわせにしてやる」


 西園の思っている形とは違うかもしれない。だけど陽香と兄貴をくっつけ二人がしあわせになれるよう全力を尽くすつもりだ。



――――【陽香目線】


 ほ、本当の彼氏じゃないのに……雄司くんがみんなに好意を持たれているのが、見ていて辛くなってしまいました。


「う、嘘……」


 何で杏奈ちゃんが男子トイレに!? しかも雄司くんもまだ出てきていないっていうのに!?


―――――――――あとがき――――――――――

アカツキがアドバンドMSジョイントですと!? なんかまた批判が殺到して、ステルス改修げな悪寒がするんですが……。せっかくクソ格好いいのにもったいない。

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