第4話 再会

 短い春休みも終わりを告げようとしていた頃だった。憧れの律香先輩が兄貴のモノになってしまったことに打ちひしがれて、ふて寝を決め込んでいると母さんが女子にスカート捲りを決めるように布団を剥いでくる。


「雄司、いつまで寝てんだよ。世の中には女の子を襲って懸賞金掛けられてる奴がいるってのによぉ」


 女の子が襲われただって!?


 平和な街だと思っていたけど、そんな危険人物が……。


 ・

 ・

 ・


 ま、まさか俺のことじゃないだろうな?


【中学生男子、憧れの女子を寝取られた腹いせに近くにいた女子にわいせつな行為を行う】


 そんな……。


 俺はあの美少女を助けるどころか犯罪者としてセンセーショナルな新聞や雑誌の記事が載ってしまう最悪の事態が思い浮かんでくる。


 俺は兄貴に律華先輩を奪われた上に普通に暮らすことさえも危うくなってしまうのか!?


「あ、いや襲って……違うな救ってか、なはは。って雄司、どうした? 顔を真っ青だぞ、水浴びして風邪でも引いたのか?」


 母さんがなにか語り掛けてきたけど、まったく耳に入らない。


「とにかくまずは飯だ。春休みなのは分かってっけど、飯くらい食え」

「あ、ああ……」


 ノックもなくドアが開いていた。お玉を持ってエプロン姿の母さんがドアの枠にもたれ、俺が起き上がるのを待っている。


 こうなると抵抗は無意味だ……。


 母さんは若い頃……いや今でも高校生の子どもがいるとは思えないくらい若い見た目をしている。そんな母さんは若い頃は日課のように暴走族を叩きのめしていたらしい。


 そんなヤバい母さんに意を決して打ち明けた。すると……。


「ああっ!? 高校に行きたくねえだと? ふざけんなって!」


 眉根はつり上がり、俺の額に母さんの額がくっついてしまうほど詰められる。


 だけど律香先輩といちゃラブなスクールライフを送る夢が潰えたことで高校へ行く理由が無くななってしまったんだ……。母さんに行きたくない理由を正直に話したらさらにブチ切れられてしまうだろう。


 首根っこを掴まれ、ヘッドロックが掛けられ尋問が始まる。頬に当たる母さんの胸元。


「んで、理由は?」

「言えない……」

「たくっ……。高校は行っとけ……、わざわざ自分から人生ハードモードにすんな」


 母さんが本気を出せば俺の頭なんて潰せるはずなのに、締め付けは弱まり甘噛みのように優しい。むしろ母さんのふくよかな胸元で甘えさせてくれているようにも感じられてしまう。


「雄司、あんたはさ、あたしと圭介の子どもなんだよ。それがちっとやそっとのことで高校に行きたくねえとか情けねえこと言うなよ。悲しくなっちまうじゃねえか……」


 ちっとやそっとじゃない……。


 けど俺のわがままで両親を困らせるのも、それはそれで悲しい。


「分かった……とりあえず高校には行ってみる……」

「しゃっ! 晩飯は雄司の好きな鯖みそ煮作ってやっからな、元気だせ」

「母さん……それ父さんの好きな料理だから……」


「あん? まあ困けえことは気にすんな」


 気乗りしないが両親を悲しませることは正直つらい。でも律華先輩を兄貴に奪われたことも死ぬほどつらかった……。



――――入学式当日。


 淡いピンク色の美しい花びらがひらひらと宙を舞う。その花びらのカーテンの下を真新しいブレザーに身を包んだ生徒たちが保護者に付き添われながら、緊張の面持ちで歩いていた。


 校門の桜並木に出迎えられ、俺は晴れて高校生となってしまうのだ。まったくうれしくないけど……。


「あたしら先に体育館に行ってんかんな」

「向こうで待ってる」

「ああ」


 父さんと母さんが俺の入学式に付き添いに来ていたが、保護者向けの案内を見て、告げてくる。


 二人と別れたのをいいことに、このまま脱走しようかと思ってしまうが、そんなことをしようものなら、母さんは地の果てまで追ってきそうだ。


 諦めて、いつもジャージにエプロン姿でいる母さんが、めかし込んでいるので訊ねた。


「母さん、今日は普通のスーツなんだな」

「ああん? あれかあたしが白豹柄のスーツで来るとか思ったのか? あたしだって世間体ってもんを考えるって。なあ圭介」


「そ、そうだな……」

「下着は豹柄だけどなー!」

「真理亜……そういうことはこういう場所では止めておけ」

「じゃあ、夜にでもすっか」


 父さんは母さんの一言に押し黙り、普段寡黙な顔を赤くさせていた。大人の話にあまり深く突っ込むのは止そうと思った。


 我が家のいちゃつきを見せられ、呆れ顔になりながら、クラス分けが掲示板にでかでかと張り出されていたので確認に行くと……。


「「あ……」」


 まさかの人物とまさかの場所で再会してしまい、困惑する。俺はすぐに顔を伏せたがもう時すでに遅し。


 ファミレスでぶつかり、土手で泣いていた美少女。どうやら彼女は俺と同じく掲示板でクラスを探しているらしかった。


 俺は踵を返して、逃亡の準備を始める。


 いくら誤解だと弁明したところで理解されるはずがない。入学早々、犯罪者認定されてしまえば俺の高校生活は絶望あるのみ。


「どこに行くんですか?」

「今日から入学するのは、この学校じゃなかったんだ。今から正しい学校へ行ってくる」

「うちの制服を着ていますよね?」

「制服も間違えたみたい」


「無理が過ぎませんか?」

「俺もそう思った」


 彼女の追及を躱し切れないと観念し、誤解を解くため話し合うことにする。彼女は怒っている様子ではなく、俺が逃亡しようとしたことに当惑しているようだった。


 もしもし、ポリスメン?


 といった雰囲気ではなく、あくまで話し合いで解決しようとしているのかもしれない。


 それでも警戒を厳に。なるべく彼女を刺激しないよう柔和な笑顔で語り掛ける。


「キミもここだったんだ」

「うん……」

「あー、自己紹介がまだだったよな。俺の名前は滝川雄司って言うんだ」

「えっ!?」


 俺が名乗り出ると彼女はまるで雷に撃たれたかのように絶句する。


「ん? なんか変な名前だった?」

「ううん、ごめんなさい。なんでもないの。私は雛森陽香……」

「えっ!?」


 律香先輩と同じ苗字だ……。かわいい妹がいるとチラと聞き、スマホの画像まで先輩は見せてくれたのだが、俺は先輩に夢中になり碌にスマホの画面を見ていなかった。


 それに加え、先輩は妹とは別々に住んでいるとのことだったので、プライベートに踏み込むのは失礼だと思い、根ほり葉ほり訊ねることなく頷くだけにしていた。


「もしかして、もしかしてだけど、キミって律香先輩の妹?」

「お姉ちゃんを知ってるの?」

「知ってるも何も中学のときにお世話になってた人だから……」


「あ、あの……滝川くんってお兄さんがいる?」

「いるよ、秀一っていうんだけど」

「それって……」

『新入生の皆さんは体育館へ集合してくださ~い』


 彼女がなにか言い掛けたところで、拡声器を持った案内役の先生から声が掛かり、俺たちは体育館へ移ることになった。



 入学式では生徒会長となった律華先輩が新入生の俺たちに向かって挨拶をしていた。俺と先輩の距離は遠距離恋愛なんて比べ物にもならないくらい遠くに行ってしまったような気がした……。



 失意の内に入学式を終え、高校生活初めてのクラスの教室に移動する際に腐れ縁の悪友から呼び止められた。


「おい、雄司!」

「ああ、なんだ迫田か」

「なんだじゃねえぞ! ありゃ一体どういうことなんだ?」

「なにが?」


「惚けてんじゃねえ。あの聖女学院ひじりじょがくいんの天使さまとどういう関係か、って訊いてんだよ」

「さっき知り合ったばっかだけど?」


「ふざけんな! あの天使さまが知り合ったばっかで雄司とあんなに親しげに話すなんておかしいだろ!」


 親しげ?


 人の気も知らないで迫田は言いたいことを言ってくれる。俺は彼女を救出するために仕方なく、口づけし、肌に触れたことを問い詰められようとしていたというのに……。


「くうっ、なんでいつもいつも雄司ばっかおいしい思いをしやがって! 」


 俺のどこがおいしい思いをしているんだろう? 律華先輩を兄貴に奪われ、賞金首になってしまうかもしれない俺なのに、迫田は地団駄を踏んで悔しがっていた。


―――――――――あとがき――――――――――

カクヨムコンが始まってしまって、プラモが作れんです。終わったら、積みプラ作りたい!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る