第3話 溺れる川の美少女
――――【雄司目線】
ふんっ! と鼻を鳴らし、侵入してきた川の水を吐き出した。油断するとすぐに鼻から水を吸ってしまいそうになる。
ジャケットなどの上着は脱いだが、水を吸った服が抵抗になって泳ぎにくい。着衣水泳の訓練はしているが、それは自分が濁流に飲まれたときに助かるための自衛手段。
人を助けるためのものじゃない。
俺が飛び込んだときには女の子の身体は激流に飲み込まれていた。兄貴ほどの泳力もない俺が彼女を助けるには無謀だったのかもしれない。
俺も油断すると一気に川へ中へ引きずり込まれて、呼吸すらままならなくなることは間違いない。水を飲み込まないよう精いっぱい顔を上げ、息を肺から全身に満ちるように吸い込んだ。
覚悟はいいか?
俺の内なる心が問い掛けてくる。顔を水面に浸け潜れば二度と戻って来れる保障はない。
それに助けたところで「なぜ死なせてくれなかったのか」と彼女から恨まれる可能性すらあるのだ。
ただ……俺の願望として、あの律香先輩に似て、かわいい美少女が溺死体になって引き揚げられる姿を想像するだけで忍びなくて仕方なかった。
美しい人は最期まで美しくあって欲しい……。
俺はどうせ死ぬつもりだったんだ、いつもの自己満足をして最期を迎える。
覚悟を決め、水面に顔を突っ込んだ。身体が浸かって低い水温に馴れているはずなのに一気に体温を奪われる。
だけど今年は雪解けが早かったおかで川の水は澄んでおり、彼女の姿を見つけることができた。
斜め前、20メートルくらい先にいる!
流れに沿っていても、横方向への移動は体力を消耗する。全力を振り絞り、なんとか彼女の下へたどり着いた。
幸か不幸か、彼女はもがき苦しむことなく激流に流されるがまま。
なんとか手を掴んだ。
だが、まだ4月初めの気候は冬と大差なく冷たい水は容赦なく俺の体力を奪う。
(このまま死んだら、俺は彼女と心中したと思われてしまう!)
それだけはなんとしても避けたかった。
(俺みたいな陰キャ童貞のキモメンと心中なんて写真つきでニュースにでもなれば、それこそ彼女が浮かばれないっ!)
仮に転生したとしよう。
おそらく俺は彼女の近くで受肉する。
そして、前世での恨みをつらつらと
律香先輩の奴隷ならよろこんでできるけど、見ず知らずの女の子の奴隷はできるかどうか分からない。
そう思うと力が湧いてきた。
俺は彼女のお腹を抱きかかえ、ばた足で浮上する。川の流れに沿って、流されながらなんとか岸へと流れついた。俺が靴を置いた岸から数キロ以上離れているかもしれない。
そんなことよりも彼女のことが心配だ。
ぽんぽんと真っ青になった頬に触れると……。
「うそ……だろ……」
岸まで引き揚げたのに彼女は息をしてなかった……。
あの艶のある朱に染まった美しい唇は紫へと色褪せ、低体温症になっているのがすぐに分かる。
まずは水を吐かせないといけない。彼女を横寝にして安全体位を取ると何度か背中を叩いた。すると彼女はけほけほと水を吐いたが、呼吸している様子はなかった。
仕方ない! 人工呼吸だ。
彼女の顔に唇を近づける。見れば見るほど、彼女は律香先輩に似ていた。
先輩を兄貴に奪われたから似た女の子の唇を奪い、自分の寂しさを満たすんだろう?
そんな葛藤が生まれたが、迷っている暇なんてなかった。
息を深く吸い込んだ俺の唇は美少女の唇と触れていた。美少女と口付けできた僥倖に浸っている間なんてなく、彼女の鼻を摘まみ顎をくいっと上げて、俺の肺の空気を彼女へと送り込んでゆく。
俺の空気で満たされたのか、たわわな胸元がさらに膨らんだ。人工呼吸を繰り返していると彼女に大きな変化が見られた。
「ううう……」
薄目が開いたかと思うとけほけほと咳き込んだあと、自発呼吸が戻ってきたようだった。彼女が息を吹き返したところで消防車と救急車のサイレンが聞こえてくる。
俺は堤防へ止まった救急車に向かって駆け出し、手を振る。救急車から下りてきた隊員へ伝えた。
「溺れていた女の子がいたんです。なんとか引き上げたんですが……」
「キミが助けてくれたのかい?」
「いえ、俺はただ居合わせただけで」
訊ねてきた救急隊員に曖昧な返答をした。
最近は男性が心不全を起こした女性にAEDを使うだけで、訴えられてしまう。AEDは素肌に直接当てないといけないので服を見ず知らずの男に脱がされたことが気に食わないというのだ。
彼女に断りもなく人工呼吸した俺だ。
兄貴みたいなイケメンならそれを機に恋が芽生えるかもしれないが、俺みたいな陰キャ……だとそれこそ裁判で人生が終わる。
俺は美少女を指差すと救急隊員が土手を降りてゆく。俺は逆に土手を上がる。
「キミ、ちょっと!」
「おい、それより負傷者が先だ」
救急隊員に呼び止められたが、年上の救急隊員が俺に訊ねてきた隊員に優先事項を伝えていた。
俺はダルい身体を引きずるように逃げるように帰ってきたから、服は乾かず濡れたまま。
母さんに見つかったら、絶対に叱られることは確定だ……。
シャツなんかは絞れるだけ絞って、水分を飛ばす。流石にズボンを外で脱ぐ訳に行かないので玄関に入ってから脱ぐことにする。
玄関ドアの音を立てないように開け、静かに息を潜め家の中へと入った。あとは風呂場の洗濯機まで凡そ5メートル。
「ちょっ、雄司……びしょ濡れじゃねえか!」
「いやさ、レイドボスのリヴァイアサンが出現したから一狩りしてきたんだよ。そうしたら思い切り水を浴びちゃって」
「嘘をつくんなら、もっとマシな嘘をつきなよ。あー、もう雄司はそこで脱いだら、さっさと風呂に入って来い!」
「はーい……」
あの女の子は無事だろうか?
湯船に浸かると急に心配になってくる。だけど俺が付いているより消防士や救急救命士に任せておいた方が確実だ。
それよりも俺の心配をした方がいい。
不可抗力とは言え、あんなアイドルみたいな子の唇を奪ってしまったのだから……。
風呂から上がると服が用意されてある。口は悪いが優しいのが俺の母さん。
だけど……。
「母さん、これ……兄貴のジャージじゃん」
着替え終えた俺は、リビングでフィットネスがてらシャドーボクシングしていた母さんに文句を言った。
「ああ? ぜいたく言うんじゃねえよ、顔も背丈も似たようなもんじゃねえか」
間違いやすいからってわざわざタグに名前まで書いてあるのに間違えるのが母さんだ……。
「俺は兄貴みたいに! ……なんでもない」
「ん? あたしに隠しごとなんてすんなって」
母さんは俺の肩を抱くと乾ききってない髪をくしゃくしゃと撫でてくる。がさつなのにいい香りがするなんて卑怯だ。
「もういい……」
「なんだよ、人間なんだから一つや二つや三つくれえ間違えることもあっだろ?」
別に服を間違えられたことが嫌だったんじゃない……。俺が兄貴みたいな顔だったら、もっと自信が持てて、律香先輩は兄貴に……。
ああ、もう止めよう。
――――【陽香目線】
「ここは?」
「陽香! 心配したのよ!」
「川で溺れたって聞いて、慌ててきたんだよ」
「パパ……、ママ……」
「何があったの? ちゃんと言って。私たちにできることならなんでもするから、ね」
両親が私の手を握り、泣き出しそうな顔でこちらをじっと見つめてる。真っ直ぐな瞳にいたたまれなくなった私は目を背けた。
お姉ちゃんに好きな人を奪われたから川に飛び込んだなんて、とても言えない。
もう助からないと思ったのに水中で、秀一さんがまた私を助けてくれたような気がした。あの手が、あの表情が秀一さんに思えなければ私は彼の手を取ることなく川を下り、海の藻屑となっていたと思う。
私が目覚めるまで確かに秀一さんがいたような気がした。しかも人工呼吸までもしてくれたような気がする……。
秀一さんからキスされるとか……。
そう思うと身体が火照って熱くなる。やっぱり私、秀一さんのことが……。
「陽香! 熱でもあるの!?」
「ナースコールを!」
「ううん、パパ、ママ、大丈夫だから」
死にそうになってたから幻覚が見えただけなのかもしれないけど。
「失礼します。意識が戻られましたか、なによりです」
私を搬送してきたと思われる救急救命士さんが様子を見に来られました。
「すんません、一応上司に報告しないといけないんで………」
救急救命士さんに一通り話した。もちろん、自ら命を絶とうと思ったことは内緒にして……。
「ああ、言い忘れてましたが、おそらく溺れていたあなたを助けた男の子がいたんですけどね、私どもに一声掛けるとそのまま立ち去ってしまったんです。お知り合いか、どうか分かりませんか?」
「いえ……」
秀一さんはお姉ちゃんと一緒にいて、私が溺れたことなんて知らないはず……。
誰なの!?
まさか……。
「パパ、ママ! お願いがあります!」
「どうしたの!? 急に……」
「私のお小遣いで人を捜して欲しいんです!」
私は両親にお願いをしました。私を助けてくれた命の恩人に1000万円を、有力な情報を提供してくれた方に100万円を渡すということを……。
―――――――――あとがき――――――――――
ついにやってくれました蝸之殻から彼シャツ仕様のモダニアが出ます。でもどう見てもブラは着てません。どうしましょう、ばっちりTKBがあったりなんかして、ちしかんの嫁がFANZAでないと売れないなんてことになったら……。健全な作品を読者さまに提供させて頂いているお子さまの作者じゃ買えないじゃないですか。
あー、ちなみに陽香のTKBは水の冷たさからしっかりと立――――【以下検閲により削除】。
※私が講習受けたときは救急救命は人工呼吸なし、心マのみだったんですが、創作なのでそこはお許しをm(_ _)m みんな、ちゅ~好きでしょ?
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