第2話 兄貴にBSSされた俺

――――春休み。


 俺は律香先輩に相応しい男になるべく努力を重ねていた。


 そして、ついに高校入学の年を迎えた。


 遅刻、遅刻ぅぅ~!!!


 かなり早く家を出たはずなのに、たった一駅先にあるファミレスに行くまでに痴漢されてるお姉さん、踏切に手押し車がはまったおばあちゃん、迷子になってる女の子と遭遇してしまった……。


「待って! 陽香はるか!」


 慌ててファミレスのドアを開けるなり、艶があり聞き覚えのある声が響いた。その声の響きに耳を澄ましていると胸元に強い衝撃か走る。


「きゃっ」


 まるで青春映画に出てくるワンシーンのように真珠の涙をこぼしながら、ファミレスのエントランスを駆ける美少女。


 銀糸を束ねたかのような髪が俺とぶつかった反動でふわりと広がる。照明に当てられたキューティクルの輝きが彼女の頭頂部にエンジェルリングを作っていて、ふつくしい……。


 倒れそうになる彼女を受け止めるために両肩を掴んだ。その瞬間びくんと彼女の身体が小刻みに震え、慌てて手を離す。


「ご、ごめんなさいっ」

「お、おおう……」


 くりっとした大きな瞳に整った目鼻立ち……新進気鋭の若手女優です、と紹介されても納得できるくらいかわらしさと美しさを備えている。


 しかも俺の想い人である雛森律香先輩の面影があり、それだけで俺とぶつかったことは不問とするどころか、むしろぶつかってくれてありがとうと感謝してしまいそう。


 思わず、腕から悲しみにくれた天使の去った余韻に浸ってしまっていた俺……。


「邪魔だっ!」

「ごっめーん」

「こんなところに突っ立ってないでください」


 俺はさっきの美少女を追い掛けるかの如く、まずは目つきの悪い男子に、次に太った男子、最後はショートボブの女の子にぶつけられる三連アタックを受けてしまう。


 くそっ、なんだってんだ?


 三人は俺に気を止めるまでもなく、どうやらさっきの美少女を追い掛けていってしまった。


 友だち?


 いや、それよりも兄貴の呼び出しだ。


 わざわざファミレスまで呼び出して話したいことがあるなんて何事かと思っていると、手が振られる。


「雄司~! こっちこっち」


 手を振られた先にはいかにもイケボと言った声の主がいた。俺の兄貴である秀一だ。眼鏡を掛けた理知的な美少女、長いストレートの髪が俺の目を引く。



 なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……。



 声のした席へと向かうと見慣れた人がいた……。


 なんで兄貴と律香先輩が一緒にいるんだよっ!!!


 晴れて中学の卒業式を終え、希望に満ちた春休みを過ごしていたときだった。


 高校に入学したら律香先輩に告白する!


 小学生の頃から想いを寄せていた先輩……だが俺に勇気がなく、告白できなかった。だが俺はもう昔の俺とは違う。また先輩と同じ学校に通い、最高の高校生活を送ってやる。


 そんな野望を抱いていた。


 あと一週間でまた先輩と……。


 そんな甘い妄想に浸っていたのに、まだまだ寒い日が続く三月に突然冷や水を浴びせかけられたような気分だった。


 いや待て!


 まだ決まった訳じゃない。


 ただ二人が高校で知り合い、友だちになってファミレスで話し込んでしまい、俺の話題になってただ呼び出されたという線もある、あり得る!


 それに兄貴から何も聞いてないし。


「おー雄司、よく来てくれたね」


 人懐っこい笑顔で俺を出迎えてくれたイケメン、それが俺の兄貴で完璧超人。その傍らには俺の憧れの律香先輩が座っていた。


 まるで兄貴の彼女みたいに……。


「まさか雄司と律香が先輩後輩の仲だったなんてなぁ、律香から聞いて驚いたよ」

「秀一が雄司くんのお兄さんって知って安心したの。キミのお兄さんなら間違いないって」


 なんだよ、兄貴……律香なんて気安く名前を呼び捨てにすんなよ。俺の先輩なんだよ。ポッと出の兄貴がなに、俺の憧れの先輩とそんなに馴れ馴れしいんだよ!


 ふざけんなよ!


 俺が小学生の頃から憧れていた律香先輩を呼び捨てにされたことで兄貴に対する苛立ちがふつふつと沸き起こる。


 先輩……それはないですよ。


 なんで兄貴だけ呼び捨てなんですか!?


 俺は先輩と過ごした中学じゃ一度も呼び捨てにされたことなんてなかったのに……。


 怒りと悲しみが入り混じって頭の中がぐちゃぐちゃになっていた俺に止めが刺される。


「ボクと律香は付き合ってる」

「私と秀一は付き合ってるの」


 二人はお互いに顔を見合わせたあと、ぴったり息を合わせて俺に告げていた。


 地獄、地獄ぅぅ……。


 

 世界が終わるなら今日がいい。



 即死級で絶妙のコンビアタックを食らった瀕死の俺は今すぐ世界は終焉を迎えて欲しいと思った。


『ご注文のスイーツを持ってきたにゃん』


 胴体部分にトレーを載せた猫型ロボットが俺たちの席の前で停止する。


「雄司!」

「雄司くんっ!」

『通してにゃん』


 俺は頼んだスイーツを一口も手をつけず、猫型ロボットとぶつかりそうになりながら、俺はファミレスを飛び出していた。



 俺はこの近隣を流れる一級河川の菱川へとやってきた。目的は言うまでもない。


 コンクリート護岸の土手を降り、丸っこい石だらけの川原まで歩いてゆく。川の畔まで来たところで靴を脱いだ。その上にスマホやらの所持品を置く。


 律香先輩が兄貴と付き合ってしまったのなら、生きている意味がない。


 父さん、母さん、先立つ不幸をお許しください。


「「今度、生まれ変わるなら」」

「お姉ちゃんになりたい!」

「兄貴になりたい!」


 俺が最期の望みを叫んだときだった。


 は?


 なにしてんの、あの子っ!?


 俺とぶつかった美少女が対岸で靴を置いて、川の中へと歩み出していた。


 ちょっとあの子、死ぬ気かよっ!!!


 見る見る内に女の子の身体は川へと浸かり、首だけしか見えなくなってしまい、下流へと流されてゆく。


 俺は自分がしようとしていたことも忘れ、川へと飛び込んでいた。


―――――――――あとがき――――――――――

どうもいつも運営さまからお叱りを受けている東夷です。

それはさておき、久々に現代ラブコメを書こうと思い筆を取った次第です。

面白かった、日和って叡智が疎かになってるじゃねえか! 等のご意見、ご感想のある読者さまはフォロー、ご評価頂けますと作者は頑張りますので、ヨロシコですm(_ _)m

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