傷舐め合うのも他生の縁 ~兄貴に大好きだった先輩をBSSされた俺は先輩の妹と偽装で付き合い、互いの想い人を寝取る覚悟を決めた~

東夷

第1話 塩対応な憧れの先輩はなぜか俺にだけ優しい

 俺の憧れの先輩、雛森律香ひなもりりっかの中学生活もの卒業式を残すだけとなった。先輩が卒業してしまえば、俺たちは離れ離れになる……。


 開け放たれた窓から春風が舞い、律香先輩の長い黒髪が揺れていた。窓際の椅子に腰掛け、セーラー服姿の美少女。


 眼鏡の奥の瞳は人を寄せ付けない洞窟湖とうやこのように澄んでいて、じっと見つめていると吸い込まれてしまうような気がする。先輩は名残惜しいのか教室の窓から学び舎を感慨深く眺めていた。


 俺はそんな彼女を空き教室のドア付近から律香先輩を眺めていた。


「どうしたの? 遠慮なく入ってくればいいのに」


 俺に気づいた先輩の表情が柔和に綻ぶ。


「思い出に耽っているのを邪魔しちゃ悪いかなって……」

「そう? こうやって雄司くんと話すのも私にとっては大事な思い出なんだけどな~」


 凛とした佇まいで教師すら、先輩に話しかけるときは思わず居住まいを正すほど威光に満ちている。だけど俺には驚くほど彼女はフレンドリーだった。


 先輩は椅子から立ち上がるとゆっくりとした足取りでこちらにやって来て、俺の耳元で囁く。


「雄司くんは私が卒業したら、寂しい?」

「もちろんです! 律香先輩があのやる気のない人たちを変えたんですから……」


 今、俺たちがいるのは授業で使われなくなった旧校舎。先輩たち3年生の卒業で取り壊しが決定している。


「それは違うわ。あの人たちを変えたのは雄司くん、あなたよ。私はただキミの熱意に応えただけ」


 先輩がくすりと微笑んだときだった。まだ冷たい強い風が教室の中を通り過ぎると重そうなカーテンが揺れ、陽の光がその刹那に差し込んだ。


 後光の差した先輩を目の当たりにした瞬間、俺は先輩が女神のような人在らざる者に見えてしまう。


「せっかくだから1曲聴いていかない?」


 先輩は黒い大きな物体を指差す。


 彼女のノリはピアノバーのピアニストがお客を誘うような大人びた感じ。もちろん俺はバーになんて行ったことないけど。


 実は以前から今は使われなくなったグランドピアノを綺麗にし終えた俺たち。黒髪の美少女ピアニストはトムソン椅子に腰掛けると鍵盤蓋を開く。


 それに合わせて俺はピアノの屋根を持ち上げ、突上棒で屋根を支えた。


 先輩はありがとうとばかりに微笑んだ。


 何度見ても美少女の微笑みはいいものだ。


 もう二度と旋律を奏でることはない壊れていたグランドピアノを俺と律香先輩で修理し、再び美しい音色が出るまでにした。


 美少女は手の指先、爪先まで美しい。


 そんな指先が鍵盤に触れる。


 先輩が奏でる旋律はヨハンゼバスティアン・バッハの『G線上のアリア』。


 心が洗われるかのような音色に耳が幸福に包まれ、先輩が俺だけのために弾いてくれていると思うだけで優越感に浸れてしまう。


 ずっとこんな幸せが続けばいいのに……。


 演奏に酔いしれ最後の音を奏でたあと、先輩の手が止まる。演奏を終えた先輩は深呼吸すると鍵盤蓋を閉じ、色褪せたピアノを愛おしげに撫でながら言った。


「このピアノも最期に雄司くんに直してもらって幸せだったと思うわ」


「いえ、ただ直しても奏者がいなければ……律香先輩のようにピアノと音楽を愛する奏者に美しい音色を奏でてもらえてこそです」


 このグランドピアノも旧校舎と運命を共にすると思われる。


 もしもの話だ。


 俺と先輩が結ばれたなら共に……。


 馬鹿な考えに思わず、吹き出しそうになり堪える。


「あっ、雄司くん。なに考えてたの~?」

「なんでもないですよ」

「うそ、お姉さんに隠さずに言いってみて」

「もう卒業しちゃうんですね」


「ええ、そうなの。雄司くんは私が卒業したら寂しい?」

「はい! 先輩がいなくなった学校なんて来る意味がない……です」

「ほらほら、そんな我が儘言わない」


「俺……俺……先輩のことが……」

「ん? 私のことがどうしたの?」

「ぜったいに律香先輩と同じ高校に行きますから!」

「うん、また雄司くんと同じ学校で過ごしたいな」


 

――――卒業式。


 翌日、卒業生を代表し先輩が答辞を述べ、式はつつがなく終了した。


 式が終わり、一旦卒業生が教室へ戻ったあと、昇降口から出てきた。部活や委員会など人望のある卒業生はすぐに後輩たちから囲まれる。


 その中でも多くの生徒に囲まれていたのが律香先輩だった。俺もその輪の中に加わる。送辞は律香先輩から生徒会長を引き継いだ俺のクラスメートが勤めたが、花束贈呈の大役は俺が賜っていた。


 生徒会では俺が一番先輩と仲が良いと思われたのだろう。在校生の生徒会役員で庶務という下っ端の俺なのに……。


「律香先輩、3年間お疲れさまでした。これ……俺たちから――――」


 校舎を感慨深く眺め、さっきまでキュッと結んでいた先輩の口角が緩み、頷いたときだった。


 花束を差し出していた俺は横から押され、先輩の前から遠ざけられてしまう。


 何事かと思って様子をうかがうと俺を押した男子がモブは黙ってろ、と言いたげな目で俺を睨んでいた。


 それだけじゃなく、彼の後ろには行列の出来る飲食店みたいに律香先輩を前にして、男子たちが並んでいた。


 弾き出された俺はただ先輩に贈る花束がくしゃくしゃにされないよう守るのに必死だった。


「邪魔だっ!」


 男子たちに弾き出され、バランスを崩してしまった俺だったがなんとか耐えた。花束も無事でほっと安心したの束の間、後ろからやってきた何者かに強く押され、転んでしまう。


「雄司くんっ!」


 だけど花束だけは守った。


 俺が転んだのを見た先輩が駆け寄ろうとしてくるが男子たちに阻まれる。


 律香先輩はそんな居並ぶ男子たちを前にしても剣技を極めた剣聖のように穏やかに佇み、動ずることがない。


 一手頼もう! といった感じで一人の男子が律香先輩に告白するが、


「ごめんなさい」


 の一言で男子は斬って捨てられる……。


 〝塩対応の姫ソルティープリンセス〟の二つ名は伊達ではなかった。


 サッカー部のキャプテンでJリーグのジュニアチームに所属、そして強豪校から推薦をもらって、もう将来が約束された伊集院先輩が真打ち登場といったばかりに律香先輩を見つめていた。


 律香先輩の手を取ろうとした伊集院先輩だったが、律香先輩はそーっと手を引く。


 軽くいなされた伊集院先輩は触れようとした手でサラサラの髪をかき上げ、体裁を保っているようだった。


 伊集院先輩の白い歯がキラリと輝いたかと思うと二人の様子を固唾を飲んで見守っていた女子たちが彼のイケメンさに当てられたのか気を失いそうになっている。


 肝心の律香先輩は伊集院先輩の醸し出すイケメンオーラをどこ吹く風といった感じで見ていた。


 伊集院先輩は開口一番、


「雛森! おまえは俺と付き合うべきだ」


 実に男らしい告白を言ってのけた。


 伊集院先輩は自身の告白が成功することを確信し、決まったとばかりに鼻を鳴らしている。


 だが律香先輩はとても冷静だった。


という助動詞をここで使うのは適当ではないと思うの。なぜなら当然という意味があるんだけど、私とあなたがお付き合いするのは到底当然だとは私には思えないから。人に想いを告げる前に、まずあなたは日本語を一から勉強すべきだわ」


 彼女は真顔で、まるで悪いことをした子どもを諭すように伊集院先輩を教育していた。


 律香先輩のド正論パンチを浴び、KOされてきた男子たちの屍を傍で見続けてきた俺は容易に彼女に告白してはいけないと悟ったのだ。


 伊集院先輩は呼吸が止まったかのように立ち尽くし、風が吹いて倒れそうになり、サッカー部の後輩たちが慌てて支えている。


 死屍累々の惨状を見るに春の陽気が一気に遅れてやってきた寒波で吹っ飛んだようだ……。


 まるで抜刀術に長けたサムライが詰まらぬ物を斬ってしまったと言わんばかりに、律香先輩は嘆息するとこちらにやってくる。


「大丈夫?」


 眉尻を下げ不安げな表情で俺を見た先輩が手を差し伸べてくれた。


「酷いことをする人たちね……私が他人を蹴落とすような男の子を好きになるとでも思ってるのかしら?」


 先輩はまるで汚物を見るかのように蔑んだ氷の瞳で跪いたり、うなだれる男子たちを一瞥したあと、俺の方を向いて一言告げた。


「雄司くん、私……キミのこと、待ってるから」


 先輩から手を握られ、見つめ合うと桜の花びらが手の甲へと落ちた。


―――――――――あとがき――――――――――

どうもカクヨムの要注意作者です。久々に現代ラブコメを書いたので感覚が戻らず、難儀しております。射○を……ちがった写経を再開し、なんとか書いております。タイトルを敢えてラノベちっくにしておりますので読者さまからの受けは良くないかもしれません。が! 残念ながらこれしか本作に合わないのです。仕方ないなぁ、応援してやるよ、とお思いの読者さまはフォロー、ご評価を入れて頂けますと馬車馬のように頑張りますのでよろしくお願い申し上げます。

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傷舐め合うのも他生の縁 ~兄貴に大好きだった先輩をBSSされた俺は先輩の妹と偽装で付き合い、互いの想い人を寝取る覚悟を決めた~ 東夷 @touikai

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