スポットライト症候群

ミラクルライター

第1話

 ねぇ、知ってる? 二月三日の噂。


 彼女の地域では、これを立春に見られると良いとされるものがある。


 それは、数秒だけ輝く緑色の朝日。

 そう簡単に見られるものではない。しかし見ることさえできれば、願いが叶うと言われている、一種の願掛けみたいなもの。


 その名を、『緑閃光グリーンフラッシュ』。しかし少女の地域では、こうも言う。

 

 通称——『アオハルステージ』






 ★





 

 分かっていた。だって、昨日からそうだったから。


 少女は一人、山の上にある神社で俯く。親に部活の朝練だと話して家を出たは良いが、空はどんよりとした雲に覆われ、立春の名に相応しいような麗らかさは欠片も無い。


 ……自分が恋焦がれてきた彼に、せめて想いを伝える勇気が欲しかったのに。


 この雲はなんて天邪鬼なのだろうかと、少女は目を細める。それはまるで、少女の心を写したかのようで。モノクロを見れば見るほど、少女の瞳は憂いを帯びていく。


 もちろん、告白という行為に緑閃光は関係ない。太陽の色が、赤だろうと緑だろうと何だろうと、告白相手さえ首を縦に振ってくれれば、恋など簡単に成就する。


 しかし、自分の心を支配する程の願いが他人に委ねられているのは、やはり精神的によろしくない。


 自分ではどうにもできないからこそ、運に見放されると、どうしたら良いか分からなくなる。


 告白する勇気なんて、今更出ないよ……。


 頬に、光を一切受けない雫が伝った。

 

 ––––刹那、

 


「おや、可愛らしい顔を歪めて。どうしたんだい? 緑髪ちゃん」



「えっ、」



 突如響いた、声。


 唐突に理解した。よく小説で『鈴を転がしたような声』と言うけれど、それはこんな感じだったのかと。


 つい昨日まで冬だったことを思わせる、ひんやりとした風が、目の前の男性の声を転がす。



「目が赤いね。もしかして、見に来ていたのかい?」



 そっとこちらを覗き込む緑の瞳が、ゆらりと海のように揺れた。



「……はい、ちょっと、勇気が欲しくて、」



 突然現れたし、初対面で距離近いし、無駄にかっこいいし。でも、多分。きっと。


 この人は、悪い人じゃない気がする。


 それは、ただの直感だった。



「……すまなかったね。春は確かに、私の守護する季節。ただ天気までは、流石に操作できないんだよ」



 よく分からない言い回しに、思わず眉をひそめる。『操作』だなんて、そんな言い方、まるで––––。



「––––特別だよ?」



「わっ……!」



 髪がぱっと舞い上がったと思えば直後、景色に色があった。周囲の藍と下の白、そして輝く、太陽の光。


 これは……雲の、上?


 息も忘れて、再び涙が流れた。


「驚いたかい?」



 その声で我に返り下を見れば、少女がまたがっていたのは立派な青色の鱗。慌ててしがみつき直す。



「わっ! えっと、龍?」



「うん。純粋な若人の緑髪ちゃんの願いを、応援したくなってね。もちろん緑閃光も良いものだけれど、こっちの光も、なかなかに神秘的じゃないかな?」



 そう言われ、改めて周囲をそっと見渡す。


 雲の絨毯が下に見える。雲の下はあんなだったのに、上にはこんな眩しさが閉じ込められていたとは。少女の瞳に映る景色は、果たしてこの世のものなのか?


 まだ空はそんなに明るくなくて、空は青と藍と黒が混じっているようで。異常と言われてもおかしくない程の美しさに依存しそうで、そのスリルにもどんどん胸が高鳴っていく。



「若人って……あなただって若そうな見た目だったけど。ペールラベンダーの髪なんて、街中を歩くには勇気がいるんじゃない?」



「私たちは歳を取らないんだよ、あと街中には行かないんだよね。神社を離れるのは気が引けるし」



「えっ、不老不死? いいなぁ」



「ははっ、そう良いものでもないけどねぇ」



 ぽつぽつと軽い会話をしながら光に惚れていたけれど、楽しい時間はあっという間。そっと鱗を撫でた少女は、笑った。



「有難う。もう私、大丈夫」



「そう? それは良かった。君帰れるかい?」



 ——ただ、少し引っかかる言い口だったと気づくのは、今ではなかった。



「……え、こんな上空まで連れてきておいて、自力で帰れ、と?」



「まさか! ちゃんと神社までは送り届けるよ」



 龍なのに、人間じゃないのに、笑っていると分かる。やっぱり、このヒトは普通じゃない……今更か。


 雲のふわふわに見惚れていれば、あっという間に視界は曇天のあそこだった。



「さぁ。やることがあるんだろう? 行っておいで」



 地上に降り立つと同時に人型へと戻った彼は、小さく手を振ってくれた。


 そろそろ、時間だ。



「……さようなら。」



 手を振り返した少女は、真っ直ぐ前を見据えて、男に背を向ける。


 途中振り返っても尚、笑顔で見送り続けてくれている彼を背に、恋焦がれてきた少年へと思いを馳せた。


 ……頑張ろう。


 雲に隙間ができるまで、あと少し——。

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スポットライト症候群 ミラクルライター @Kokoro_Perfume

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