火焚龍之介の過去
彼は勉強が得意だった。
教えるのも、とても上手い。
『……ねぇ、ホントに僕と同じ大学に行く気?』
『何だよ、不満か?普通、こういうのは喜ぶんじゃないのか?』
珍しく眼鏡をかけた彼が、ペン先を見つめながらノートにそれを軽く走らせている。
僕の解いた問題のほとんどに斜線が引かれていく。
『3割5分……か』
『ね?酷いでしょ?』
『いや、なんとかする』
『えぇ〜……本気?』
『ああ。でもこれからは、俺の言う事に全部従って貰うぞ?』
『……分かったよ。僕が頼んだ事だからね』
僕にはちょっと行きたい大学があったけど、生い先短い身ではどこも変わらないであろうと半ば諦めていたところだ。そもそもの学力が足りていないし、適当に推薦でも貰って進学しようとしていた矢先だった。
彼が勉強を教えてくれるとの事だったので、素直に乗っかる事にした。
『それより、お前は良いのか?』
『どういうこと?』
『生い先短い身……勉強なんて、しなくてもいいんじゃないか?』
『逆だよ。一回くらい本気でやってみたいんだ』
『……そうか。なら、言われた通り俺は手伝うだけだ』
彼はそう言って、メガネの橋をクイと持ち上げる。
それから僕は放課後になると、決まって彼の家に通うようになった。
やがて合格発表の日。
『……落ちた』
『まぁ、ドンマイ』
悲劇的な境遇である自分に酔っていた事は認めるけど、受験の世界は残酷だった。
『……滑り止めだけど、ホントに一緒に来るの?』
『約束しただろ。まさか浪人する訳にもいかねぇしな』
彼はひょっとしたら、僕より落ち込んでいたかもしれない。
快活に笑うと、2人でスーパーに寄ってから、食材を大量に買い込んで、三日くらいはずっと、彼の家で遊び放題だった。
『……ねぇ、ぴかりん』
『なんだ?リュウ』
『ありがとね』
『……まだ、これからだからな』
『そうだね』
僕らは隣で背中を合わせながら、それでもお互いそれ以上は踏み込まない。
どうしても、壊れてしまう未来を想像してしまって、身動き取れなくなるのだ。
やがて冬が明け、入学の季節になる。
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