火焚龍之介の過去



『うーん……』


『やけに悩んでんな。もう30分だぞ』

 

 彼の家。広い間取りのリビングには、僕と彼の2人しかいない。


 彼は視線を預けていた雑誌を閉じて、僕の方に顔を向けた。


『男は具合が悪かったか?』


『いやぁ、むしろ良いくらいなんだけどさ』


『……そうかよ』


『さっき別れてきた』


『早すぎだろ。まだ一月経ってねぇじゃん』


『僕が別れたって言うと、ぴかりん急に生き生きするよねー』


『気のせいだろ』


 そう言って笑う彼は、明らかに機嫌が良い。


 そんな彼に向かって、顰め面を作る。


『僕、結構真剣に悩んでんだけど』


『何を悩んでんだよ。また次を見つけりゃ良いじゃねえか』


『……次、か』


 僕は自分の手のひらを見る。ふと一本の青い血管が目に入って、そこを見下ろしたまま彼に言う。


 それが、ゆっくりと拍動を遅らせていくような、そんな錯覚を覚えた。


『ねぇぴかりん。やっぱり、付き合ってみる?』


『……その話、終わったんじゃなかったか?』


『勝手に終わらせないでよ〜』


 僕がこう言うと、彼は真剣な顔を作る。


『俺はお前と付き合う気はねぇ。これからもずっと、"友達"だ』


『……ハイハイ、そういうことね』


 僕は軽くため息をついて、気分を変える。


『じゃあ、次の相手はぴかりんが選んでよ』


『……めちゃくちゃ嫌なんだが』


『え〜、自分も嫌で他の人も嫌で、だったらぴかりんは、僕に誰と付き合って欲しいの?』


『……俺の、妹とかなら、ギリギリ……』


『え、妹いるの?!写真とかある?!見せて見せて!!』


『写真なんてねぇよ。偶に顔合わせるくらいだ。あの2人と一緒に海外で勉強してんだ』


『へー、頭いいんだ』


『俺たちの脳みそなんてハナクソみたいに思えるぞ。ちゃらんぽらんなお前には丁度いいかもな』


『でも身内を選ぶんだねぇ……僕とその子が付き合ったら、そしたらもう、君とは友達じゃないんじゃない?』


『……恋人じゃなけりゃ、いいだろ』

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