良い


「悪ぃ、俺の分の欠席連絡まで」


「いいよいいよ。こっちもご飯作ってもらっちゃったし。それに僕が誘ったから二人してお酒飲んじゃったんだよ。完全悪いの僕なんだから、気にしないで」


「……そう考えるとそうだな。よし、じゃあ今日はお前になんかしてもらうか」


「え?フェラ?」


「……違うっつーの。なんで即答でそれなんだよ」


「でも今の僕に払えるのなんてあんま無いし……それこそ体くらい?」


「ふーん……じゃあ体で払ってもらうか」


 彼との付き合いは、僕の中で家族を含めて一番長い。


 彼と初めて出会ったのは、小学校の時。


 その時から彼は、僕の唯1人の"友人"である。


 彼はニヤリと笑うと、スマホの画面を僕に向けてきた。


「これ、どうだ?」


「いいね採用。てかぴかりん、マジでいい趣味だよね」


「だろ?」


 二人して笑い合う。


 僕らの今日の予定が決定した。



£££


 

 周囲から視線を感じる。


 僕は彼の腕に絡ませる力を、少し強くした。


「……あんまくっついて来んなよ。心臓に悪い」


「ぴかりんほんと耐性ないよね。本当に彼女作りたいんだったら、もう少し慣れたら?」


「相手の顔が悪けりゃ平気なんだよ俺は」


「僕は嬉しいけど、それ他の人には言わないでよ?」


 僕と彼は人の集まる大都市を闊歩していた。


 大学サボって出歩く都会は風情があって良いものである。


 でも少し、コンセプトが違う。


 僕は女装をしているし、彼との恋人のフリをしている。


 そうした僕たちを見る人の視線は、やや奇異なものも混ざりつつ、嫌悪感のある眼差しは向けられていなかった。むしろ、夢のワンシーンを見ているような目であった。


 人の雑踏を躱しつつ、とあるビルの中に入った僕らは、上階にあるカフェに腰を下ろす。


 ビルのテラスから見える人並みは、まるで細かなピンポールのようで、それが整然とぶつからずに通り過ぎて様は、見ていて気持ちの良いものだった。


「見てよぴかりん。人がゴミのようだよ」


「毎回言うよな、それ。もうちょっと他に言うことないのかよ」


「人はゴミみたいだよ」


「……なんかニュアンスが違うな」


 彼はいつものように、一番甘いラテを頼んで、そこへ一本の砂糖を入れる。


 それをよくかき混ぜてから、俯くように一杯飲んだ。


 そうして雑踏を眺める様は、とても様になっている。


「ねぇ、ぴかりん。今日はどこまでやる?」


「……"フリ"だろ。別に」


 僕はカップを置いて、少し身を乗り出した。


「ねぇ、僕がぴかりんのとこに来た理由、まだ言ってなかったね」


「フラれたんだろ、どうせ」


「……うん、"いつもみたい"にね」


 両手を組んで、その上に僕の顔を乗せる。


 鏡で見た僕は、この格好がよく似合っていたのを覚えてる。


 上目遣いで彼を見上げた後、ゆっくり唇を動かす。


「ねえ、やっぱり、君がいいと思うんだよ、僕は」


「俺はそうは思わないな」


「どうして?他ならない僕がそう思うんだよ?」


「……多分、俺も飽きられる」


 苦々しい表情のまま、彼はラテを口に運んだ。少し湿った唇の先を、彼は恐る恐る舐めた。


「……じゃあ僕は、誰ならいいの?」


「俺には分からねぇ。それは、お前にしか分からねぇよ」


 ガタンと音が鳴った。視界の端で、何人かの人がコチラを振り向く様子が見えた。


 僕は思わず立ち上がって、叫んだ。


「だから!!君が良いんだって!!僕は!!」


「落ち着けって、リュウ!まだ時間はある!きっとまだ、見つけてねぇ人間がいる!!」


「ダメだった!彼もダメだった!!もう、他に居ないんだよ!もう、他には誰も……」


「……俺以外には、てか?」


 僕は俯いたまま、コクンと頷いた。


 暫くの間、沈黙が場を支配する。


 彼は大好きなラテも飲まないで、じっと僕を見つめているようだった。


「僕のこと、キライ?」


「いや、好きだ」


「なら、どうして……?」


「その話は、何度もやっただろ」


「ねぇ、どうして…!!」


 僕の言葉に当てられたのか、彼は、沈黙を破る事しかできなかった。


「……俺が怖いんだよ。俺でもダメだったら、お前はどうなる。それに俺も、お前にだけは嫌われたくない」


 彼とはずっと、友達だった。


 恋人ではない。だからこそ、最後の砦だった。


 彼がダメなら、きっと僕は————


「なに、それ……グッ!」


 視界がぼやける。


 体がふらふらする。


 今朝の酒精がぶり返したような酩酊感に、僕は意識を手放した。


「おい!リュウ!!」

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