宿木か
「……お前、時間分かってんのか?」
「うん、えっとね……三時四十二分だった」
「それも深夜のな」
ため息をつかれた。でも、それは全然嫌味じゃない感じ。
玄関からその少し先、彼は暖かい光を背負って僕を出迎えてくれた。
「たくよぉ、なんだよこの連絡」
りゅー:今から会える?会いたい
ヒカル:(写実的な恐竜が巨大なクエスチョンマークを浮かべて首を傾げている無印スタンプ)
ヒカル:まじかよ
りゅー:だめ?
ヒカル:どこにいんだよ
りゅー:家の前
ヒカル:誰の
ヒカル:待てまじでいるじゃん
スマホをこちらに向けてくるので、シンプルなシースルーカバーで舗装されたそれを見る。
それは僕が先ほど送ったメッセージであり、彼とのやりとりだった。
「……帰れなくなっちゃったから、泊まりに来た」
「だと思ったよ。夜も遅いからさっさと入れ」
軽くため息をついた後、彼は扉を支えて家に入れてくれた。
玄関に一歩足を踏み入れると、暖かな安心感が体を包むように迫ってきた。
「……あれ、猫丸居なくなってる」
「俺の部屋に移した。あの招き猫、スペース取りすぎて邪魔なんだよ」
「僕があげたものなんだけど」
「だから部屋で大事に飾ってんじゃねーか」
「そ、ありがと」
少し頬を緩めて、彼が扉を閉める音を聞く。
僕は靴を脱ぐと、そのまま彼の部屋に向かった。
「他に誰かいる?」
「分かりきったこと聞いてんじゃねーよ。永遠の独り身だっつーの」
「そんなこと言って〜、モテるんじゃない?ぴかりんカッコいいし」
「そんなこと言うのはお前だけだよ」
サンダルを適当に蹴って脱ぎ捨て、彼も僕の後ろを歩いてくる。
実際、彼の事が好きな人を大学では何人か見かけた。
でもそれを彼に教えてあげても、彼はそっけない返事をするばかり。
きっと本心から興味がないんだと思う。
彼の部屋の扉を開けると、懐かしい匂いが漂ってくる。僕があげたカバン、帽子、服、猫丸、洞爺湖で買った木刀、キーホルダー、お揃いのキンダモンバッジ。
何から何まで、あの時のままだった。
「変わらないね、ぴかりん。小学校の時からセンス変わってないんじゃない?」
「わざわざ片付けるのも面倒なだけだ。自分でモノを買うような趣味もねぇしな」
「勿体無いなぁ、もっと大学生活謳歌しないと!趣味とかないんだっけ」
「強いて言えば……筋トレくらいだな」
「安上がりだねぇぴかりん」
僕があげたもの、全部が僕の目につくところにあった。配置も全然変わってない。彼が本当にこの家で生活しているのか、怪しくなってくるほどだ。
でも、実際彼はこの大きな家に一人で住んでる。
両親はずっと海外と日本を行ったり来たりしてるらしいし、顔を合わせることも稀であるらしい。
その代わり、たかが一大学生が使いきれないほどの金銭的な援助は貰っているらしいから、羨ましいタイプのネグレクトであると、僕は彼をそう評する。
「腹減ってるか?メシ作るぞ」
「自慢のやつをお願ーい」
「おう、任せとけ」
彼と一緒にリビングへ向かう。
近代的なキッチンリビングであるのは当然として、彼の家の場合、キッチンバーカウンターと言うべき仕様となっている。
僕はカウンター席のような場所に腰掛けながら、彼と向き合って彼の料理姿を見守る。
彼は手慣れたように冷蔵庫から両手に収まる程度の材料を取り出し、テキパキと調理を始める。
「ぴかりんはいい旦那さんになるねぇ」
「……相手がいればの話だな」
自嘲する彼は、いつもより楽しそうな笑顔を隠しきれてなかった。
「……その野菜、何?アスパラガス?」
「ずっと家に置いてあるモンだ。ヨーロッパに行った時、気に入った両親が大量に購入したもので、今でも定期的に送ってくる。名前はアスパラソバージュっつうらしい」
「アスパラガスじゃん」
「
「へぇ〜……何が違うの?」
「土筆はシダ植物のスギナから出来る。アスパラガスは被子植物」
「……僕文系だから分かんないや」
彼は僕との会話を続けながら、小気味良い音を立て料理を続ける。
何気ない会話を続けながら、彼との時間を楽しむのだった。
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