らくしょー


「美味いです」


「お世辞でしょ、絶対」


「いや、本気で美味いです。一生先輩の作る飯だけで、生きていきたいです」


 それが残念、その一生も今日で終わってしまうんだなぁ。


 彼は本当に美味しそうに、幸せそうに食べてくれて、最後の晩餐ってこんな感じで食べるものなのかなって、まだ夕食には遠いけどふと思った。


 白いご飯。味噌汁。焼いただけのメザシ。ところどころ繋がった沢庵。ふりかけと海苔。


 それでも彼は、本当に美味しそうに食べる。箸を持つ手を休ませずに、あっちへ行ったりこっちへ行ったり、彼一人でも活気のある食卓を見て、幸せの形を見た。


「俺、こんなに幸せで良いんですかね」


 ふと、そんな風に彼が言った。


 これから死んじゃう人間が何言ってんだか、とは思ったけど、その言葉には大いに同意できる。


「僕も、幸せだな」


 ゆっくりした時はいつまでも流れる。かちゃかちゃ鳴るカトラリーは好かないので、全部木製にした食器類はいつの間にか僕の手の中にあって、台所の洗剤に浸かっていた。


 あ、もう洗い物もしなくて良いんだっけ。


「手伝います」


「別に良いって、これくらい」


「俺も食べたんで」


 彼が横にやってきて、作業を手伝ってくれる。つけっぱなしのテレビから、お笑い芸人の高めの笑い声が響いてくる。数年前まで、なんとかグランプリで他の芸人と鎬を削っていたはずの彼は、トークショー以外でめっきり見なくなってしまった。


 一つ茶碗を洗い終わって、傍に手を伸ばすとそこには目当ての食器がなかった。


 その奥に、少し小さくなった食器の山が見える。


 二人って、こういう事なんだな。


「先輩、俺は夜までずっと、ここに居たいです」


「それで良いの?」


「はい。もう出かけたい場所とか、大体行きましたし。後は先輩と二人で、ゆっくりしたいです」


 彼と出会ってから二年間。僕達は街を飛び回る雀よりも忙しなく動き回った。


 やりたい事はまだまだあるけど、それもほとんどは過去の上塗りに近いもので、これ以上の未練なんてもう無いと言い切っても良いくらい、もう満足しているんだ。


 それは多分、彼も同じ。


 僕より一年短い生で、僕と同じかそれ以上に彼は人生に満足していた。


 それは多分、二人で一緒に居た時間が同じだったから。


 そう確信してる。


 そもそも、自殺しよう云々は彼から言い出したことで、僕もその考えには納得出来たからその手を取った。


 これ以上生きていたら、きっと僕達は傷つくから。その前に、自ら終わらせてしまおうと。


 幸いな事に、お互い一生分の幸せは享受出来たのだから。


 自殺なんて、楽勝に出来る。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る