龍穴の実存・7
むごい――藤田はシンプルにそういう感想を抱いた。
「……東雲さんの人権を守るためではなく、彼らは龍穴を狙っている――そういうことですか」
「彼らにメリットがないんだよ。本当に僕の人権を守るなんていう目的があるなら、生育歴くらい調べているはずだろう。それを知ってか知らずか、僕が関東に住んでいた事実を隠してあんな動画をアップロードしている」
目の前に座って微笑みを浮かべている美しい男は、その人間性でなく神性のみを狙われている。
社務所内に沈黙が流れる。黄前も西宮も、そして特に邑神は嫌悪感を露わにしていた。東雲のみが笑顔のままだ。
だが――そうであるなら、この男が京都へ戻ってきた理由は何なのか。たまたま、東雲祥貴がこの土地に戻ってきたタイミングを狙われたのか。
「何か、質問のありそうな顔をしているね、藤田くん」
「……どうして東雲さんは京都に戻ってきたんですか」
「それはね、君が理由だよ」
「……は?」
我ながら間抜けな声だと藤田は少し恥ずかしい思いがした。この場で何が起こっているのか把握していないのは自分だけだろうかと不安になり隣へチラリと視線を走らせる。しかし黄前は特に何か驚いた様子もない。そして勿論西宮はこの会合の目的を知っている。黄前が何か情報を握っているかどうか判断できないが、自分は何も知らされていないということだけは確かだった。
東雲は美しい微笑み――プロジェクターの弱い光量のために不鮮明であっても美しさだけは確実にわかる――を藤田のみに向け、言葉を続ける。
「君がこんなに暗い部屋の中でもゴーグルを外さない理由、君が月に一度ほど成功見込みの少ない実験を行わされている理由、君がVと呼ばれている理由。僕たちはそれらすべてを知っている――西宮真尋さんが僕たちに助けを求めてきたから、僕たちは君が何者なのかを知っている」
「えっ……助け……?」
「表向きには、ウカノミタマノカミである僕の龍穴実数を提供する代わりに Violet Plan 《ヴァイオレット・プラン》――通称Vプランの今までのデータを開示してもらうということになってはいるけどね」
「待ってください、助けを求めたって、室長? どういう……」
西宮は目をぎゅっと瞑り、藤田の方へ向けて頭を下げた。
「ごめん、Vくん……私の勝手な判断で、君を巻き込んでるかもしれへん……けど、聞いてほしい」
「……あっ、これが室長の言っていた『方策』か」
今まで何の感動も示さず黙っていた黄前が手を打って、ひとりだけスッキリした顔をして呟いた。本当にどこまで行ってもマイペースな人間だと、藤田は感心した。
西宮は話しづらそうに、しかし自身の口から語るのが大切だと決意した目で語り始める。
「Vくんは覚えてへんかもしれんけど、君の研究がまだ東京支部の管轄やった頃に君を見かけたことがあるんよ。そのときはまだ私はインターン生で、Vくんと特別なことをしたっていう思い出はないけど」
「えっ……」
「たまたま君が、こっちの……つまりこの伏見の龍穴で数字をとるっていうことをやっててね。こんなに小さな子が研究対象になる実験があるんかって、驚きはしたけど、まあ、そういうこともあるか、くらいに思っててん……で、私は順調に就職、昇進して研究室を持たせてもらえるってなった段階の話まで時間は進む。年度末にどの研究室がどんな研究を受け持つか決める会議があるんよ。でも私の前任者の『先生』がその直前に亡くなっていて……」
「『先生』は事故で……」
ほんの数年前の出来事だ。藤田幸をVと呼び始めた張本人である科学者は交通事故で亡くなってしまった。親代わりとまでは言わなくとも、藤田にとっても長年親しんできた『大人』だった。その喪失感が俄かに蘇り、胸がつっかえる感覚がした。
「そう、事故で亡くなってしまった。でもVプランはごく少数の科学者だけで進められていたから、Vプランを『対象者ごと』棄却しようという機運が高まった――君には酷なことを聞かせている自覚はある。本当に申し訳ない――つまり、VくんごとVプランをなかったことにしようとした」
「な……えっ、そんな、そんなこと、一企業が、できるわけ……」
喪失感の次には戸惑いが藤田の思考を埋め尽くす。実験や治験の対象者とはいえ、その人命を奪うなど、まともな企業であるなら許されるはずがない。
「私もね、私も、そう思った。そんなバカなことするわけないってね。でも、でも……」
西宮は自身の黒髪を何度も掻き上げて落ち着きがない。髪が抜けるのではないかというほど手には力がこもっていた。
「でもね、明確に『処分する』って言葉が会議で飛び出してきた。それが指すところはつまり――そういうことやん。ほんで、そいつらはその言葉を本気で言ってるって……そう確信するだけのことを見てきたし、実際にやってきた」
「は? 室長も、人を……?」
一番聞きたくないことを質問してしまいそうになり、藤田は慌てて口を噤む。マッドだサイコパスだと評価していたが、それは本気で思っていたものではない。
だが、この会話の流れではまるで室長が――。
「いや、室長は人殺しはしない」
そこへ口を挟んできたのは黄前だった。
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