〜平穏な夜更け〜
場面はカテリーニの四人に戻る。
マイクがひとしきり話し終えると、話を聞いていた三人は、返す言葉も無くただ黙った。
最早何杯目か分からぬ麦酒を煽った後、マイクは一転、陽気に喋り始めた。
「なんにせよ俺達は生きて帰って来た。
それにだ、その後パライオに引き返す俺達の前に、あいつが現れてくれたのさ」
先程ヤニスとルカが町の入口で出迎えた折、狩人達の荷車には、それは立派な熊が仕留められていた。
「中々の化け物だったが、あいつも不幸だ。なんせ俺達はその少し前に、本物の化け物と対峙したばかりさ。
ただの熊なんて、どんなにデカくても怖くは無いわな」
盛大に笑いながら、マイクは新しい麦酒をヤニスにも配り「ひとまず呑もう」と荒々しくジョッキをぶつけた。
ヤニスとマイクが酒を酌み交わしながら談笑している間に、エーレはルカと共に、町の品々を交換して回った。
エーレは自分達の町から、果物や蜂蜜といった食物を持参して来ていたが、特にミリアのいちじくはとても人気が高く、旬であった事もあり大変に喜ばれた。
お陰で交渉には苦労せず、パンや木綿を始め、充分な仕入れが出来た。
エーレ達が元の場所に戻る頃には、さっきまでの殺伐とした雰囲気は何処へやら、父もマイクも町の住人達と共に、大いに盛り上がっていた。
「全く呑気なもんだぜ。
つい数日前に死にかけたって男がさ」
ルカはエーレの荷造りを手伝いながら、呆れた様子で零した。
「でも良かったじゃない。
おじさんも陽気に戻ったし。
さっき話をしている時のおじさんは、ずっと怖かったわ。
それにしても、あんなに勇敢なおじさんが怖がるなんて…」
先程の話を思い出し、また暗い表情に戻ったエーレを見て、ルカは気丈に振る舞った。
「まあ親父の言う事も一理ある。
皆無事に帰って来たし、立派な獲物も捕って来てくれた。
さっさと荷物を纏めて、俺達も飯にしようぜ」
二人は荷造りを済ませると、宴会の輪に加わった。
町中の皆が充分に騒ぎ、疲れた者から各々の家や宿に帰って行った。
「明日はどうするんだ?」マイクがヤニスに問いかけた。
「昼前には出ようと思う。
お前が出会った不吉の予兆が気になるし、渓谷に守られているとはいえ、ミリアは森に挟まれた場所だからな。
幸いにもパライオとは方角も違うし、早めに帰って町の奴らにも伝えねば」
ヤニスの答えに「それが良い」と返事をしながら、マイクはルカに向かって、二人が泊まる部屋の準備を済ませるよう指示を出し、エーレはルカの後について行った。
「それにしてもアイツは何だったのか。
梟のことにしても、分からない事だらけだ。
俺達も暫く森には近づかないさ。
お前も帰路は充分に気をつけろよ」
最後の麦酒を飲み干しながら、二人も家の中へ向かった。
寝支度を済ませたエーレは、少しだけ開けた寝室の窓から、森の方角を眺めていた。
その隣で父ヤニスは、布団に入るや否や、すぐさまイビキをかいて眠っていた。
森の輪郭と、その上に広がる夜空を見つめ、エーレは掴みようのない気持ちに襲われていた。
恐怖でも不安でもなく、それはなにか朧気で、何も無い空間に似た感情であった。
(私とした事が考え過ぎだわ。とにかく明日は急いで町に帰らないと)
エーレは窓を閉めて布団に潜り込むと、そっと目を瞑り、夢の中へと入って行った。
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