〜サテュロスと梟〜 その2
「これは驚いた。
人間の中にまだこんなに勇敢で賢い奴がいたとは。
一言でも返して来ていたら、全員殺してしまおうと思っていた所だ」
ほんの冗談でも話しているかのように、サテュロスは戯けてみせた。
その空気の変化に遂に耐えれず、狩人の中で一番若手のネオが、膝から崩れた。
全身に大粒の汗を吹き出し、肩を揺らして息をしながらも、辛うじて手の槍だけは握っていた。
そんなネオを背中で感じた最年長のミトはふと我に返り、ネオに近寄り、その肩をグッと掴みながら、目に力を蘇らせてサテュロスを見つめた。
一連の流れを観察するかのように見ていたサテュロスは、大いに関心した。
「なるほど、人間が森で夜を越すとはどんな馬鹿共かと思っていたが…。
なるほどなるほど、これは良く出来たものだ」
ふんっと鼻で息を鳴らすと、相変わらず異質な陽気を放ちながら続けた。
「それにしても、人間と言葉を交わすなどいつぶりであろうか。
なかなかに興味深い。
そして今見せられているこれは、人間で言う所の仲間ってやつか?
それとも信頼というやつか?」
勿論これに答える者などいるはずもなく、帰ってこない答えがもたらす沈黙に飽きたように、サテュロスはマイクを見つめ、最後の問いを投げかけた。
「まあそんなくだらない事はどうでもよい。
さっきも言ったが目的は酒だ。
そしてお前は気に入った。
なんせこっちじゃまともに会話出来る奴なんて居やしないから、いつも手酌酒だ。
お前一緒に飲まないか?」
言葉を区切ると、サテュロスの表情は〝無〟よりも深い影を纏い、顔をゆっくりとマイクに近づけながらもう一言。
「それとも、今死ぬか?」と付け加えた。
全員の緊張が最大限に高まったその時、木の上から小さな梟が現れ、マイクの肩に降り立った。
梟は片方の足をあげ、ニギッっと可愛らしく威嚇した。
スッと後退りしたサテュロスは、あからさまに嫌味な態度で首の後ろを掻いた。
「冗談だ。
お前が遠くから見ているのも分かっていたし、そもそも今この森の中で何もする気は無いさ。
ただの散歩だよ」
首を少し傾けながら睨み続ける梟をしばらく見つめた後、サテュロスは溜息をつきながら後ろへと踵を返した。
そして「分かったよ帰る帰る」と空返事をして、持っていた笛を短く吹いた。
すると、何処からともなく大量のコウモリの群れが現れ、サテュロスの身体を包んだ。
そして、跡形もなく消え去った。
狩人達は何も無くなった空間を見つめながら、しばらく沈黙を続けた後、誰からとも無く、膝から、腰から、其々のスタイルで、崩れ落ちた。
マイクは静かに片膝をつき、肩に乗ったままの梟の頭を軽く撫でた。
梟は大きな目をそっと瞑り、まんざらでもなく応えた。
森はいつもの色を取り戻し、狩人達は久しぶりに、森の音と風を感じたようであった。
「いったい何だったんだミト爺さん?」
ネオは四つん這いになり、深く首を落としながら言葉を発した。
「分からん。
分からんが、目の前で起こった事そのままだろう」
ミト爺さんは腰から落ちるスタイルだったらしく、木々の間から垣間見える空を見上げながら、力なく応えた。
「兎に角分かっている事は…」
マイクが皆の方に振り返りながら立ち上がり、今の状況を説明した。
「この小さな梟に俺達は助けられた。
そして、俺達はたった今、其々の命を拾ったのだ」
マイクは喋り終えると、腰袋から一切れの干し肉を取り出し、肩に乗る梟に渡した。
梟は与えられた干し肉を咥えると、ご機嫌に森の中へと飛び去って行った。
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