〜サテュロスと梟〜


 一同はすっかりと静かになってしまい、町の賑やかな喧騒の中から、この四人だけが切り取られたようであった。


四人が音を無くした理由の『山羊』は、本来森の平地部になどには居ない山岳生物であり、その時点で各自は、とある共通の生物を思い浮かべたのであった。


「すると何か?

お前はサテュロスに会ったとでも言うのか?」


静寂を切ってヤニスが声を発した。


それに対してマイクは、今迄になく強い眼光でヤニスを見つめ、自分でも信じれないと言った様子で、零すかのように答えた。


「会ったどころじゃない。喋ったのさ」



 ここからは当時のマイク達に目線を合わせる。


焚べた火を囲みながら、呆然と笛の音を聞く狩人達の目の前に、サテュロスは平然と姿を現した。


咄嗟にマイクが短い声を発し、狩人達は武器を構えた。


サテュロスは呆れたように眉毛を歪め、微かに口角を上げた。


それは微笑みとは違い、狩人達はその見慣れぬ表情に戸惑ったが、各々が直ぐに気が付いた。


その表情は、近代人類に向けられる事は少なく、おおよそ狩人か戦士でなければ出会う事の無いものである。


それは、生物的絶対強者からの蔑みであった。


自分よりひと回り小さな生物を前にして狩人達は、3m級のヒグマと出くわした面持ちだった。



 サテュロスは、小さな山羊の下半身に、ひ弱な人体を繋げた二足歩行の半人半獣で、背丈は150cmといった所。


屈強な狩人達の前では、幼気な青年のようであったが、その圧倒的な邪気は、狩人達の身体を強張らせるには充分であった。


そもそも、全員が見た事ない未知の生物の登場に、驚かない方がおかしな話であった。


 「おいおいよしてくれよ」


右手に持った円錐台状の笛を左手の平に軽く叩きながら、サテュロスは嗄れた高い声で喋り始めた。


「そんな物騒な物を突きつけて、このか弱い生物をどうしようって言うんだい」


サテュロスは一瞬チラリとだけ狩人達を見たが、それ以外は物憂げに森の中を見渡していた。


呼吸する事すらしんどい空気の中、マイクは意地だけで正気を取り戻し、重々しく尋ねた。


「いったい何の用だ?

申し訳ないが、俺達が知っている生物と同じであれば、お前は訪れる不吉の象徴でな。

警戒しない訳にはいかないのだ」


マイクは目の前の生物が、自分達にとって無害な存在である僅かな可能性に掛けて、いち森の生き物に見せる誠意ある対応をした。


サテュロスは少し驚いた様子でマイクを見やり、そして今度こそしっかりと微笑んでみせた。


「森に似つかわしくない良い匂いがするから、釣られて出て来ただけさ。

お前達が持っているそれ、麦酒だろ。

少しくれないか?

果実酒ばかりで気が滅入りそうなんだよ」


何ともフランクな返しであったが、この返答に自分達の命がかかっている事をマイクは察した。


そして沈黙した。


グッと沈黙するマイクを見つめながら、サテュロスの顔は微笑みから、次第に無になった。

森がキンと静まり返ったその刹那、サテュロスは盛大に笑った。

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