〜山羊の笛〜
「俺達はパライオを拠点にしたんだが、この日は猟犬達の様子がおかしかったんだ。
出発前から気にはなっていたんだが、パライオに近づくにつれて、皆してビビリ始めやがった。
俺の猟犬達がだぜ?」
マイクの猟犬達は、主人と同じくこの辺りでは有名であり、気高く勇敢で、また見るからに屈強な7匹の大型犬であった。
「皆して不安そうに尻尾を下げてやがるから、仕方なく森の前でひと晩過ごしたんだ。
夜になって、そこはまあ俺達だ、いつも通り酒を呑みながら、狩りの計画なりを話していた。」
マイクは心做しか、少しだけ微笑んだように見えたが、すぐ険しい顔に戻して続けた。
「そんでさあ寝ようかってなったんだが、俺は犬達が気になったんで、酔い冷ましも兼ねて少し遊び相手をしてやってたんだ。
俺と戯れて、あいつらも少し落ち着いたように感じたし、明日の狩りは問題無いだろう、と思ってテントに戻ろうとした時だ。
遠く森の中から笛の音が聞こえてきたんだ」
マイクを囲うようにして聞いていたエーレ、ヤニス、ルカの三人は、ハッと小さく息を吸った。
そしてマイクは其々の目を、無言で見つめていった。
森の中から聞こえる笛の音は『サテュロスの音(ね)』と言われ、不吉の予兆として恐れられていた。
三人は生唾を飲み込みながら、マイクが続きを語り始めるのを待った。
そしてマイクはまた、ゆっくりと語り始めた。
「朝になって、俺は仲間たちに笛の音の事を教えた。
勿論少し気味悪がるやつもいたが、あと五日もすれば、辺りの町から色んな物が届けられる交換日だ。
せっかくの酒の日に干し肉だけじゃあ、カテリーニの名折れだってんで、まあ森に向かったんだ。
おっと…」
自分で話をしていて思い出したのであろう。
マイクはスッと立ち上がり、近くの屋台に向かったかと思うと、大きなジョッキを二つ持って戻って来るなり、ひとつをヤニスに渡した。
まあひとまず乾杯だ、とヤニスに渡したジョッキに自分のジョッキを雑にぶつけると、大きく空を見上げるように飲み始めた。
そんなこといいから早く話の続きを聞かせてよ、と言わんばかりに、ルカの足が小刻みに震えているのを見て、大丈夫、私も同じ気持ちよ、とエーレは心の中で伝えた。
「でまあ森に入っていったんだがな」
二杯目を屋台の男に持って来させなが、不意にマイクの話の続きが始まった。
「元々はパライオを拠点に、二日アタックして帰る予定だったんだ。
だが森を進めど進めど、鹿どころか、兎も鳥も見当たらないし、犬達も全く反応しなかった。
仕方なく俺達は、森で夜を越す決心をして、更に奥に進んで行った」
ここでまたグッと麦酒を煽り、豪快に飲み込んだ。
「結局1日目は、殆ど何も取れなかった。森も暗くなり始めたんで、俺達も諦めてテントを張った。
こんなに動物達の気配を感じないのは初めてだった。
仲間達もそうだったのだろう。
誰が言うでもなく、皆静かに輪になり、火を囲いながら呑んでいた。
そん時また笛の音が聞こえて来たんだ」
マイクの眼は恐怖を伝えていた。
「今度は俺の聞き違いでも何でもねぇ。
仲間達も皆聞こえてる。
しかも、遠くからじゃなく、ごく近くからだ。
ほんの目の前の茂みの先から」
今やヤニスの目にもしっかりと恐怖が映り、ルカの足の震えは、全身に移っていた。
「そして、そいつは茂みの中からゆっくりと出てきやがった…」
「何が?」
少しの沈黙に耐えれずルカが大きな声を出した。
「山羊さ」
マイクは静かに答えた。
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