〜重なる不安〜


 ルカをはじめ、周りに居た大勢の民衆達も皆町の入口方面へ向かって行った為、エーレはあっという間にひとりぼっちになった。


しかしこの娘の性分としては、そんな出来事など気にも止めず、逆に仕事が捗るはといった様子でテキパキと荷を解き終えた。


仕事を終えたエーレは、僅かに空いた荷台の隙間に帰って行くかのように、自らの身体をすっぽりと収めた。


小さく縮こまり空を見上げる様は、几帳面に積まれた横の荷物達と遜色無かった。



 (父も、それにマイクおじさんも、いったい何を感じ取ったのかしら。

行きの道中に見上げていた空も、今まさに見上げている空も、私の目には何も変な所はないのに。

いつも通りに薄い雲が流れて行くだけで、この辺境にピッタリな日常そのもの。

唯一いつもと違うと言えば、昨日の夜遅くまでランプの灯りで読書をしていたから、少し頭が痛い位だわ)


エーレはこめかみに走る痛みを誤魔化そうと、ウトウトと眠りに就こうとした。



 残念ながらエーレの計画は崩れ、民衆の喧騒と共に、マイクおじさんのバカでかい笑い声が近づいて来た。


エーレは渋々顔を上げるしか無かった。


「お、エーレも来ていたのか!デカく…は、なって無いな。

相変わらず陶器の置物みたいな子だ」


おじさんは腰に手を当て、ガハハと大袈裟に身体を反らしながら笑った。


相変わらず不躾で遠慮の無い人だなとは思いながらも、エーレは小さく微笑み「お久しぶりです」と形式的な挨拶を済ませた。



 このマイクという男は、息子のルカとは似ても似つかない屈強な大男で、おおよそ爽やかさの欠片も無かったが、厚かましい程に、陽気なオーラを撒き散らしていた。


この辺り一帯では知らぬ者が居ない狩りの名手であり、若い頃は王都でもその名を馳せた名戦士で、言わばこの地域の生ける伝説的英雄であった。


「おいおい、うちの娘は大人しい子だ。

お前みたいなのが近づくと、風圧だけで壊れてしまうわ」


ヤニスはサラッと悪態をつきながらも、話の路線を切り替えた。



 「それよりさっきの話の続きだが、やはり森の中はいつもと違っていたのか?」


ヤニスが深刻な顔付きで尋ねると、マイクの顔も瞬く間に険しくなった。


「そうだ」


歴戦の戦いの証である古傷が光る顔と、猛禽類の様な眼力。


マイクの顔を見上げたエーレは、思わずグッと背筋を伸ばした。


と共に、ルカの器用な表情の変化は、どうやらしっかりと父親譲りらしいと、エーレらしいマイペースな感想を頭に浮かべた。


マイクは声を落とし、しかし唸るような力強い低音で話始めた。

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