〜出会いに向けて〜
その日エーレは父と共に、町の物資の仕入れに向かっていた。
くたびれた栗毛の馬に跨ったエーレの父は、ずんぐりと丸みのある体型で、同じく丸みのある顔に口髭が添えられており、これまた丸く大きな目を有しているが、重たい瞼で殆ど塞がっている。
エーレは馬が引く荷台の隅に小さく丸まり、時折強く揺れる中、慣れた様子で空を見上げていた。
森に沿って続く道をしばらく進むと、目的の町が見えてきた。
エーレが住む町『ミリア』よりは幾分か大きな『カテリーニ』の町は、この地域の交易地であり、些か賑わっていた。
「よし着いたぞエーレ。
荷解きの準備を頼む」
父の言葉にエーレはスッと薄い眠気を覚まし、慣れた手つきで荷物を縛り付けているロープを手繰り、軽く解き始めた。
その間にも馬車はぐんぐんと町の中へと進んで行き、気付けば周りを色とりどりの屋台で囲まれていた。
王都より遠く離れたこの地域一帯では、金や銀といった貨幣はあまり意味を成さず、人々は定期的にカテリーニへと集まっては、其々の町特有の品々を持ち寄り、物々交換するのであった。
その時、人混みの奥から一際大きな声が響いた。
「おーい!
ヤニスさん、こっちです!」
見るからに若々しい青年が大きく手を振りながら、エーレの父の名を呼んだ。
短い赤毛の髪が、青年を更に爽やかに見せた。
「やあ坊主、相変わらず元気で何よりだ」
ヤニスは青年の前で馬を止めると、自らの重たげな体を地面に降ろしながら答えた。
「ヤニスさん僕もう16ですよ?
いつまで坊主って呼ぶつもりですか?」
青年は少し不貞腐れながら馬を杭に結び、大げさに撫でてやった。
ヤニスは軽く笑ったが、明確な答えは返さなかった。
どうやら青年は、まだしばらく「坊主」からは抜け出せそうになかった。
「マイクはどうした?」
大きく体を伸ばしながらヤニスが尋ねると、青年は少し困った表情をみせた。
「それが親父のやつ、十日前森に向かったきりまだ帰って来てないんです」
先程までの元気な声を萎め、青年は力なく項垂れた。
「それは心配だ」と言葉を残し、ヤニスは町の人混みへと慌ただしく消えていった。
二人のやりとりを聞きながら、エーレは黙々と荷を解いていた。
青年はここでようやく、荷台の上のエーレに気が付いた。
「なんだエーレ居たのか?
相変わらず存在感が薄いな。
それにしても、一緒について来るなんて珍しいじゃないか」
馬の頭越しに覗きながら、青年の顔はまた屈託のない笑顔へと変わった。
「こんにちはルカ、相変わらず元気そう」
エーレもぎこちなく笑顔を返し、続けて
「なんだか父が〝嫌な予感がする〟とかで、今回は多めに荷物を運びたいみたいなの」
と荷物越しに覗きながら話した。
「そうなんだ」
青年は一瞬ハッと驚く表情をみせたかと思うと、今度は器用にも訝しげな表情に変わり、眉を顰めた。
「実はうちの親父も、同じような事を言いながら出掛けたんだ。
妙な雲が流てるから、狩りが長引くかもしれないなって。
親父達が森で夜を越しているのなら少し心配だけど、またどうせ大きな鉱石でも見つけて、欲張って運んでるだけさ。
今に帰って来るよ!」
青年は言葉を発する毎に、器用に表情を移り変わらせていた。
ルカが話し終えるや否や、町の入口から大きな歓声が上がった。
「ほらな」とエーレに目配せしながら、ルカは自慢の八重歯を光らせた。
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