ガイアと共に絶えず
三軒長屋 与太郎
〜序章〜
全ての始まりは、一頭のケンタウルスと、至って平凡な娘の出会いから始まる。
鬱蒼と木々が生い茂る森。
その森は世界の中心であるかのような顔をしていた。
折り重なった木々の葉が少々の光を通しながら、この世界の空気を濾過しているかのようであり、また森の中に流れる水は、未来をも映し出しそうな程に透き通っていた。
その森はまるで、生命そのものであった。
そんな森の中にあっても、ケンタウルスには一切の違和感も無かった。
隆々たる筋肉の曲線、大木の幹の如く大地を踏みしめる四本の脚、しなやかな尾に、光を反射して黄金色に輝く髪の毛の一本一本まで、見事に森と一体化していた。
凛々しく大きな眼で、辺りに起こる事象のひとつひとつをゆっくりと見つめながら、ケンタウルスは静かに闊歩した。
この時彼は黄昏れていた。
それもそうで、元来この生き物は至極保守的かつナルシストであり、それはこの日も例外無く、自らの力強さ、そして我が種族の余りにも美しく恵まれた血脈に、ほとほと呆れていたのである。
我が種族なくして誰がこの森を守ろうか。
鳥の囀り、木々の葉音、数多降り注ぐ木漏れ日さえも、我が種族を讃えているのだと信じて疑わなかった。
ふと小さな清流に行き着いた折、彼は足を止めた。
軽く息を漏らすと爽やかな風が吹き、折り重なった木々の葉が心地良く揺れると共に、一羽の鳥が彼の肩に降り立った。
真紅に染まったその鳥は、小刻みに首を動かしながらぐるりと辺りを見渡し、徐ろに彼の耳に囁き始めた。
鳥の囁きを聞きながら、彼の心は益々高揚し、美しく湿る瞳が更に輝きを纏った。
しかし、続く鳥の言葉を聞き、彼の瞳の輝きは瞬く間に消え、暗く枯れ果てた。
この時真紅の鳥が伝えたのは、森に訪れようとしている不吉な予兆であった。
彼の嫌悪に反応するように、辺りは一瞬にして静まり返り、彼の顔を深い影が覆った。
鳥が激しく飛び立った刹那、彼は前脚を大きく上げながら荒々しく空を蹴り、地に着くと共に駆け出した。
先程まで穏やかだった顔付きは刻一刻と険しくなり、今や彼の眉間には渓谷の如き溝が掘られていた。
ひと蹴り毎に速度を増しながら、最も近しき岩山に辿り着いた彼は、瞬く間にその頂きへと駆け上がった。
森の木々よりも頭ひとつ抜け出た岩山の山頂で、グッと眼に力を込め、遠く森の外へと凄んだ。
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