大陸一枚岩戦線

納骨のラプトル

第1話 エナプタの目覚め

 光宣暦286年――この世界が生み出されて、セヴィンと人間が共存しだしてから、286年と数日が経過しようとしていた。そんな中、エレムロス独立国家とセイカデント王国は交戦状態に突入する。

 この世界――私たちが「礫星エナプタ」と呼んでいるこの星は、都合286年前に小惑星融合によって生まれた星である。水の潤沢さ、大気中の酸素濃度、地形や陸地面積など、人類にとって十二分に居住可能だった星が故、人類が地球とはまた別の方法で生じた星である。ただ地球と大きく異なっているところが、この世界に大陸は一つしかないというところと、セヴィンが住み着いていることだった。しかも、その大陸も、セヴィンと人間たちが住むには、決して大きいとは言えなかった。

 大陸が一枚だけあって、周囲に全て海があり、その一枚だけが海に浮かんでいる。その中で、多くの国家が成立し、その国家たちが戦闘に突入するというところは、ある意味当然の摂理と言えた。今回問題となっているエレムロスとセイカデントの戦いもこれで四回を数えることとなる。だから問題、とも言えるのだが。

 現在のところ、この礫星エナプタに存在する国家は十個。その中でも、今回のエレムロスとセイカデントは生い立ちがなかなか特異的なものがあった。エレムロス――エレムロス独立国家は、セイカデントとエレムロスの間にある国家の一つ、ナケン公国に支配されていた。しかし、ナケンの情勢が悪化し、ナケンが対外政策から内治政策に切り替わった時分に武装蜂起し、独立を果たした、現在のところ唯一の成功例である。そしてセイカデントの方――セイカデント王国は、歴史上もっとも古い国家、と言われている。なんでも王国というだけあって主権は王とその周辺機関にあるのだが、その王の系譜が切れたことがないという。その王が、この物語のいったんのところの主人公――セイカロ14世である。


          ~~セイカデント王室~~

「王へ伝達いたします。先ほど入電した通り、エレムロス独立国家が我々に宣戦布告。それを受け、前方の部隊がハラムズ山脈の偵察を開始。渉外班はバビシェッド帝国との交渉に向かいましたが、バビシェッド帝国は今回の戦争への関与を拒否。両軍ともども、侵犯すれば即刻拿捕だほするとのこと。ナケン公国は現在回答待ちです」

「そうか……ご苦労、下がりたまえ」

 ワシがそういうと、その部下は深く礼をして去っていった。そうか、バビシェッド帝国の協力は得られなかったか……

「おい、世界地図を」

 そういうと、そばにいたワシの腹心が服の中から地図を取り出した。何度見ても小さな地図だ。地域ごとの地図ともなれば、もっと大きいのだが。さて、作戦を考えなくては。礫星エナプタは大陸一枚だ。我がセイカデント王国は、その中でも東と北を海に囲まれ、南は完全にバビシェッド帝国に覆われ、西にはハラムズ山脈を望んでいる。逆にエレムロスは、西と北は海に囲われているものの、東は旧支配国のナケン公国で、南のクレマ火山帯を通過するか、東のハラムズ山脈を通過する以外ナケンと衝突する。裏を返せば、ハラムズ山脈一本でセイカデントとエレムロスはつながっているということである。しかもこのハラムズ山脈は帰属未定の為、現在はハラムズ山脈はそれに国土を接するエレムロス、ナケン、バビシェッド、セイカデントの共同管理ということになっている、なんというか非常に厄介な場所だ。

「バビシェッドの協力がない以上、選択肢は山道か海路か……」

 海路というのは、セイカデント北方のシュラブ港からエレムロス西方のチャマッケ港を目指すルートだ。危険度で言えば、ハラムズを通過するのと大差ないだろう。陸路という選択肢は、バビシェッドの協力がなかったので消えた。

「……あ、そうだ。空路という選択肢もあるな。おい、浮龍ジャバン部隊は動員できるか?」

 そばにいた部下たちが、申し訳なさそうな顔をしていた。どうやらできないらしい。

 礫星エナプタにはセヴィンが住んでいる。人類史が生まれてからずっと、セヴィンとともに成長してきた。そのセヴィンたちも、人類がこの大陸の中で争ううち、軍事転用されていった。ある時は戦力として。ある時は輸送手段として。ある時は斥候として。龍喰らいセヴィン・バラスは禁忌だから話に聞かないが、武装の実験にも使われた。それがこの世界のセヴィンという生き物である。先に話題に出した浮龍ジャバンは、空を飛べる龍として、兵員の輸送に広く利用されている。が、今回は運用できないらしい。

浮龍ジャバン部隊は、現在浮龍ジャバンれる兵士がいなくてですね……教育隊に急がせてはいますが、もう少々時間がかかります」

「……三年前の、あの戦争か。」

 ワシがそうつぶやくと、部下たちは重苦しい表情をして押し黙った。

「……ならば仕方あるまい、今回は空路は使わない。軍事参謀と騎龍セヴァルス隊隊長を呼べ。彼らと話す必要がある」

 部下たちが彼らを呼びに走ったのを見て、ワシは頭を抱えていた。


          ~~同時刻 エレムロス議会~~

「こっちから仕掛けた戦争で、負けるわけにはいかないでしょう」

「しかしエトーア議長、相手が悪すぎます。いくら我々も領土問題のうれいありとはいえ、本当にセイカデントに戦争を仕掛けることがあったんでしょうか?」

「ダビス副議長は、民主主義を疑うのかね。セイカデントへの宣戦布告は議会で採決した通りではないか」

「そういうわけではないですが、しかし――」

 エレムロスは議会制だ。ナケン公国時代の貴族たちの圧政から逃れるという名目で、議会制を取ることとなった。しかし、議会の中での発言力に差が生まれているのが現実である。特にこの、議長エトーアと、副議長ダビスはかなり強い発言力を持っていた。

 彼らが言い争っていると、突然、バーンと音を立てて、一人の議員が飛び込んできた。

「お取込み中失礼します、バビシェッド帝国より入電が。」

「君は……ピガンか。それで、内容は?」

「はい、以下の通りです。『バビシェッド帝国は今回の戦争について関与しない。侵犯したものは、両軍即刻拿捕する』と」

「……陸路は使えんな」

「議長、バビシェッドが関与しないと言ってるんです。つまり、今回の戦争を甘く見られてるってことですよ」

「……どういう意味だ」

「バビシェッドと言えば、現在ある十国家のうちで唯一属領を持ってる国ですよ。その国が属領拡大のはかりごとがないわけがないでしょう。どちらの国も、バビシェッドの眼中にないということです。本当にやりあって勝てない相手なら、横から突き刺す方が確実ですから」

「……ペローダス国か。最後まで抵抗していた、現在はバビシェッド領のあの国だな。我々と同じで民主主義国家だから、同情せざるを得ない」

「それで、議長。どうなさいますか、此度の戦略は」

「議員の中に軍隊学を学んでるやつがいる。そいつとの話し合いからだ。おい、ゼス!どこにいる?」

 今、私の名前を呼ばれた気がする。しかし眠いな。議会の中だが、少し眠ってもバレないだろう。

「おいゼス!寝るな!ちょっとこっちに来て、我々と作戦を考えるんだ!」

 あーあ、バレてしまった。仕方ない。彼らと作戦を考えることにするか。

「あー、それからピガン!」

「はい、何でしょう議長」

「……今すぐナケンに電報を送れ。内容は……」

 議長は大げさにタメを作って言った。

「同盟だ」


      ~~同時刻 バビシェッド帝国 ヘルダムス派本部~~

「しかし親分、本当に今回の戦争、指くわえてみてるつもりですか?」

「黙れエラムダ。ちゃんと俺にも考えがある」

 バビシェッド帝国は、現在このヘルダムス派が権力掌握している。一応飾りの皇帝スケープゴートはいるのだが、もともと軍国主義の国だから、国民も何も非難はしない。

「しかしまぁ、侵犯したら拿捕ってのはギリギリわかりますけど、なおのこと横からつついた方がよかったんじゃないですかね?」

「今回の戦争、何かありそうでな。まだ宣戦布告しただけだろう、この後ナケンやペローダス、あるいはカレバントが手を出さないとも限らない」

「カレバント帝国?まさか、あそこは帝国とはいえ議会制でしょう?ナケンが何もしない限り、まず間違いなく何も起きませんよ」

「そうか、ナケンなら動くかもしれないぞ」

「……まぁ、親分の言うことなら付き従いますけど。さぁ、礼拝の時間ですよ」

 ヘルダムス派、というのは教派だ。いわゆる安楽の地へヴァンを求むる教派に対抗して、苦悶の地ヘルダムスに救済を求める。全てがヘルダムスにはあるのだと、彼らの歌う礼拝歌の恐ろしさと言えばなかった。

 彼らが礼拝を終えて向き直ると、全員が血相を変えて真剣に議論を始めるのであった。

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