第6話
「では、罠にかかり、モンスターに包囲された時、あなたはどう行動しますか?」
そんな場面に出くわすことも、これからはあるのだと想像して背筋に寒気が走る。そのような状況を想像した時、ベロニカの目の前にはケニーの背中があった。
――まずは、ケニーの言うことを聞いて行動しなきゃいけないわよね。
動くなと言われるのか、逃げろと言われるのか。彼の邪魔になることが一番してはいけないことだと思えた。
「……そうね。全員で生き延びられる方法を探すわ。逃げ道を探したり、敵の弱点を探したりね」
「ダンジョンの奥で伝説の宝を発見しました。どうしますか?」
「伝説?」
そんなの、嬉しくなって駆け寄りたくなるだろう。でも。
「 周囲の安全確認をするわ。敵がいないか、罠が掛けられていないか。そういう時って気を抜いてしまうだろうから、無防備になっていると思うもの」
死んでしまっては、全部が無駄になってしまう。そういう時こそ冷静にならなければいけないと思えた。
「では、仲間がミスをして計画が狂いました。どう対応しますか?」
「ミスなんて誰もがするものよ。責めてもしょうがないわ。みんなで解決策を考えるべきだわ」
一つのミスをいちいち責めていてはなにも進まない。それに、まだ初心者のベロニカには誰かを叱責するような力はない。むしろ、自分が迷惑をかける方だろう。そう考えると、なるべく周囲にも優しくしてほしかった。
「次の質問です。あなたの武器や道具が壊れかけています。どう対処しますか?」
「買い替えるわね。ダンジョン内だったら……誰か仲間が私が使えるものを持っていないか聞いて、借りられなかったら、宝箱から新しい武器が出たら使わせて欲しいって伝えるわ」
どう答えても、職員は表情が変わらない。自分の答えが好ましいものなのか、それともあまり歓迎されないものなのかはわからないベロニカは徐々に不安になる。
「高報酬、でも極めて危険なクエストを引き受けるかどうか、あなたならばどう判断しますか?」
「ケニーに聞くわ。彼が受けると言うなら受けるし、危ないというのなら受けないわね」
「ケニーさんとは、ずっとパーティを組むということでしょうか?」
「え? ケニーが私を捨てるの?」
「…………わかりました」
そんなことあるわけがない、というベロニカに、職員ははじめて複雑そうな顔を見せた。
「では、最後の質問です。冒険者として引退する時、あなたはなにを達成していたいですか? どうなっていたいですか?」
「引退する時――」
ベロニカはその時を想像してみる。
隣にはケニーがいて、多分今よりもずっと年を取っていて、それでもきっと彼はその時まで、いや、その先も一緒にいてくれるだろう。
で、あるのなら、ベロニカが望むのはこれだけだった。
「笑っていたいわ」
「笑っていたい、ですか?」
「ええ。私も、ケニーも、それから、それまでに関わったひとたちの1人でも多くが、笑っていてくれたら幸せね」
「一流の冒険者として名を残したいとか、後世に残せるなにかを、とは望みませんか?」
問い返されたベロニカは職員を真っ直ぐに見返す。手の平が触れているクリスタルからはぬくもりが伝わってきていた。
「ケニーが笑って隣にくれるなら、それ以上は望まないわ」
例え世界一の冒険者になれたとしても、その時に彼が隣にいてくれなければ、誰がベロニカのしてきたことを他に伝えてくれるというのだろう。家族に信じてもらうにもケニーの証言は必須だと思えた。
「お疲れさまでした。以上で質問は終わりです。ニカさんの適正はクリスタルが分析済みです。少しの間、ホールでお待ちください」
「もう終わり?」
「はい」
適性検査担当職員が受付の奥に入っていくのを見送ったベロニカはケニーを探す。しかし、ホールのすぐにわかる場所にいるかと思った彼の姿はなかった。どこ? と探していると、妙に弾んだ調子の女の子の声が耳に入り、これは話に聞くナンパというものかしら?! とつい振り返ってしまう。
そこには、座っている男を取り囲む女の子の山があった。
「また復帰なさるなんて、思ってませんでした! 1年前、いきなりいなくなったから、どうしているのかとみんなで話していたんですよ~」
「そう? 別に引退はしてないよ」
「あの、今パーティメンバーは探されていないのですか? 私、回復職なのでお役に立てるのではないかと――」
「いや、そういうのは要らないかな、今のところ」
ベロニカの視線の先、ナンパされていると思しき男は、間違いなくあのケニーだった。
――え? なんで?
自分の目が信じられず、ベロニカはその場で立ちすくむ。
不愛想で、自分以外にはほぼ笑顔を見せないケニーが、女の子に囲まれている。しかも、かなり露出度の高い装備の細身ながらも出るところは出ているような子や、清楚な美人が何人もいる。その誰もが距離が近く、見ようによっては、そのうちの1人2人は彼に豊かな胸を押し付けているようにも思えた。
「ケニーさんの話は冒険者になった時から聞いていて、同じくらいの年なのに凄いなって、憧れてたんです。一度でいいのでパーティを組んでいただけませんか?」
「うーん、俺1人じゃ決められる話じゃないかな」
「固定パーティを組まれているんですか?!」
ケニーさんは孤高の剣士ではなかったんですか? という回復職だという女の子の言葉に「孤高とか誰が言ったんだ? 俺は、必要なかったから誰とも組んでなかっただけ」とケニーは冷たく言う。
なおもなにか言いたそうなその子の言葉に鬱陶しそうな顔をしていたケニーは、視線を巡らせてすぐにベロニカを見つけた。
「あ、終わった?」
途端に彼は柔らかな笑みを浮かべる。その表情の変貌ぶりに周囲がざわついた。そして、バッとベロニカを振り返る。
「うん。職員さんから、ちょっと待っててって言われて……」
――この視線、知ってるわ。
アントニオの婚約者時代に何度も浴びた視線を、ここに来てまた、しかもケニー相手に浴びるとは思っていなかったベロニカはうんざりする。
――嫉妬や羨望ってやつでしょ?
群がってきている子たちを無視して、彼はベロニカの所にやってくる。女の子たちの、ベロニカを見る視線がよりキツくなる。
――なんで? ケニーよ、それ。
王子でもあったアントニオならともかく、アンヘル家の目立たない従者にすぎないケニーと一緒にいることで、どうしてそんな視線を向けられているのかが本気でわからない。
「いいの?」
「なにが?」
「あの子たち、ほっといて」
「知らない子たちだから」
ケニーはあっさり言うと、ベロニカの隣に立つ。
「さっきの子たちから、パーティに誘われてたみたいだけど」
「え? ああ、うん」
まだ自分を見ている女の子たちを一瞥したケニーは肩をすくめる。
「前冒険者やってた時の俺を知ってるらしくて、ちょっと。でも、今はあの頃よりも腕は鈍ってるだろうし、パーティ組んでも幻滅させるだけだろうから」
「ふぅん?」
「それに、俺はまだ初心者に毛が生えたような烈光ランクだから、上位クエストも受けられないんだ。彼女たちは、なんか勘違いしてるだけ」
「ふぅん?」
とはいえ、ケニーが冒険者をしていたのは、ほんの1年ほど前までの話のようだ。当然、彼が冒険者としてクエストを受けていた時のことを知っている人も多いのだろう。自分の知らない彼を知っている人がいる、という事実にベロニカはもやもやする。
「なに? その顔」
「別に」
「……俺が女の子と話してるの見て怒ってる?」
明らかに声が楽しそうだ。顔を見てやるものか、と腕を組んでソッポを向けば、わざわざそちらに回り込んでくる。ムッとしているベロニカを見て、ケニーは口元をニヤつかせる。
「へえ?」
「なによ」
「心配しなくても、ニカを置いて他のやつと組んだりしないよ」
「そんなの心配してないわよ。ケニーが私を置いていくわけないじゃない」
当然のように、それを疑ってもいないという態度のベロニカにちょっと目を丸くしてみせたケニーは、続けて目を細めると口元を手で覆って。
「そういうの、ちょっとクるじゃないですか」
呟いた言葉は、ベロニカには聞こえていなかった。
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