第3話

 ――へ?

「……えーっと、なんて?」

「だーかーら、猫に化けるんだって。これあんま何度も言いたくねえんだけど」

 猫、に……化ける?

「これは、実際に見せた方が早いな」

 そう言って、ヒロくんはベンチから立ち上がり、少し離れた。

 顔の前で右手の人差し指と中指を立て、何か祈るようにすると(多分、気をためているのだろう)、突然その右手を動かした。空気を斬ってしまいそうな勢いで動かしたものだから、ヒロくんの周りは風で包まれた。ヒロくんの姿が見えないほど風が強くなってきた。私は思わず目を瞑る。

 風が弱くなったと感じて目を開けたとき、そこには一匹の黒猫がいた。

「あっ、可愛い~」

 その猫を撫でようとしたとき、急に声がした。

「おい、忘れんな! お前の目の前にいるのは、俺だ!」

 ヒロくんの声だ。どこかで隠れて声を出しているのかと思って、あたりを見回す。

「そんなに俺が信用できないか?」

 私はどこから発せられているかわからない声に対して、しっかりとうなずく。

「はあ……。じゃあ、見てみろよ。この、猫を! もう一回!」

 そこまで言うなら、茶番に付き合ってあげよう。私はさっきの黒猫の方に向き直った。

「ほら、俺だってば」

 私は自分の目を疑った。ヒロくんの声に合わせて、黒猫の口が動いたのだ。

 ――いや、違う。この黒猫こそが、ヒロくんなのだ。

「へえ……本当、なんだね」

「まあ、本題に入るが」

 その言葉に、私は背筋をぴんと伸ばした。

「俺は、お前のお母さんに一緒にタイムトラベルするように言われている。この姿になれるようになったのは……まあ、おいおい話すが。俺は、お前の監視役として今ここにいるんだ」

「はあ……」

 正直あまり実感がわかない。

「あまりわかっていないようだから、簡潔に話すぞ。つまり、俺はお前と一緒にタイムトラベルするという使命があるんだ」

 ふうん……そうなのね、しか言いようがない。

「猫の姿だと、怪しまれないから役に立つんだぞ。ああ、それからもう一人紹介しないといけないんだ」

「もう一人?」

 もう一人、私についてくる人がいるの? もしかしたら、私って人気者だったりして。

 猫の姿のヒロくんは、一度宙返りして高くジャンプすると、元の姿に戻った。

「お前、有希ゆきと仲いいだろ?」

「えっ、有希? 仲いいよ。有希がついてくるの?」

 それなら大歓迎だ。それより、私はアンドロイド、ヒロくんは猫に化ける術、有希は何ができるんだろう。

 そんな期待に胸を躍らせていた。

 有希の家に着き、インターホンを押す。

「有希さんはいますか」

 ヒロくんが言い、少したって玄関のドアが開いた。

「有希、これ」

 そう言って、ヒロくんは私が渡したあの袋を掲げた。

 それを見ると、有希は何かに気づいたような顔をしてから私と目を合わせた。

 ――その袋って、そんなに重要な役回りしてたの?

「えっとー……。綾ちゃん、私もタイムトラベルについていくんだけど……よろしくね」

「あ、うん」

 ヒロくんみたいに何か見せてくれるのかな、と思いしばらく無言でニコニコ笑いながら待っていた。

「あの、綾ちゃん、何か言いたいことあるのかな」

 有希は待ちきれなくなったのか、私に聞いた。そうでもしないとわからないのか、有希は。そう思っていると、ヒロくんが口を開いた。

「あのな、あいつは俺やお前みたいに特別な能力を持ってるわけでも何でもないからな。一般人だからな」

「えっ?」

「詳しい事情については、それもおいおい話すから」

 ――「おいおい」って、その「おいおい」はいつの話なのよ!

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