中編

 それから約一カ月が経ちその間いくつかの案件が国から入って来たが、浅宮朝日ほどのレベルではなく、どれもこれも簡単な任務であったため生徒会メンバーは難なくこなしていった。

 そして、聖界学園では三カ月に一度、生徒全員の精神世界の再評価を行う決まりとなっている。今年の第一回目の再評価が行われたのが四月であり、第二回目が七月である。

 そして現在は七月の中旬。既に白葉が生徒全員の精神世界を絵に写し終え、再評価も済んでいた。

 結果、生徒会メンバーは一人もクラス移動はなく、あれほどの活躍を見せた神宮寺も多少壁の向こうにある輝きが増した程度で、普クラスの出席番号は十五番のままであった。

 ちなみに言うと、達也の失恋相手である佐藤美咲と親友である夢藤海斗は美クラスへと移動となった。

 

 早くも夏休みまで残り二週間ほどとなった七月十六日。

 今日は毎年恒例のある行事に関する話ということで、全校生徒が体育館へと集まり校長の話に耳を傾けていた。

「精神世界の再評価も終わり、夏休みまで残り二週間と少しとなりました。ですがみなさんが楽しみにしているのは、夏休みのラスト三日で行われる旅行祭ですよね。と言うわけで毎年同様、この集会の時間を使い旅行祭についての説明をするとしましょう」

 旅行祭。他校で言うところの修学旅行のようなもの。しかし修学旅行とは主に高校二年生で開催されるイベントであり、旅行祭とは国宝級の生徒を除いた全校生徒で行われる特大イベントなのだ。

「今年も去年と同様開催期間は八月二十九日から三十一日までの三日間です。ですが二人一組で行った去年とは少し異なり、今年は基本人数三人一組を作ってもらいます。もちろん余る生徒は出てしまうでしょうから、そうした場合は四人グループではなく、二人一組のグループを作ることが条件です。その他のルールは去年と変わりはありません。学年クラス関係なく、各々が好きなグループを組んでくださいね」

 要するに一人が余った場合は、どこかの三人グループが二人となり、二人一組のグループが二つ作られなければならないということ。

 旅行祭とは、唯一他学年他クラスの生徒同士で互いの精神世界を旅行できるというイベント。通常の授業でも精神旅行の授業はしばしば行われてはいるが、クラス内の生徒同士に限定されている。

 つまり極端な話、劣クラスの生徒が旅行祭の間だけ聖クラスの生徒の精神世界を旅行することが可能だということ。

 家庭に一台は精神旅行の装置が置かれるようになった現在、気軽に他人の世界に旅行できるとは言っても、そう簡単な話ではない。精神旅行の装置にはカプセル型などの全身を覆う高価なものも存在するが、通常は頭に装着して使用するヘッドフォン型であり、その装置を旅する側とされる側の両者がセットする。その後、装置によって一方の意識が一方の精神世界にコネクトされる仕組みとなっている。その際、装置を通して精神旅行を実行することで自動的に旅行先となった精神世界に害ある行動を阻害するプロテクトが施される。無理矢理精神世界に干渉できる者たちは例外として、装置を通せば安全に旅行を楽しみ、楽しませることができる。

 しかし、やはり自身の精神世界を見られてしまうというのは、少しは抵抗のあるものだろう。そのため、精神世界に旅行させてあげた側は、旅行した者の精神世界に旅行する権利を有するという気がつけば世間に出来上がっていた普遍的なルールが存在している。

 要するに、劣クラスの生徒に聖クラスの生徒の精神世界を旅行することに意味はあっても、聖クラスの生徒には何のメリットもないのだ。まぁ聖クラスの生徒にとっては国宝級の生徒が参加しない以上、格下の生徒たちの中から旅行祭で精神旅行する相手を選ばなければならないわけだが、聖クラスの生徒にとって美クラスの生徒は魅力的に映る者が多くいる。しかも、旅行際は他学年とのグループ作りも許されている。

「グループ作りの期間は旅行祭の前日までです。組み次第、生徒会の方へその報告をしてください。そしてようやく、全校生徒用の精神旅行カプセルの導入が実現しました。去年までは各々の評価順でカプセルの使用権利が決定していましたが、今年の旅行祭は、現実世界の体を心配する必要もなく安心して精神旅行ができる環境が整っています」

 精神旅行カプセルは、コネクトした他人の世界に旅行する役割と現実世界に残された無意識状態の肉体を新鮮に保存する役割を果たしてくれる優れものだ。

 一台、なんと驚きの一千万円弱の価格をしているため、二百台以上ものカプセルを導入するのにかなりの年月がかかってしまった。

 以前までの旅行祭では、ヘッドフォンで取り組んでいた生徒の容態を逐一確認する作業が教師間で行われていたが、今年はその分教師たちにも暇が与えられることとなる。

「それではみなさん。少し早いですがよい夏休みをお過ごしください」

 

 そうして放課後に行われた全校集会は終了し、神宮寺たち生徒会は生徒会室へと集まっていた。

「いよいよ今年も旅行祭の時期だな」

「そうね。はぁ、今年も大変になりそうだわ」

 ワクワクした様子の天とは対照的に、ため息をつく花火。

「まぁ花火と白葉は人気だから仕方ないだろうな。それで・・・・・今年は誰と組むつもりだい?」

 そわそわした様子で質問する翔真。

「まだ決まってないわね。しかも今年は三人一組だから、去年よりも難しいわね」

「そういうことなら、私と組もうよ花火姉さん!」

 机をペシっと叩き勢いよく立ち上がる桜。

「そうね。去年みたいな目に遭うのはごめんこうむりたいから考えておくわね桜」

「うん!」

 とても嬉しそうな桜を睨む翔真。

「ところで白葉さん遅いですね」

 茜の発言に対して、おそらく確実な予測を天が口にした。

「こんなに遅いとなると、だ。こりゃあ捕まってんな。集会終わってすぐとかえげつねぇ」

「白葉は私よりも去年は大変だったみたいだし、今年はチャンスが二席あるということなら、必然というべきね」

 花火と白葉は、お嬢様たちが通うここ聖界学園でも一際目立つほど容姿端麗であり、運動や勉学、その他の能力に関しても優秀であり欠点らしき欠点がない。まさに生徒たちの憧れの的である。

 そんな二人の精神世界を旅行することができる旅行祭は、まず初めにこの二人の取り合いから始まる。

「あのさ」

 そんな時、神宮寺が自分の首につけられた首輪を触りつつ花火へと質問をしてきた。

「オレのこの首輪は旅行祭の時には外してくれるんだよな?」

 花火はまたしても同様にため息をつきながら結論を言い渡す。

「どうやら貴方はその首輪以外にも大人しくしている理由があるみたいだし、今回は特別に外してあげるわ」

 今発言した花火の意見は生徒会全員の意見らしく、桜と翔真が多少の睨みは効かして来ているが、特に反対する様子は見受けられない。

 そして、花火の発言を聞いた茜はどこか落ち着きのない様子でチラチラと神宮寺に視線を送っている。

 しかし、茜の視線を無視するかのように機嫌よく神宮寺は立ち上がる。

「よしっ。そういうことなら早速メンバー集めに行ってくる」

 そう言って颯爽と生徒会室を後にした神宮寺をシュンとした様子で茜は見送った。

 

 三年聖クラスの教室前は、他学年他クラスの生徒で溢れかえり教室の出入り口が封鎖されていた。

「クソっ今年は去年よりも酷いんじゃないか?」

「そう?去年も似たようなものだったけど?って、どこ触ってんの⁉︎」

 三年聖クラスのクラスメイトたちは白葉を教室の隅へと移動させ、誰も手出しできないように白葉に背を向け両手を大きく広げて大勢の生徒に立ち向かっている。

「ごめんね、私一人のためなんかでみんなに迷惑かけちゃって」

 白葉は疲れた様子で薄く微笑みを浮かべる。

「てかこいつら全員、先輩への敬意ってものを知らないのかね?」

「そりゃあ白葉の精神世界が魅力的なのは私たちにも分かるけどさ、いくらなんでも限度ってものがあるでしょ。しかも押しかけて来てるのはほとんどが男子って・・・・・ほんと男って猿しかいないの?」

 白葉を巡って放課後の三年聖クラスへ押しかけて来た男子たちに対して、怒り沸騰中のクラスメイトたち。

 押しかけている生徒の中には当然一年二年三年の美クラスや聖クラスの生徒もチラホラと混ざっている。しかし、このような迷惑にしかならない行動を取る時点で、その者たちの程度が知れるというもの。

 そのような生徒のことを白葉が選ぶはずがない。

「僕たちですら白葉さんの精神世界には旅行したことがないというのに・・・・」

「・・・・・私なんて、本当に大した精神世界を持ってないよ」

「ちょっと白葉!その発言は問題だよ。今こうして白葉のことを守ってる私たちにも失礼だし、やめたくなくても退学して行った生徒たちにとってもね」

 謙遜は時に相手を不快にさせてしまう。周囲にとって白葉は国宝級を除いたら学園一と言っていいほどの価値があるのに本人がそれを否定する。

 しかし、白葉にとってはこの発言が謙遜でもなんでもなく、ただの事実なのだ。

 すると突然、黒板側の入り口からバキンッというような大きな音が響いた。

 音を聞いたその場にいた生徒全員が音の方向へと視線を向け、動きを止める。

「あーやっべ、外れちゃったよ」

「・・・・・神宮寺くん?」

 白葉の視線の先には神宮寺が扉を片手に持ち、立っている姿が見えた。

 神宮寺は壊れた扉を廊下の壁へと立てかけ、そのまま教室窓際の隅に庇われている白葉の下へと近づいていく。

 神宮寺の顔面の美しさはイケメン俳優と言われている芸能人にさえ見劣りしないものであり、見た目だけならばこの場にいる誰よりも輝いている。

 突然現れた神宮寺に周囲の生徒たちは目を奪われてしまい、白葉の前で大軍を成していた生徒たちがそれぞれが横へと逸れて神宮寺から白葉への一直線の道を作る。

 神宮寺は白葉の下へ歩み寄るとゆっくりと手を差し伸べた。

「先輩」

 その光景は、見る人によっては困っている姫を助けに来た白馬の王子のように思えるだろう。

 白葉は少し頬を赤らめると神宮寺の手を取った。

「行こうか」

 そうしてさも当たり前のように教室を出ようとしたのだが、夢から覚めたかのように周囲が再びざわつき始める。

 学年が異なる一、二年やクラスが異なる生徒たちは白葉の中身など一切知る由もないハズ。つまり白葉は、外見だけでこれほどまでの人気を誇っているというわけだ。透き通るような白髪に宝石のように青く澄んだ瞳。まるでどこからともなく現れた妖精のようだ。

 そして神宮寺は今、白葉と手を繋いでいるわけだが、その光景に違和感を抱かれないほどの優れた外見の持ち主である。

 しかし神宮寺の存在を知ってるのにも関わらず、誰一人として神宮寺に対して今回の旅行祭の申し入れがない。

 理由は明解。神宮寺が普クラスの生徒だからである。

「ちょっと待てよ転校生!いきなり現れてそりゃあないだろ。俺たちだって白葉先輩と今回の旅行祭のグループを組みたいんだよ。抜け駆けなんて許さないぞ!」

 そうだそうだと盛り上がる生徒たち。

「それにお前、普クラスなんだろ?確かに顔は驚くほどイケメンだけど、お前の精神世界じゃ白葉先輩には釣り合わない」

 神宮寺は面白そうに鼻で笑った後、口角を上げた。

「フッ、オレは生徒会長からこの学園には質の良い精神世界を持つ生徒が多くいるって聞いて来たんだけどな・・・・・それは生徒会長がそう思ってるだけの嘘なのか?」

「なんだと!」

「こんな形でクラスに押し寄せ迷惑をかけといて、先輩がそんなお前らのことを選ぶと思ってんのかよ?そんな行動しか取れない、頭しかないお前らの精神世界は、程度が知れるって言ってんだよ」

 これ以上は喧嘩になりそうだと判断した白葉が急いで止めに入る。

「ストォーップ!確かに私はこの状況にとても迷惑してる。それは神宮寺くんの言う通りだよ」

 その発言を聞いて冷静さを取り戻した生徒たちの顔色が曇り始める。

「でもさ、君も君だよ神宮寺くん。以前の浅宮朝日くんの案件を受けた時にも思ったけど、言いたいことは分かるけど、そんな言い方じゃ余計に相手を怒らせるだけだよ」

 白葉の発言に対してめんどくさそうに顔を逸らした神宮寺にため息をつく。

 しかし今度は白葉が神宮寺の腕を引っ張りそのまま教室を後にした。

 

 学園の寮は男子寮が学園から百メートルの距離に位置しており、女子寮は男子寮から五十メートルほど離れた場所にある。

 白葉と神宮寺は、男子寮の前で少しだけ言葉を交えている様子。

「さっきはありがとうね助けてくれて。お姉さん感動しちゃったよぉ〜」

 いつも通りの様子で少しふざけた発言をする白葉。

「助けたとは少し違うな。先輩、オレと旅行祭のグループ組んでくれないか?」

 そう神宮寺が口にした瞬間、白葉の表情が少し暗いものとなる。

「実はね私、去年、一昨年と旅行祭には参加していないんだ」

「あんなに人気があるのにか?」

 少し驚いた様子で問う神宮寺。

「私の精神世界はみんなが思っているようなものじゃないから怖いんだよね」

「怖いって何が?いつも元気で怖いものなんて何もないように見えるけどな」

 白葉は無理矢理作ったぎこちのない笑顔を向けて神宮寺の肩をポンポンと叩く。

「そう見えてるなら、まだまだお子様だね。だから私を落とすのは諦めたまえ〜・・・・・まぁ冗談はさておき、ごめんね神宮寺くん。今年も私は旅行祭に参加するつもりはないんだ。だから他の子を誘いなよ。この学園には他にもいい子がたくさんいるんだからさ」

 その時神宮寺はふと気がついた。これまでも、そして今現在も浮かべている白葉の笑みは自分を偽るために作られた笑顔であると。

 白葉の精神世界は他のどの生徒よりも興味がある。しかし、白葉が何を抱えているのかも分からない現状、自分が白葉の心を開くことはできない。

「しゃーない。そういうことなら他を探すとするか」

「うん。そうした方が絶対いいよ・・・・・あっそうだ。グループを組むことはできないけど、その代わり夏休みに一度だけデートしてあげてもいいよ」

「デート?」

「そう、デート」

 神宮寺には白葉の考えが全く分からないが、ここで諦めるのは早計だと思った。もちろん、白葉の説得が失敗した時用にグループを組む他の生徒を探してみるつもりではある。

「それじゃあ、連絡先交換するか」

「だねっ」

 白葉と神宮寺は互いに携帯を取り出して連絡先を交換した後、それぞれが帰路に就いた。

 

 

 夏休み前日の放課後。皆着々と旅行祭に向けてグループ作りを完了していき、全体の七割近くがグループを組んでいる状態となっていた。

 そんな中、ここ二週間ほどは国からの案件が入ることもなく生徒会メンバーは旅行祭の話が発表された放課後以来、集まってはいなかった。

 そして花火は桜とクラスメイトの女子とでグループを作ることにしたらしく、翔真は他二名ともがクラスメイトで決定し、天は一度神宮寺に声をかけたものの保留の状態にされていた。茜に関しては未だ誰とも組んではいない様子。

「なぁ神宮寺」

 放課後の二年美クラスの教室で、席に座り帰り支度をしている神宮寺の下へ達也が近寄る。

「俺たちのグループ、後一人足りないんだけどさ、よかったら組まねぇか?」

 達也は美クラスに移動となった海斗と組むらしく、後一枠が空いている状態。

「悪いな達也。今同じ生徒会の奴にも声かけられてるんだ」

 それに神宮寺は白葉と組みたいと思っているため、達也と海斗のグループには参加できない。

「そっか、なら仕方ねぇな」

 とその時、神宮寺のことを呼ぶ声がする。

「神宮寺くん!一年生が呼んでるわよ」

 そう言われて教室の入り口に視線を向けると、緊張した様子の茜がいた。

「じゃあ神宮寺、旅行祭でな」

「おう」

 達也は教室から出て行き、神宮寺は茜の下へと向かう。

「一人か?」

「はい」

 どうやら今日の茜の様子はいつもとは異なっている。校内であれば常に持ち歩いている図鑑のような厚い本も今日は持っていない。しかしその代わりに、両手に手のひらサイズの携帯を握りしめている。

「空栗がオレのところに一人で来るなんて珍しいな。何か用か?」

 神宮寺に問われると少しだけ顔を俯かせた後、意を決したように神宮寺へと視線を向けた。

「希更木 神宮寺さん。わ、私と、グループを組みませんか?」

「グループって、旅行祭の?」

 茜は無言で頷く。

「そういや空栗って一年の聖クラスだったよな?」

「はい」

「他にも組んでる奴はいるのか?」

「いません」

 その質問を待っていたかのように素早く解答してみせる。

 その勢いに思わず驚いてしまったが、神宮寺は保留にしている天と茜を天秤にかけた結果、茜を取ることに決めた。

「それじゃあ、組もうか」

「はいっ!」

 突如声高らかになった茜は、今まで見せたことのない表情をしていたため、神宮寺だけでなく、その場にいた生徒全員が驚いた様子。

 茜も普段は生徒会メンバーであり全校生徒には強く認識されているため、おしとやかで大人しめのキャラであると思われている。そんな茜のまるで子供のようにテンションが上がる姿を見たら驚いてしまうのは当然と言える。

「もう一人は天さんですか?」

「いいや、白葉先輩を誘おうと思ってる」

 茜もまた驚いた表情を見せた後、少し残念そうな表情に変わる。

「そうですか」

 すると、茜が大切そうに握っていた携帯を神宮寺へと差し出した。

「それじゃあ、私とも連絡先を交換してください」

 茜のまるで以前、神宮寺が誰かと連絡先を交換したことを知っているかのような口調でそう言って来たが、特にそのことについては気にしなかった。

 その後、神宮寺と茜は無事連絡先の交換を終えると、普段の茜からは想像もつかないような笑みをこぼして茜は神宮寺の下を去っていった。

「ていうかあいつ、オレのこと嫌ってたんじゃないのかよ。まぁ、どうでもいいか」

 

 

 今日は白葉と神宮寺のデートの日。待ち合わせ場所は、交通網が発達し周囲にある大きなショッピングモールや高層ビルなどで囲われた街の中心にある家族連れ、恋人など様々な人々で賑わう中央に大きな池を有した公園の一際目立つ時計台の前。

 待ち合わせ時刻は十三時であり、少し早めに着いた神宮寺は、銀色の首輪をつけた状態で以前のように視界に入る人々を観察している。

 男子寮と女子寮はそこまで距離が離れていないため、寮と寮の中間地点やどちらかの寮付近での待ち合わせでもよかったのだが、白葉の「デートにはムードが大切だよ」という提案で今回の待ち合わせ場所が決まったのである。

「何してんだオレ」

 神宮寺のこの呟きは主に二つのこのを意味していた。

 一つは見えもしない精神世界を以前の癖で見ようとしてしまっている現在の行為について。もう一つは、知りもしないただ声が聞こえただけの女性のために、己の軸を曲げてまでも大人しく聖界学園に通っていること。

 首輪のせいでロクに他人の精神世界も覗けないし、普通の生徒のようにさも当たり前に学園の生徒となっている。その行為が頭ではくだらないことだと思いつつも、心がくだらないという感情を拒絶してしまう。つまり、記憶を取り戻すことに対して意味のあることだと思う自分と意味のないことだと思う自分とで葛藤が生じているのだ。

 そうして神宮寺が珍しくため息を一つついたタイミングで、聞き覚えのある元気な声がした。

「ため息なんて珍しいね。お姉さんが待たせたせいで疲れちゃったのかな?」

 揶揄い気味に笑顔で神宮寺の視界に突然入って来た白葉。

「いいや、考え事をしてただけだ」

 白葉の今日の格好は、白色のドロップショルダーシャツに金箔のようなものがふられている服と足首程度まであるデニム。そして白いシャツから薄っすらと滲み出る黒い半袖シャツの組み合わせ。

 シンプルな組み合わせだが、透き通るような純白の髪と肌を持つ白葉は、まるで背中に天使の羽が生えたかのように輝いている。

 そして一方の神宮寺は、白のハーフボタンシャツを黒のパンツにインした服装という簡素な格好をしているが、それがまた185センチの長身のスタイルの良さが際立って見える。更に伊達メガネをかけ、髪をかき上げる感じでセットしているため、くっきりとした整った美しい顔立ちが強調されている。

 決して二人は合わせたわけではないが、付き合う前からカップルのようなお揃いの服装になってしまった。

 今日のデートは既に目的地が決まっている。

 二人は合流した後、公園から電車で約一時間程度の距離に位置するあるテーマパークへとやって来た。

 このテーマパーク、名前を『古来村』と言い、今から約百年ほど昔の昭和や平成の時代に存在していたとされる和文化の衣・食・住を再現して、ショッピングや旅行を楽しめる施設としている。他にもジェットコースターやメリーゴーランドなどといった今では消えてしまったアトラクションを楽しむことができる。

 中でも人気が高いのはゴーカートというアトラクションだ。現在、自動車の操縦は全てがオート機能となってしまったため、見た目はショボいが人々に感動を与えている。

 そして一躍脚光を浴びた古来村の中核要素は動物たちである。世間では絶滅してしまったとされる動物たちの数体を今でも大切に保管してある。特にイルカやアザラシショーは国のお偉い方が好んで鑑賞しに来る娯楽だ。

 神宮寺と白葉はまず初めに、人生初の手打ち蕎麦を堪能した。職人の技が失われた今では、ここ古来村でしか職人の味を知ることができない。

 古来村に来るという提案は白葉からだったこともあり、戸惑う神宮寺を多少置いてけぼりにしながらもアトラクションを楽しんでいった。

「それにしても、今日ずっと周りからの視線を感じるんだけど?」

 白葉がどこか不満気にそう発言して来た。

「先輩が綺麗だからじゃないのか?」

 ポロッとこぼした神宮寺のその発言が白葉の頬を少し赤く染める。

「コラッ!お姉さんを揶揄うんじゃないっ」

 軽く入れたつもりの白葉のチョップが案外神宮寺には効いたらしく、背中を丸めて少しだけ咳き込んでいる。

「ごめんね〜強かった?でも、この視線はほとんどが神宮寺くんに注がれているものだと思うけどな〜」

 その証拠に、男子よりも二人に視線を向ける女子の比率の方が圧倒的に高い。

「まぁ君は見た目だけなら文句なしの美少年だからね」

「先輩は、オレのことを顔で気に入ったのか?」

 今日の神宮寺の言葉にはやけに男の余裕を感じられる雰囲気が見え隠れしている。それもそのはず、邪道だが相手の精神世界に入る許可を得るには、相手を惚れさせてしまうのが一番の方法。

「さぁね。君のことは気に入ってるよ・・・・・ううん。気になってるのは本当だよ。だけどその理由は顔じゃない。君の精神世界を覗いたからだと思うんだ」

 真剣にそう語る白葉の言葉に、嘘偽りが含まれているとは到底思えなかった。

「それはどういう————」

「ほらほらこの話は終わりにして、何か食べに行かない?」

 話すつもりのなかったことを話してしまった白葉は、明らかに動揺した様子で話をシフトさせた。

 神宮寺もそのことには気がついていたので、一先ずは白葉のペースに呑まれるが、必ず後で話の続きを聞き出すと密かに決意する。

 そうして二人は、平成が終わりを告げる直前からブームとなったとされるタピオカを購入し、外に設営されている椅子に腰掛けていた。

 タピオカは、かつてブームだったということで、今現在は他のエリアに比べると人通りは少ない。

 その些細な状況が、事件の始まりとなった—————

「少しいいですかな?」

 黒い帽子に黒いメガネの黒スーツを着た二人の男性が神宮寺と白葉に声をかけて来た。

 一人はふくよかな体型をしている小柄の男性で、もう一人は身長二メートルを超えそうな大柄な男性。

 気がつくと周囲に人の姿はなく、どことなく不気味さを感じさせる空気感となっていた。

「え〜っと、神宮寺くんの知り合い?それとも・・・・・もしかしてスカウト⁉︎」

 色々と思考を巡らす白葉とは対照的に、神宮寺は即座に危険を感じ取り警戒態勢に入る。

「いえいえ、彼じゃなく貴方に用があるんですよ。はい」

「わ、私ですか?」

「はい。怪しいとは思いますが、我々について来てもらえませんかね?まぁ断るというのならそれでもいいんですがね」

「もし断ったらどうなるんですか?」

 流石に白葉も危険を感じたのか、恐る恐る質問する。

「そうですね。強引な手段に出るしかなくなりますね」

 すると、神宮寺は立ち上がり相手の胸ぐらを掴む。

「おい、今はオレと先輩のデート中なんだ。これ以上意味分かんねぇこと言うようなら、オレの方こそ強引な手段を取ることになるんだけど?」

「はっはっは。いや、失礼失礼。怖いもの知らずとは、本当に恐ろしいですな」

 小柄な男性が愉快な笑い声を上げた途端、「ヒュッ!」という音が微かに白葉と神宮寺の耳に届いた。

 その瞬間、神宮寺の右腿に激痛が走る。

「っ⁉︎」

 男が手にしていたのは、L字型の細長いピストルだった。

 ピストルの中には、射撃時の衝撃音がほぼ響かないものがあるらしく、今まさに小柄な男性が手に持っているピストルがそれだ。

 そのため、誰もこの状況には気がついてくれない。

「予め人払いをしたのは正解だったようですな。おかげで仕事がしやすくてしょうがないですよ」

 そう言って更にもう一発が左腿にも撃ち込まれた。

「くっ⁉︎」

「神宮寺くっ—————」

 白葉が大声で神宮寺の名を呼ぼうとした瞬間、大柄な男性によって口と体を抑えられる。

「おっと危ないですな。ナイスですねジーベル。さて、どの道バレはしませんからここで貴方のことを始末して彼女を連れていくのでもいいんですがね、見たところまだ学生のようですし、大人しくしていてくれるなら見逃して上げてもいいんですよ?」

 膝をつき痛みを堪える神宮寺へと顔を近づかせ、金歯で揃えられた不気味な歯を不気味に笑い見せびらかす。

「おや?よく見たら誰かに似ているような気がしますねぇ————グフッ⁉︎」

 神宮寺はそんな不気味に笑う男の顔へと思い切り頭突きをし、その隙に見事な手捌きでピストルを奪った。

 そして神宮寺にピストルを突きつけられた小柄な男性は両手を上に上げてにんまりと笑う。

「これは驚きましたね〜。しかし貴方に撃てますかな?」

 神宮寺の喧嘩の強さの秘訣は欠落した記憶の部分に隠されており、今見せた技術も同様に。

 そのため、神宮寺は躊躇いもなく引き金に指をかけるが、指がそこから動かない。

 ロックは解除してあるので指を少しだけでも動かせば弾が発射される。しかし、その指を動かす段階で神宮寺は無意識に躊躇してしまっている。

 おそらくそれは、過去に一度もピストルで誰かを撃ったことがないからだろう。

 そうこうしている内に神宮寺の背後で先ほどと同じ「ヒュッ!」という音が鳴り、次第に意識が揺らぐと同時に背中に猛烈な熱さを感じた。

「ゴフッ」

 口の中が液体で溢れてそれを外へと吐き出すと、神宮寺の視界に赤色の何かが映った。

 そして、徐々に神宮寺の体温が失われていく。

「その様子じゃ、もう時間の問題ですな。ボスの下に帰りますかジーベル」

「トドメはいいんですかい?」

「もしかしたらこの子を取り戻すためにいい顧客になってくれるかもしれないですからね。まぁ、この状況から助かればの話ですがね」

 そう言って、見知らぬ黒スーツの男二人は、白葉を連れ去ってしまった。

 

「ハァ・・・・・ハァ・・・・・ハァ」

 神宮寺は掠れゆく意識の中、何もない空間に向かってひたすらに手を伸ばしていた。

 最早まともな理性は保てていない。その手を伸ばすという行為は、白葉に対するものでもあり、記憶を取り戻すまでは死ぬわけにはいかないと言う意思表示でもあった。

「やれやれですね」

 掠れゆく視界の中に、突然何者かが入り込んできた。

 その何者かは、以前どこかで目にしたことのあるような見た目をしている。

「ここまでやれとは言っていないのですがね。私の言うことが聞けないのなら、あの人たちとの関係も、もうそろ潮時かもしれません」

「ピ————」

 最後の方はまともな語にならない状態で神宮寺は気を失った。

「貴方のことは許せませんが、それでも残された唯一の家族です」

 ピエロの格好をしたその人物は、意識を失った神宮寺を抱えて古来村から姿を消した。

 

 

 話は、聖界学園の生徒会が浅宮朝日の案件を国から任される二日前へと遡る。

 そこは、高級ホテルの一室のようなオレンジ色のライトに照らされた地味な暗さを纏う部屋。直径一メートルほどの正方形のガラスの机にワインの汲まれたグラスが二つ並べられている。机の両サイドに置かれた真っ赤な弾力のある椅子へと腰掛ける二人の人物。

 一人はふくよかな小柄な男性で、もう一人は外国人のように白い肌に顔の整った男性。

「先ほど先生から情報が入りました」

 顔の整った男性が言う先生とは、国会議員の中でも数少ない者しか知ることのできない情報を掴むことができる権力を持った人物。

「先生が提供してくるということは、大物の予感がしますな」

「これを見てください」

 そう言ってガラスの机に、ある人物の顔写真とその他情報が乗った一枚の紙が置かれる。

「名前は浅宮朝日というそうです。一見ごく普通の不良少年と言えますが、彼には精神世界に干渉する力があるそうなんです」

「と言いますと、ボスと同じと言うことですかな?」

「いいや、私ほどではないですね。私の力は干渉した人物の精神世界を丸ごと破壊することができますが、彼の力はせいぜい語感を失わせると言った程度です」

「いくらうちのオークションが珍しい精神世界を出品しているからと言いましても、流石にそれは危険ではありませんかね?」

「問題ありません。これがありますからね」

 そう言って、顔の整った男性は銀色の首輪を床に置いてあった鞄から取り出した。

「おっと、その手がありましたな!上手く育成できればすごい値がつきそうですな」

「彼も私と同じ過去の実験の被害者だと思うと心が痛みますが、これも商売です。しっかりと売り物になるまで育成して、私たちの利益になってもらいましょう」

「ですな。それで、そんな奴をどう捕まえてくる気なんです?ボスは有名人ですんで、ワタシが行くしかないと思いますが、何の策もなしに接触するのはちょっと心細いと言うか」

「彼は私に任せてください」

 そうして顔の整った男性は、正体がバレないようにピエロの格好をして三日後、浅宮朝日へと接触を試みた。

 

 更に三日後、前回と同じ一室で男二人が酒を片手に密談をしている。

「まさかボスともあろうお方が失敗するとは驚きですよ」

 小柄な男性は、決してバカにしているのではなく、純粋に信じられないといった表情でボスと呼ぶ人物に視線を向ける。

「久しぶりに、兄弟に会いました」

「兄弟?それは本当の、ですか?」

「はい、正真正銘の血の繋がった家族です。子供の頃は同じ施設で過ごしていて、とても仲良しだったんです。まぁ昔の話ですが」

「それで、思わず動揺してしまったと?」

「ある意味そうと言えますね。何にせよ、今回の失敗は私の責任です。その代わりと言ってはなんですが、浅宮朝日なんかよりもいい商品を見つけてきました」

 小柄な男性は目の色を変えてその話に興味を示す。

「かつてテレビで取り上げられていた白髪の少女のことを覚えていますか?」

「それはもしや、精神旅行があまり世界に浸透していなかった頃の話ですかな?」

「はい。想像している人物で間違いないと思いますよ」

「白髪を生まれ持った者の精神世界はその価値がとても貴重と言いますが、ですが彼女は———」

「はい、その通りです。ですから私たちの不利となる情報は公開せず、純粋な白髪の少女だと言って出品すればいいのです。顔は仮面などで隠せば完璧ですよ。純粋な白髪を持って生まれてくる確率は、今の時代では百万分の一と言われています。これほどまで珍しい存在を見過ごすわけにはいきませんよ」

「そ、そうですな。ボスの言う通りです!そうとなれば、早速攫いに行きますかな」

「いいえ、まずは様子を見ましょう。あの制服は私立聖界学園の物のようでしたし、強引に動けば警察に目をつけられてしまう可能性もあります。隙ができるまで待つのが妥当でしょう」

 そうして一ヶ月と少しが経った頃、白葉と神宮寺が夏休みにデートに行くことを尾行により知った小柄な男性は、その後もずっと白葉を見張り、いよいよデート当日となった。

 当日、二人の後を部下である大柄な男性を連れてつけていくと、古来村というテーマパークに辿り着いた。

 その時点でボスに詳細な状況を含めて連絡したところ、一緒にいる男性が白葉を奪うことに強い抵抗を示した場合は、足や手をピストルで打つことは許可したが、絶対に命に関わる真似はしないように釘は打っていた。

 しかし事が済んだ後に現場に駆けつけると、瀕死の神宮寺が血だらけで地に横たわっている姿があった。

「少しやりすぎたようですね。マクシム・・・・・ジーベル」

 

 

 白葉が連れ去られてから三日後に、神宮寺は病室のベッドの上で目を覚ました。

「————どこだここ?」

「ようやく目が覚めたのね」

 目覚めた神宮寺をベッドの横に立ち見下ろす少女。

「ここは病室。運ばれてきた時、貴方瀕死だったそうよ」

「瀕死?・・・・・あぁそうか。オレはあん時、死んでたかもしれなかったのか・・・・・」

 神宮寺は寝そべったまま、悔しそうに病室の天井を見つめる。

「病院から連絡が来た時はとても驚いたわ。まさか貴方ほど強い人が病院送りにされるなんてね。けれど仕方ないわ。相手はピストルを所持していたのでしょ?命が残っただけ幸運というものよ」

 医師によるとピストルの弾が神宮寺の体に三発撃ち込まれており、内一つは心臓スレスレの位置にあったのだと言う。

 相手が殺す気で撃ってきていたのは間違いないが、心臓に直撃していないことからあまりピストルの扱いにはなれていないと神宮寺は推測した。

「クソッ、あの時撃つのを躊躇っていなければ—————そうだ、先輩は?白葉先輩はどうなった?」

 花火は神宮寺から目線を逸らして、悔しそうに下唇を噛み締める。

「———行方不明よ」

「・・・・・そうか。それで、オレを病院まで運んだのは誰なんだ?」

「看護師の話によると、ピエロの格好をした何者かが、貴方のことを運んで来たそうよ」

 神宮寺は跳ね起きるように上体を勢いよく起こした。

「ピエロだと⁉︎」

「ええ、貴方の言いたいことは分かるけれど、今は先に話す事があるわ」

 そうして花火が神宮寺へと話した内容は、病院へ着いた際に神宮寺のプライベートパスを確認すると、神宮寺が病院から徒歩二キロ圏内にある古来村というテーマパークに訪れていたことが分かったという。

 プライベートパスとは、今では国民一人一人が所持しているカードであり、交通や多種多様な購買において使用できる。更に、個人証明としての役割を果たすため、学生証としても役立つのだ。

 つまり、病院側はプライベートパスにより神宮寺の身元を特定する事ができ、花火は、神宮寺が古来村入場の際に支払った入場料の履歴を見たということ。

 そうして向かった古来村では、多くの警察の姿があったと言う。場所はタピオカ店。

 特別に知り合いの刑事の付き添いで現場入りさせてもらうと、店主がガクガクと体を震わせながら事の経緯を話していたと言う。

 その後見せてもらった監視カメラの映像には、二人の男が神宮寺へとピストルを向けていて、白葉を抑えている大柄な男性の背後からの一発を受けた瞬間、神宮寺は地面へと伏せた。

 今の時代、至る所に監視の目があるためこうも堂々と犯罪行為を行った場合はすぐに足がつく。

 その証拠に、古来村から約十五キロほど離れた場所に黒ずくめの男性たちのアジトを発見したのだと言う。

「けれどそれはフェイクだったのよ」

「フェイク?」

「というよりも、予めそのアジトを捨てるつもりで今回の犯行に及んだみたいなの」

 花火は昨日、生徒会メンバーと共に発見したアジトへ向かった。そこで見たものは、もぬけの殻となったアジトの姿だった。アジトを捨てることを前提として犯行に及んでいたため、警察が足取りを掴めなくするために素早くそして複雑に行動できたのだと花火は考えた。

「けれど、一つの抜け穴を見つけたわ。その元アジトの近くにある美濃学園という私立高校にはちょっとした噂があるのよ」

 その噂とは、美濃学園の生徒が学園内で人身売買らしき行為を行なっていると言うもの。学園で全ての取引が完結するわけではなく、あくまでも所有権の譲渡のみが行われているとのこと。

「そしてそのアジト内へと、過去に何度か多くの大人から子供までの男女が入っていくところを目撃したという証言も得られたわ。この二つの出来事には、関連性があるとは思わない?」

「確かにな。まず第一に今の話をまとめて推測できることは、アジトを起点として人身売買がされていたケースだ。そう考えることで売られている人間を購入した美濃学園の生徒が、更に他の生徒に高値で人身売買の延長線上の取引を行っていると考えても不自然じゃない。精神世界の価値が軸となってる今の世の中じゃ、そこそこの価値の精神世界を宿す存在はそれなりの金になる。そしてこのことから導き出せる第二のケースがオークションだ」

「オークション?」

「ああ。もし商品として白葉が連れされたのだとしたら、相当な高値になるはずだ。精神世界を覗けないオレでもそれくらいは分かる。もし白葉に値段がつけられるのだとしたら、あの見た目だ、数千万はくだらないだろうぜ。つまりは、普通に商品として売り出したところで購入できる人物なんてまず出てこないだろう。となると、答えはオークションとなる。金持ち連中がこぞって喜びそうなイベントじゃねぇか」

「なるほどね。オークション・・・・・その可能性は大いにあり得るわね。そうなると、余計に私の判断は正解だったようね」

 花火は納得した様子で、現在実行に移している自分の判断は間違ってはいなかったのだと何度も頷く。

「神宮寺くん。退院したら貴方にも協力してもらうわ」

 花火は真剣な表情で神宮寺へと向き直る。

「今、手の空いている桜と茜が美濃学園に潜入して、白葉を誘拐した犯人の手がかりを掴めないか奮闘している最中よ。だから退院したら貴方も一時的に美濃学園へと潜入してちょうだい」

 突然飛び出した花火の発言に、一瞬戸惑う神宮寺だが、その優秀な脳みそをフル活用して状況把握に取り掛かる。

「要するに、人身売買に関与している生徒を見つけて、犯人についての手がかりを入手すればいいってことだろ?」

「フッ流石ね。その通りよ。私と他のメンバーで他の案件や他の調査を行ってみるから、そちらは頼んだわよ」

「ああ」

 そうして一週間後に退院した神宮寺は、新木優一郎という偽名を使って美濃学園の三年へと転校し、潜入調査が開始した。

 

 

 美濃学園の夏休みは九月に入ってからであるため、八月中旬のこの時期はまだ登校期間なのである。そして一学年が五クラスずつの構成となっており、A〜Eのアルファベットでクラス分けがなされている。

 そして今日、三年Cクラスへと新たな転校生がやって来ていた。名前は新木優一郎。三年のこの時期に転校してくる生徒はとても稀なため、他の生徒たちは優一郎へととてつもない興味を抱いていた。

 しかし、生徒たちが抱いている興味の大半は、優一郎のあまりにも一般人離れした顔面の美しさによるもの。

 転校初日にして、優一郎の噂は学園中を駆け巡ったのだった。

 放課後、優一郎こと神宮寺は、事前に花火から教えられていた茜と桜がいる一年Aクラスへと向かう。すると、教室に現れた神宮寺へと男女構わず教室内の生徒が驚いたような視線を向けている。

 やはり神宮寺も男であるため、黄色い声援を飛ばされて嫌な気分はしない。今まで学校にまともに行っていなかった分、堂々とそう言った声援を送られることはなく、聖界学園では割り振られたクラスの評価でその人の見る目が決まってしまうため、神宮寺の人気は白葉や花火に比べるとないに等しかった。そのため、今はむしろこの状況が面白くなって来てしまった神宮寺は、目の前の生徒たちに見せつけるように髪をかき上げ、制服の第二ボタンを外して自身の首筋を見せびらかす。

 その光景を目にした女子たちは黄色い声援というよりも叫び声に近い声を上げて嬉しそうに騒ぎ立てる。

「ちょっとあんた何やってんのよ?」

「お久しぶりです、神宮寺さん。元気そうでなによりです」

 見覚えのある二人の少女が神宮寺の下へ近づいてきた。聖界学園の制服は主に白と黒なため、美濃学園の青い制服を来ている茜と桜からはいつもと違った雰囲気が醸し出されている。

「二人とも制服似合ってんな」

「あっそう?ありがとう———って、そうじゃなくて、ちょっと来て!」

 桜は強引に神宮寺の腕を引くと、人気の少ない廊下へと連れて来た。

「あんたさ、私たちの目的分かってんの?」

「情報収集のための潜入だろ?」

 桜は隠そうともせず大きくため息をつく。

「分かってんなら、もっと目立たないようにしなさいよね。まったく、わざと目立つような真似して、こっちの迷惑も考えて欲しいわけ」

「まぁまぁ落ち着いてください、桜ちゃん」

 だんだんと勢いが増していく桜を宥めるように茜が口を開く。

「神宮寺さんが目立ってしまうのは仕方ないことだと思います」

 そうどこか恥ずかしそうな表情を見せて言葉を発した茜だったが、次の瞬間、別人のように視線が冷たくなる。

「けれど、先ほどのわざと目立とうとした件については、心の底から反省して欲しいですね。面白半分で女子生徒をたぶらかす行為は、生徒会として見過ごせないものがありますから」

「ちょっ、ちょっと茜・・・・・大丈夫?」

 夏だと言うのに、以上に三人の空間が冷えていく感覚がするのはきっと気のせいだろう。

 先ほどまで少し冷静さを欠いていた桜はいつの間にか冷静さを取り戻し、初めて見る茜の冷酷な視線に戸惑いを抱いている。

「大丈夫ですよ。私は冷静です」

 そう言う茜の瞳には、とてつもない怒りの感情が浮かんでいた。

「とまぁ、この話は一先ずここまでにして、私たちがここ一週間で掴んだ情報についてお話しします」

「そ、そうね。それじゃあまず初めに結論から言うと、既に私たちはこの学園で人身売買的な行為が行われている証拠を掴んでいるわ。この動画を見てちょうだい」

 そう言って、桜は神宮寺へと携帯を見せて来た。そこには、スキンヘッドの男子生徒とその取り巻きの五人に囲まれた生徒二、三人が中央に正座させられた状態で暴力を一方的に振られた挙句、何やら紙にサインをさせられている映像が載っていた。

「これが取引の現場ってことか?」

「そう考えて間違いないでしょうね。実際この映像に載ってるサインさせられた生徒二人に話を聞いたところ、泣きながら話してくれたわ」

 桜と茜の話によると、被害に遭ったと思われる生徒二人に接触した際、始めは何も話してはくれなかったとのこと。しかし、半ば脅迫に近いことをしたところ泣きながら話してくれたらしい。

 その内容は、スキンヘッドの男子生徒の名前は伊藤信也と言い、カモになりそうな生徒を見つけては高値を付けて人間を買わせようとしてくるらしい。皆、その内容に理解が追いつかず断ろうとするのだが、断った瞬間、首を縦に振るまでの間永遠と暴力が繰り返されるのだと言う。その結果、サインをしてしまう。サインしてしまったら最後、意思とは関係なくても、サインした者は伊藤信也の共犯者となってしまう。そのため、警察などにも助けを求めることができないのだ。

「だからまぁ、正直なところあんたが助っ人で来てくれて助かったわ。こいつと接触するにしても、男子五、六人を相手にするのはできないからね。その分あんたなら何の心配もないでしょ?」

「まぁそうだけどよ。なんかお前、オレへの当たりが優しくなってねぇか?」

「それは、そうでしょ。花火姉さんから話を聞いたけど、白葉先輩を見捨てずに、むしろ血だらけになってでも助けようとしただなんて・・・・・あんたのことを、信用しないわけにはいかないじゃない」

 茜はとても愛おしそうに神宮寺のことを見つめ、桜の言葉に頷いている。

「知ってるとは思うけど、オレは先輩と旅行祭のグループを組みたいからな。だから助けようとしたし、今もそのために動いてる」

「だとしてもね。どの道あんたは誰かのために命を張れる人なんだよ」

「まっ、よく思われるなら、それに越したことはねぇけどよ」

 素直になれない神宮寺を見て、呆れ気味に微笑む桜。

「あっそう。まぁあんたを褒めるのはここまでにして、明日の昼休みに伊藤信也と接触するわよ」

「オーケー。いよいよ明日、国も知らない闇組織の一旦に触れるってわけだ」

 

 

 次の日の昼休み。神宮寺、茜、桜は三年Aクラスへと乗り込み、伊藤信也の下を訪れていた。

「お前が伊藤信也だな」

「転校生が俺に何の用だ?」

「お前の商売に興味があってな、放課後時間もらえるか?」

 その言葉を聞いた信也がニヤリとゲスい笑みを浮かべる。

「ほほう。自ら俺の商売に関わろうとする奴は初めてだな。面白い奴だ。ただ一つ聞きたい、誰から俺の商売のことを聞いた?」

 契約書には第三者への情報開示を認めないという記載がされているため、普通なら情報が漏れることはない。

「この際、誰でもいいだろ?今お前の目の前に、こうして興味を持ってる奴が現れてるんだからよ」

「それもそうだな。そうとなりゃあ、放課後、第三体育館の裏にこいや」

 ニヤついた笑みを崩さないまま、信也は神宮寺へと耳打ちをする。

「分かった。いい取引をさせてくれることを期待してるぜ」

「おうおう、お前おもろいな。そんで、その後ろにいる女子二人も俺の商売に興味があんのか?可愛い顔してえげつないな」

「フッ、誰しも人は見かけによらねぇからな」

「それじゃあ、放課後待ってるからな」

 伊藤信也という男は、かなりイカれた人物であったが、神宮寺もまた本質はサイコパスであるため、信也に気に入られたようだった。

 

 そして放課後となり、神宮寺たち三人は第三体育館裏へと足を運んだ。

 そこには映像と同じく伊藤信也とその取り巻き五人が待ち構えていた。一つ違う点は、信也の目の前に机が一つ置かれており、その上に三枚の契約書とペンが用意されていた。

「よく来てくれたな転校生。まずは名前を聞いておこうか」

「新木優一郎。まぁ、気軽な呼び方で呼んでくれ」

「そんなら、優一郎だな。じゃあ優一郎、まずはそこに置いてある契約書にサインしてくれ。話はその後だ」

 そう言われて、神宮寺たちは契約書に偽名を記載した後、自身の指紋で契約書に印を押した。

「書けたぞ」

「どれどれ?」

 そう言い真剣に神宮寺たちが記載した契約書を確認する信也。

「オッケー、それじゃあいよいよ本題の人身売買といきますかい」

「その前に聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「おおう。何でも聞け」

「それじゃあ遠慮なく。お前が売ってる人間の仕入れ先はどこだ?」

 その質問をした瞬間、信也の顔から笑顔が消えた。

「んなことお前に関係ないだろ」

「いいから答えろ」

「・・・・・優一郎、いや転校生。お前一体何が目的だ?」

 神宮寺は恐れも知らずに信也の目の前まで歩み寄る。

「今はオレの番だ。質問に答えろよ、ハゲ」

「はっ、喧嘩がしたいんなら早く言えよ。おい、後ろの女ども押さえとけ」

 茜と桜の腕は屈強な男たちにがっしりと捕まえられて、容易に身動きが取れない状態となってしまった。

「いいか?一応喧嘩とは言ったがこれから始まるのは一方的な暴行だ。女を傷つけられたくなかったら、大人しくしてろよ。俺を揶揄うと痛い目に遭うっつうことを身をもって実感してもらわねぇといけないからな」

 直後、素人の身のこなしで大きく振り上げられた信也の拳が神宮寺の顔面へと直撃した。

 茜と桜でさえ捉えることができた信也の拳を自らまともに受けた神宮寺は、たったの一撃で気を失いその場に倒れ込んでしまった。

「はっは、おい口ほどにもねぇな。こんなに弱いくせにイキがってたのか。まぁ、女の手前、引くに引けなかったのかも知れねぇな」

 気を失った神宮寺を見下ろし、更に調子づく信也。

「ちょっと嘘でしょ?あんたがそんな簡単にやられるはずないじゃない。ねぇふざけてるんでしょ?・・・・・ねぇってば!」

 拘束されている腕を必死に振り解こうとするが、桜の力ではびくともしない。

 一方茜は、茫然とした様子で倒れた神宮寺の姿を見つめていた。

 すると次の瞬間、桜と茜を拘束していた男たちがバタバタと倒れ始めた。拘束されていた茜と桜はもちろん、信也も目の前で起きている出来事を処理しきれていない様子。

 先ほどまで勝ち誇った笑みで満たされていた信也の顔面は、気がつけば恐怖の色が滲み出ていた。

 そんな状況の中、地に伏していたはずの一人の男が立ち上がる。

「安心しろ、気絶させただけだ」

「は?」

 神宮寺の言葉の意味が理解できなかった信也は、恐怖と怒りが混ざり合ったような感情を曝け出す。

「さてと、どの道一発は殴らせてやるつもりだったが、ぬるすぎて話にならないな。いいか?拳ってのは、こう打ち込むんだよっ」

 神宮寺が繰り出した拳が信也の腹部にめり込むと、その場にしゃがみ込み悶絶している。

「お前には聞かなきゃいけないことがあるからな、手加減してやった。感謝しろよ」

 その様子を見ていた茜と桜がほっとした様子で笑みをこぼしている。

「まったく、心配させないでよね」

「本当ですよ」

「忠告だ。オレはこれから死なない程度にお前を痛めつけていく。オレの質問に答えたくなったら、言ってくれ」

 そうして神宮寺が血管を浮き彫りにして拳を握り込んだ瞬間、身震いした信也が地面に額を擦り付けた。

「マジで、マジで勘弁してくれ。あんな攻撃何発もなんて耐えられるわけがねぇ」

 その後の信也は、人が変わったようにペラペラと神宮寺の質問に対して解答していった。

 まず始めに聞き出したのは人身売買の資源である人間の調達先について。

 先日警察が突き止めた黒ずくめの男たちのアジトは、dと名乗る組織が使用していたそうだ。Demon、Diabloなど、非人道的な行いをしていたことからそのような意味でdと呼ばれていたし、自分たちでも呼称していたようだ。

 信也はある日、マクシムと名乗る小柄な男性に声をかけられたのがきっかけで人身売買に手を染め始めた。始めは三万円ほどの値段で人間を販売していたため軽い気持ちで購入してしまったところ、買った人間は性奴隷にも精神旅行を楽しむ道具でもあることに気がつき、気がつけばハマってしまったのだ。そして、財布事情が厳しくなり借金をしようかと考えていた矢先に、アジトで購入した人間を更に学園内で売り捌けば儲けられるという話を聞かされ今に至るとのこと。

 この話から、花火が睨んだ通り白葉を連れ去った犯人と美濃学園に繋がりがあったことが証明された。

 そしてその後の信也の話では、dの組織は神宮寺の推測通り高値を付けた人間に関しては、オークションと名のつく場で商売が行われるとのこと。

 そして今日から十二日後にオークションが開催される。

 そして今回のオークションはいつもとは一味違ったものとなっている。

「見てみろ」

 信也は自身の携帯の画面を神宮寺たちへと見せる。

 開かれていたページは、d組織が運営している闇サイト。

「アジトの顧客となることが条件で入会できるサイトなんだよ」

「要するにお前は、dが売ってる人間を買ったことで顧客となったってことか」

「ああ。それでこれがオークションに出品される人間たちなんだが、今回の目玉がこれだ」

 更にページをスライドさせていくと、真っ白な仮面を付けた白髪の少女の画像が出てきた。

「ビンゴだな。それで、このオークションが行われる場所は?」

「場所は俺たちには伝えられねぇんだ。闇サイトに入会する際、自分の貯金額とその証拠となる画像を添付する必要があるんだが、現地に出向いてオークションに参加できるのは貯金額が五千万円を越している金持ち連中だけ。俺たちみたいな貧乏人は、携帯抱えてオークション映像を眺めるってわけだ。まぁ、競馬見たく、どの商品がどの値段で売られるか俺たち観客は投票して、観客の中で一番予想金額が実際の金額に近かった奴に落札値段の一パーセントが支給される制度もあるから、一度dの組織にハマった奴は中々抜け出せねぇってわけよ」

 神宮寺は信也から携帯を奪うと、色々と画面を操作し始める。

「貯金額の設定は後からでも変えられるんじゃないのか?金を稼ぐことが第一の連中が、そこに制限をかけるなんて考えにくいからな」

「お前本当に頭が切れるな」

 信也は少し感心した様子で口を開く。

「お前の言う通り、条件を満たせばいつでもオークションに参加できる」

「そう言うことなら何も問題ないわね」

 すると、先ほどまで信也と神宮寺の会話を眺めているだけだった桜が発言する。

「生徒会は国からの依頼をこなしているからその貯金があるわ。五千万なんて豆粒程度よ」

 どこか自慢げに語る桜だが、決して桜だけで稼いだお金ではない。むしろ花火たちの方が活躍している場の方が多い。

「それじゃあ、オークションが終わるまでお前の携帯はオレたちが預かるってことで」

「は?何言ってんだよ!んなこと許可するわけないだろうが」

「お前、自分の立場をよく考えて発言しろよ」

 その瞬間、信也は蛇に睨まれた蛙のようになってしまった。

「分かった分かった。その代わり必ず返せよ」

「オッケー。そんじゃあとりあえず、パスワードを教えろ」

 そうして美濃学園への潜入調査は終了し、その結果を生徒会メンバーにすぐさま報告した。

 後日、計三億近くある生徒会の預金口座の画像を新たに闇サイトの貯金額設定欄に設定し、その数日後にオークションが開催される詳細な日時と場所がサイト上に添付された。

 

 

 オークション当日。場所:カーディナルホテル。

 時刻はオークション開催五分前の十一時五十五分を回っていた。

 赤ワインのような色を帯びる会場内には、入り口から舞台まで約五十段近くある階段が存在し、階段の一段一段に沿うように横一列に数多くの座席が設けられている。

 生徒会メンバーでオークションに参加しているのは神宮寺と花火のみ、後の四名は会場の外で待機していた。

 明日は旅行祭一日目。神宮寺は今日、なんとしてでも白葉を救い出し、グループを組むことを強く決意していた。

「初めてスーツを着たけどよ、なんていうか動きにくいしムズムズするな」

「我慢しなさい。会場入りの条件としてドレスアップがあるのだから仕方ないわ。始まるわよ」

 舞台を塞いでいた真っ赤なカーテンが左右に開かれ、巨大な舞台が姿を見せる。

 舞台の中央には小柄な男性と、その少し斜め後ろに大柄な男性が立っている。マクシムとジーベルだ。二人はサーカス団員のような一際目立つ派手な衣装で登場し、サングラスの代わりに目の周辺だけを隠す白い仮面を付けている。

「本日は、ワタシどもdの組織が運営するオークションにご参加くださりありがとうございます。ショーのラストにはとっておきの商品をご用意してありますので、楽しみにお待ちください」

 小柄な男性がマイクを片手に、巨大な会場全体に響き渡る声量で始まりの挨拶を告げる。

「それではまず、こちらの商品からです!」

 このオークションには容赦や能力などに優れた人間だけでなく、白葉見たく白髪という珍しい見た目や浅宮のように珍しい力を持っている一部のマニアが喜ぶような人間たちも商品として出品されている。むしろ、ただ優れているだけでなく、珍しい要素を兼ね備えている人間を多く商品としてオークションに出品している。

 そして今第一に現れた商品は、生まれつき目が不自由でありながら嗅覚のみで周囲の状況を正確に判断することができる人間。

「入札価格は百万円から参りましょう」

 そうして次々と客席から白い札が上がり、ものすごい勢いで値段が急上昇していく。

「落札!」

 カカンッという音と同時にマクシムの声が会場内に響き渡る。

「 R氏がこの商品を一億円で落札致しました」

 すると会場中から示し合わせたかのように盛大な拍手が巻き起こる。

 まさに常連。そんな様子を伺わせる光景だった。

「一億円って・・・・・冗談でしょ?」

 花火が驚いたように、かつ、軽蔑した様子で呟いた。

 オークション出場基準は貯金額五千万円から。しかし、それはあくまで基準であって落札するためには数億円という大金を用意する必要がある。

 その後も様々な珍しい特徴を持つ少年少女たちが舞台上に姿を見せては、大金を積まれて落札されていった。

 中でも最も高い落札価格は、十億円であった。

「ここにいる奴ら全員、頭おかしいな」

 神宮寺において、その言葉は自身にも当てはまる言葉だったが、そんな神宮寺から見ても狂っているほどこのオークション会場には人々の狂気を含んだ欲の感情がどよめいていた。

「それでは本日ラストの商品です!」

 そうして舞台に現れたのは、真っ白なドレスを着せられ肩くらいまでの白髪を煌びやかに靡かせた青い瞳を宿す少女。

 その瞬間、会場がどよめいた。それは彼女の美貌に驚いた証拠であると同時に、他の商品とは明らかに違うある部分に関して。

 そしてその少女を見て何やら慌てた様子を見せるマクシム。

「おやおや?仮面はどうしたのですかな?」

 他の商品たちは皆、画像にも載っている通り実際にも仮面を付けての登場だったのに対して、彼女・・・・・群雲白葉は、素顔を晒しての登場をした。

「白葉・・・・・」

 神宮寺の隣で下唇を噛み締め、小さく白葉の名前を呼ぶ花火。

 一向にざわめきが収まらない会場内。

「コホンッ。まぁいいでしょう。それでは彼女の入札価格は—————」

 そうマクシムが告げようとした時、客席から一人の男が立ち上がった。

「彼女はもしや、群雲白葉という名の人物ではあるまいか?」

 その瞬間、明らかにマクシムの表情が硬直した。

「は、はい〜。その通りでございます」

「全く、オークションの運営は何を考えている。よりにもよって、そんなやつをオークションに出そうとは」

 客の中には状況を理解できていないものと立ち上がった男と同じく呆れた様子を見せる者たちがいる。しまいには、席を立ち、出入り口へと向かう者の姿まで。

「そんな見た目だけの感情が欠落したガラクタなど、一円も出す価値などないわ!今回落札した商品全てをなかったことにしてもらおう」

 そう言って、発言をしていた一人の男が出ていくと続々と客たちが席を立って会場内を後にする。

「そんな————」

 マクシムは青ざめた表情で膝から崩れ落ちる。

「なんてことを・・・・・貴方のせいでワタシたちはもうお終いだっ」

 そう言うと、額の血管を浮き彫りに怒りを露わにした状態で、白葉へとピストルを構える。

「くっ⁉︎」

 しかしそのピストルは遠くから飛んできた硬い何かに弾き飛ばされてしまう。

「オレたちの・・・・・いや、オレの先輩を返してもらおうか」

「貴方は・・・・・ははっ、やはり生きてましたか、そうですかそうですか。ワタシどものこの無様な醜態、さぞ貴方にとってはいい眺めでしょうね」

 神宮寺は仮面を放り投げると、怒りをこもった笑みを浮かべて舞台上へと上がる。

 マクシムと向き合う。白葉を背にして庇うように—————

「いい眺めだと?ふざけるなよ。オレはお前のその気色悪い顔面をぐちゃぐちゃにしたくてたまんねぇんだよ」

「随分と物騒じゃありませんか?それでは、ワタシもただでくたばるわけにはいきませんな」

 マクシムは腰に手を回すと、一本のナイフを取り出す。そしてマクシムと連動するように、背後に構えていたジーベルもまた片手にピストルを、もう片方の手にナイフを構えた。

 

 白葉はこの時、助けに来てくれた神宮寺に対して希望を宿した瞳ではなく、全てを諦めてしまったような、そんな表情を浮かべていた。

 

 

 群雲 白葉。

 精神旅行が全国的に広まったのは約十年前のことだが、精神世界の存在が知られたのは更に何年も前からだ。

 これは、一人の霊媒師兼占い師の「人間の中には異世界が広がっている」という発言が発端となり、次々とそっち系の力を持つ人々のおかげで世間に精神世界という概念が定着して来た頃の話である。後に一般人の中にも精神旅行をすることで、他人の精神世界を覗くことができる者たちが現れるのだが、それはまだ先の話。

 この時には既に、精神世界の話題がテレビなどで持ちきりとなっていた。

 一見ごく普通の家庭で育った白葉は、幼少期に実の親から酷い暴力をふるわれて育った。来る日も来る日も暴力。しかし両親は表の顔はよく見せていたので決して顔を傷つけるようなことはしなかった。

 だからと言って両親は白葉のことを嫌っていたわけではない。可愛く、大切だと思う時もあった。ただ、仕事のストレスや家事のストレスなどが溜まってしまった際にその捌け口にされていたと言うだけ。たまに、テーマパークや食事などに連れて行ってくれることもあった。側から見れば、それは仲のいい家族に見えたことだろう。

 そしてある水族館へ家族で出かけた時のこと。館内でピシッとスーツを着こなし、エリートらしき男性に声をかけられた。この出来事が、後に両親が白葉を嫌う原因となる。

 水族館で声をかけてきた男性は、白葉の美しい見た目を高く評価して「テレビに出てみませんか?」と持ちかけてきたらしい。いわゆるスカウトというやつだ。

 当然まだ幼かった白葉には最終的な決定権はなく、両親は目を輝かせて了承した。

 それからというもの、連日その可愛さゆえに様々なバラエティやドラマのちょい役などに引っ張りダコとなっていた。そしてバラエティに出演する際、必ず話題に上がるのが、白葉の白髪について。精神世界の話題が世界に浸透し始めてから約五年から十年の時が経っているため、白髪の人間が宿す精神世界の貴重さが普遍的な事実となっていたのだ。

 生まれつき白髪の人間は滅多に現れないためそれだけでも十分貴重なのだが、白髪を持って生まれた人間の精神世界は、上下左右が真っ白な天井と床、壁に覆われた空間となっており、とても綺麗な純白を意味するとされ、とても貴重な存在とされている。普通の人間の精神世界は、空があり、土やコンクリートでできた地面があるなど、世界と名のつく通りの作りになっている。しかしそれは、その人間の構成要素の集合体がそのような形をとっているといういわゆる不純物が含まれた状態であるとされている。

 白葉はまるで芸術品かのような扱いをされて人気が急上昇していった。そしてテレビに出るようになってからと言うもの、白葉の両親は人が変わったように一切の暴力をふらなくなり、外でも内でもまるで白葉をお姫様のようにそれはそれは大切に扱った。

 ところがある日、白葉は突如テレビから姿を消した。

 理由は、精神旅行である。

 世界に精神旅行が広まるのはまだ先の話だが、白葉が五歳の頃には他人の精神世界に入る研究、つまり精神旅行を実現する研究を、当時志門という男が取り組んでいた。

 そしてまだ試作段階である精神旅行を成立させる装置を数台完成させ、今後の研究のために莫大な資金を必要とした志門が試作段階の装置たちを金を持つ財界人どもに売り捌いた。試作品とは言えど、どういう方法を使ったのかは不明だが、既に人体実験は済んでいるらしく問題なく作動するとのことで、金持ち連中は大喜びだった。

 そうして装置を手に入れた連中が目をつけたのが、当時テレビで有名人となっていた白髪の美少女『群雲白葉』であった。

 財界人の連中はこぞって白葉の両親にアポを取り、金が流れ込むことに目がくらんだ白葉の両親は、白葉の精神世界を商品のように売り出して行った。この時も、当然白葉に選択権はない。

 しかしこの時問題が生じた。それは、白葉の精神世界に精神旅行した者たちが次々と恐怖の表情を浮かべ、精神旅行後に決まって金を返せとせがんできたのである。当然両親は受け取った金を返すはずがなかった。

 勿論連中もそれで引き下がるはずもなく、財界人の連中の間で噂は瞬く間に広がっていき、群雲家に連日ヤクザが押し掛けるという騒動に発展した。そのことで白葉はいつしかテレビから姿を消し、両親は心の底から白葉を憎み殺すつもりで暴力をふるい始めた。

 危険を感じた隣人が警察に通報してくれたことで白葉の命は守られ、その後は養護施設での暮らしとなった。

 白葉の精神世界に存在するある空間に、体中が傷だらけで光をなくした瞳を向けて真顔で死んだように立ち尽くしている白葉の像が存在している。そしてその像の周囲の空間はどす黒く埋め尽くされているのだという。そのあまりの悍ましさを目撃した連中が白葉に恐怖を抱いたと言うわけだ。

 純白の空間に似合わない黒い空間と白葉の像。これが意味するものとは、これまで白葉に与えられた精神的かつ物理的な苦痛の証拠と感情の欠落である。

 時々与えられた両親からの愛情により、愛情を理解する心は少しだけはあるが、両親に対する自己防衛本能により感情を押し殺すことに慣れてしまった。それゆえに、群雲白葉は感情の欠落した人形となってしまった。

 そうして出来上がったのが、わざとらしく誰よりも明るく笑顔を振り撒くフレンドリーな群雲白葉である。

 

 

 知られてしまう・・・・・一番自分という存在を知って欲しくない人に知られてしまった。

 オークションの客として立ち上がった男が放った「感情の欠落したガラクタ」という言葉は、彼の耳にも届いていただろう。

 きっと、この件が片付いたら彼は白葉にことの全てを聞いてくる。そうなってしまえば、白葉の儚い初恋は拒絶の二文字で幕を閉じてしまう。

 これは既に、避けようのない未来なのだ。

 

 神宮寺はマクシムとジーベルの素人に毛の生えたナイフ捌きをあっさりと交わすと、相手の手首に狙いを定めて手からナイフを落とさせる。

「なんという—————グフッ⁉︎」

 神宮寺は素早くマクシムの喉を潰した後、痛みで地面に跪くマクシムの脳天を踵落としでかち割った。

「誰かに似てると思ったら、そっくりじゃ——」

 ジーベルの言葉が正確に神宮寺の耳に届く前に、神宮寺の伸ばされた足がジーベルの喉も潰し、素早く体勢を変えた後ろ回し蹴りがジーベルの頭を地面へと叩きつけて意識を刈り取った。

「さてと、本当なら精神世界を壊してやりてぇところだが、首輪もあるしそれはやめといてやる」

 そう寝そべるマクシムとジーベルに告げると、神宮寺は白葉の方を向く。

「神宮寺くん。どうして私なんかを助けに来たの?」

 生徒会の仲間だから、生徒会の意思だからと言われてしまえばそれまでの質問。

「言っただろ?オレは先輩とグループを組むって」

 思わぬ解答に顔を上げる白葉。すると、初めて少し神宮寺が照れたように言葉を発した。

 そう、神宮寺はこの最高のチャンスを逃すまいと必死なのだ。

「オレが旅するまでは、他の誰にも先輩の精神世界を渡す気なんてないんでね」

 光をなくしていた白葉の瞳に光が灯り、頬がリンゴのように真っ赤に染まった。

 白葉とて分かってはいる。求められているのは、自分の精神世界なのだと。だけど、それでも、喜ばずにはいられなかった。

「神宮寺くん。明日の旅行祭、私と一緒に楽しもうか」

 白葉は覚悟を決めて、旅行祭に挑むことにした。

 

 

 白葉誘拐の騒動は、無事、白葉救出で収まった。あの後オークション会場は、聖界学園の生徒会メンバーに通報を受けた警察が乗り込み、主犯と思われるマクシムとジーベルの逮捕に、商品とされていた人間たちを解放することにも成功した。結果、今回のオークションでは誰一人売られることなく事なきを得たが、マクシムたちが言っていたボスという存在を捕らえることまではできなかった。更に、マクシムとジーベルを捕らえた直後、二人は突然白目を剥いて植物状態となってしまったとのこと。誰の仕業なのかは今のところ捜査中だ。

 最後に、信也へと借りていたスマホを返却した。代価として信也の罪を警察に報告することはしなかったが、信也へと捜査の足が追いつくのは最早時間の問題だろう。

 

 

 旅行祭当日。

 学園の生徒全員が入ることのできる体育館の約五、六倍の面積を誇る無数のカプセルが置かれた白く無機質な部屋。

 その部屋には一学年から三学年の国宝クラスを抜いた全生徒が集まっており、各々が上半身を起こした状態でカプセルの中に身を置き、周囲にいる同じグループの者たち同士で雑談が繰り広げられている。

 その中には二人ほど、言い合いをする生徒の姿も・・・・・

「はぁ、どうしてこうなってしまったんだ。どうして君なんかと組んでしまったんだ」

 嘆きながら頭を抱える翔真。

「仕方ねぇだろ?神宮寺の返事を待ってたせいで誰とも組めなかったんだからよ。ていうか、なんであいつももっと早く断ってくれなかったんだよ!」

 少し神宮寺に対して腹を立てる天。

「僕から言わせれば、返事を待っていた君も君だけどね。そういう変な優しさは、君の長所でもあるけど短所でもある」

「まぁけど、お前がグループ組んでくれたおかげで助かったぜ、ありがとなっ」

 そう笑顔で元気よく感謝の気持ちを天は翔真へと伝える。

「君たちのせいで、元々僕と組んでくれていた人たちには悪いことをした。まぁ、その生徒たちも元々は花火に断られてしまって仕方なく組んだだけのメンバーだったが。それに生徒会のよしみだからと、断れなかった僕も僕だな」

「そんじゃもうすぐ始まるみてぇだし、もうそろメガネ外しといた方がいいんじゃねーか?」

「ふっ余計なお世話だ」

 そう言いつつも、翔真は丁寧にメガネを外してケースへとしまった。

 

 そしてこちらは、旅行祭本番を目前にちょっと興奮しすぎている様子の生徒が一人。

「結構色々な男子たちに言い寄られていたみたいですけど、私を選んでくれてすごく嬉しいです!花火姉さん」

 巨大な広さを要しているため、室内に響き渡るほどではないが、周囲で会話している生徒たちの多くがはしゃぐ桜へと視線を向けている。

「もうすぐ始まるわ。大人しくしてなさい」

 まるで可愛い妹を見るような目を桜へと向ける花火。桜が花火を慕っているのと同様に、花火も桜のことをとても可愛く思っている。

「そうですね。あっそうだ、その人は花火姉さんのお友達なんですか?」

「そうよ。彼女は————」

 花火、桜、そしてもう一人のグループメンバーである生徒の紹介をしようとしたところでそれをその生徒が制止する。

「大丈夫だよ花火ちゃん。自己紹介するね。私は九重 未来。花火ちゃんは私の恩人であり、尊敬できる人です。私は花火ちゃんのおかげで二年生になって美クラスから聖クラスへと上がれたんですから」

 その話を聞いて、更に目を輝かせて花火を見つめる桜。

「まぁだから今回の旅行祭は、彼女の精神世界を私なりに評価するためのものでもあるの」

「私も一応は聖クラスですから、思う存分楽しんでくださいっ、花火姉さん!」

「ええ、楽しませてもらうわ」

 いつもはツンケンしている桜だが、名と同じ色のふわふわとしたツインテールにしている髪をゆらゆらと揺らしながら可愛く頬を染めて微笑む姿は、花火と未来までも笑顔にさせていた。

 

 一方こちらの空間は、落ち着いた空気に包まれている様子。

「本日はよろしくお願いしますね、神宮寺さん。白葉さん」

「よろしくね〜」

「ああ。それより、いつの間にオレのこと名前呼びするようになったんだ?」

 不意に茜は驚いた表情で軽く頬を赤らめる。

 そして上目遣いをして————

「ダメ・・・・・でしたか?」

「いいや、気になっただけだよ。呼びたいならいくらでも呼んでくれ」

「はい。遠慮なく」

 二人のやりとりをどこか羨ましそうに見ている白葉。

「うーん?お二人さんいちゃついてるね。お姉さん嫉妬しちゃうな〜」

「べっ別にいちゃついてはいませんよ。ね?」

 そう茜が神宮寺へ解答を求める。

「まぁ、オレは経験あんまりねぇからいちゃつくのがなんなのか分かんねぇけどな。ただまぁ、嫉妬っていうならオレに浴びせられてる男どもの嫉妬の眼差しはかなりしんどいな」

 白葉は昔テレビにも出ていた有名人。突然テレビから姿を消した理由を知らない者たちがこぞって白葉に近づこうとするのは最早自然現象。そしてそんな男どもが求める白葉を、今独り占めしている神宮寺へと怒りの込められた嫉妬の視線が様々な箇所から送られている。

「ごめんね。それに関して私はどうすることもできないや。だけど、私はあの人たちには興味なんてないからね!」

 なぜか視線を浴びせてくる男子たちへの興味皆無を強く神宮寺へと主張する白葉。

「それよりも、先ほど言っていた経験とは、恋愛の経験ですよね?あまりないとはどのくらいないのですか?少しはあるということなんでしょうか?」

 薄く笑みを浮かべているはずの茜の表情は、なぜだか神宮寺にとっては少し身の毛もよだつ何かを感じだ。

「なんだよ急に?」

「急にじゃないよ〜」

 すると、白葉までもカプセルから一度立ち上がって神宮寺へと妙に威圧感のある顔を近づける。

「まっまぁ、あんまりっていうか・・・・・」

「「ていうか?」」

 茜と白葉は、ほぼ同時に言葉を発した。

 いつもはクールかつサイコパスな神宮寺だが、妙なプレッシャーのせいで心拍数が上昇し、額に汗が滲んでいる気がする。

「・・・・・ゼロだ」

 流石の神宮寺でも高校二年生になってまで恋愛経験の一つや二つないことを明かすのは、骨が折れた。

 しかし、その発言を聞いた茜と白葉の表情はとても明るくなり、とても嬉しそうな様子である。

「うんうん。それじゃあもうすぐ始まるみたいだし、切り替えよっか」

「ですね。けれど・・・・・いい話が聞けてよかったです」

 最後にボソッと呟いた茜の囁きは、誰にも聞こえることはなかった。

 

 いよいよ旅行祭が始まる。

 生徒全員が起こしていた上半身を寝かせて、カプセルの扉のみが空いている状態となっている。

「今回の旅行祭は三日間。三人グループのみなさんは、それぞれの精神旅行を一泊二日ずつ繰り返し、二人一組のみなさんはお互いの精神世界を三日間楽しんでください」

 部屋全体に、校長の優しい声が響き渡る。

「それではみなさん、いってらっしゃい」

 校長の合図で、無数にあるカプセルの扉が一斉に閉められ、カプセル内は真っ白な煙に包まれた。

 生徒たちは眠りにつくと同時に、コネクトした存在の精神世界へと旅立って行った。

 

 

 そこは上下左右が真っ白に染められた永遠と続いているかに思える空間。

 神宮寺がまず初めに目にしたのは、そこら中に飛んでいる体の透けた鳥のような魚にも似た存在だった。その存在の透けた体の中にはキラキラと輝く金色の粉が存在しており、まさに未知の幻想的な光景だった。

 そしてその数百体はいるだろう謎の存在たちが神宮寺を自分たちの背中に乗せて空を飛んでいく。すると、次第に青紫色の雲に包まれたお城のような建物が見えてくる。建物の頂上には金色の鐘がついており、神宮寺の旅を祝福するかのようにその鐘がゴォーンゴォーンと鈍い音を立て始めた。

 音と連動して青紫色の雲がだんだんと膨れ上がっていき、神宮寺が見える範囲一帯を雲全体で覆い隠すと、突然全ての雲が銀色の雪となり空間一面にパラパラと降り始め、それと同時に先ほどまでは姿形もなかった立ち並ぶ様々な店や街ゆく人々が現れた。

 空中には金色に輝く生き物が、地上には銀色の景色が広がった。

 そして先ほどまで雲に支えられて宙に浮いていた純白のお城がゆっくりと地上へと降り、門の前へと神宮寺は謎の生物に運ばれた。

「これだけの精神世界なら、正直、色んな奴が狙おうとするのも無理ないな。だけど———」

 神宮寺には一つ気になることがあった。それは、オークション会場に潜り込んだ際に偶然耳にした「感情の欠落したガラクタ」という言葉の意味について。

 正直、ここまでの世界の持ち主をガラクタ呼ばわりする理由とは何なのだろうか?

 白葉自身も何か後ろめたいことがあるかのように自身の精神世界を他人に見せることを強く拒んでいる様子だった。

 一見今見た景色の中でその理由に該当しそうな要素は見当たらなかった。しかし、この文句のつけようもない素晴らしい景色は、見方を変えればどこからどう見ても欠点などないように見せているとも取れる。つまり、わざと素晴らしき世界のイメージを作り出そうとしているということ。

 いや、流石に考えすぎだと思い城の扉を開けると、神宮寺の目の前には目を疑う光景が広がっていた。

 扉の先には、立派なお城の外見からは想像もつかない小さな一部屋が存在しているだけだった。その部屋は橙色の灯りに照らされ、中央に長方形の机にその左右に椅子が置かれて、二つの椅子の間には子供用の小さな椅子が置かれていた。更に、左右の椅子には二十代中頃から後半の年ほどの男女が優しく微笑みの表情を浮かべて座っていた。

「何だここ?———このおっさん・・・・・」

 神宮寺はまるで人形のように椅子に腰掛ける男性の顔を見て、ふと誰かの顔が浮かんだ。その人物は、白葉だった。男性は、白葉とよく似た顔つきをしていたのだ。更に、その反対側に座る女性も綺麗な顔をしており、笑った顔がどこか白葉に似ているのである。

「まさか、先輩の両親か?」

 そう呟くと、神宮寺は部屋の奥に存在したドアノブのついた扉に視線を向ける。

 扉に近づきドアノブに手をかけると、ゆっくりと扉を開ける。

「っ⁉︎」

 その先に広がっていたあまりの光景に一瞬動揺して、一度両親へと視線を向ける。

「これってつまり・・・・・虐待ってことか」

 感情の欠落したガラクタ。その言葉が当てはまる光景が目の前にはあった。

 真っ黒く染められた灯りもない狭い部屋に立つ幼い白葉の姿。そんな幼い少女の体には打撲の後や刃物で切り裂いた後が無数に存在している。しかし、どういうわけか顔だけは無傷だったのだ。そんな白葉の青い瞳からは光が失われていた。先を見ているようで、目が合うようで何も見てはいない。ただ白葉の瞳に映るのは闇そのもの。

「先輩が見られたくなかったものはこれだったのか」

 幸せそうに微笑む両親に残酷な表情を浮かべる幼い白葉の像。

 白葉はずっと、両親からの愛が欲しかったのだ。時々与えられた両親からの愛が、一生忘れられない白葉の大切な思い出となっていたのだ。

「はっ——————何だ、これ?」

 気がつくと、神宮寺は片方の目から涙をこぼしていた。

 今まで多くの人間の精神世界を壊してきた神宮寺だが、心が揺らぐことはなかった。いや、記憶上涙を流した経験などない。

 しかしこの胸に込み上げてくる謎の感情。自分は愛情を知っているようで知らない、そして何か大切なものを失ってしまったような絶望と苦痛の感覚。

「先輩のこの像に触れた途端、何かを思い出せそうな気がしたってことは、オレの欠落してる記憶ってのはあまりいいもんじゃないのかもな」

 神宮寺と白葉は、それぞれの精神世界にドス黒い闇を抱えているが、その種類は別物。しかし、この旅行祭というイベントを通して神宮寺と白葉は互いに気の許せる中になっていく。

 

 そうして白葉の次に茜の精神世界も同じく一泊二日の精神旅行を終えた神宮寺はゆっくりと現実世界で目を覚まし、意識を取り戻し始めた耳へとプシューッという微かな音が届く。それと同時に、ひんやりとした空気が頬を撫でた。

「おはようございます。そしてお帰りなさい。三日間の精神旅行お疲れ様でした」

 聞き覚えのある校長の声が室内に響き渡る。

 その後も校長は何かを話してはいたが、神宮寺は隣のカプセルで同じように目を覚ました白葉へと視線を向ける。

 すると、上半身を起こした白葉がどこか怯えて何かを覚悟している様子で神宮寺へと同じように視線を向けていた。

「先輩」

「はっはい」

 白葉の声は少しだけ震えていた。

 神宮寺はその様子を見て、自分らしくない安心させるような優しい笑顔を作る。

「先輩の精神世界最高だったよ」

 その言葉を聞いた白葉の目から、ポロポロと涙がこぼれ始めた。

「神宮寺くん・・・・・」

 白葉は養護施設に入るまで、両親や金持ち連中たちに絶望と苦痛を味合わされてきた。そして養護施設に入ってからもこれまでの生活による影響で、中々周囲の子供や大人たちと馴染めないでいた。

 月日は流れて、小学三年生となった白葉が施設にやって来てから約三年が経過していた。そんなある日、園長がヘッドフォン型の精神旅行装置を施設内に導入した。世間では、約一年前から精神旅行が普及し始めていた。園長は、精神旅行を通して中々みんなに馴染むことのできない白葉を馴染ませようとしたのだ。

 それから白葉は自分の精神世界を見せることはなかったが、園児たちの精神世界に入り込むことで精神世界を覗くことのできる力が手に入り、その景色を同時に模写することのできる特技に目覚めた。

 気がつけば白葉はみんなの人気者となり、成長に連なって周囲に嫌われないようにと、偽りの誰にでも気兼ねなく接する新たな自分の仮面を作り上げていった。

 十八歳になるまで多くの人と接し、数多くの精神世界を覗いてきた。そうして毎回思うのが、底知れない孤独。

 元々幼い頃にテレビに出ていた芸能人ということもあって、表面上は人気者となった白葉だが、羨ましいほどに闇のない精神世界を見れば見るほど自分との違いを悟る日々。私立聖界学園に入ってからは、その傾向はより顕著なものとなっていった。しかも、学園側は白葉の抱える闇を見ることなく評価したため、運良く聖クラスへと所属することとなった。

 作り物の自分、本当の姿など誰にも見せることはできない。決して受け入れてもらえないのだから。

 そうして聖界学園の綺麗な存在たちと日々を過ごしていく内に、過去の出来事を無意識に記憶の底へと押し込んでいった。

 そんな時見てしまった。転校生、希更木 神宮寺の自分など比較にならないほどの大きな闇で埋め尽くされた精神世界を。白葉は、神宮寺の精神世界を見たことがきっかけで昔の絶望と苦痛の記憶が一気にこみ上がり、恐怖に駆られて思わず悲鳴を上げてしまった。

 しかし、恐怖を思い出させた彼のことがその日以来気になって仕方がなかった。

 自分も、相当な辛い過去を生きてきたはず。それなのに、白葉とは比べ物にならないくらい残酷な闇の世界・・・・・一体あんな世界をどうしたら作り上げられるのか。気になってしまった。

 そうして神宮寺の姿を見かける度に目で追い、好奇心を抱いて接していく内に気がつけば好きになってしまっていた。

 そして、その気持ちに気がつけば気がつくほど、神宮寺に本当の自分を知られてしまう時のことが怖くて怖くて仕方なくなってしまった。

 だからこそ、精神旅行をしてもなお、いやする前よりも、見せたことのない優しい笑みを向けて受け入れてくれた彼のことが、愛おしくてたまらなかった。

 そして気がついた。

 自分の反対側からこちらに鋭い視線を向ける茜もまた、神宮寺に自分と同じ気持ちを抱いているのだと。

 この気持ちは誰にも悟らせない。

 けれど、誰にも負ける気などないと密かに心の中に誓いを立てた。

 

 この旅行際は、人によっては普段と変わらない仲のいい者との精神旅行を楽しみ、更に絆を深める場ともなったが、大半の者にとっては、普段は経験できない者の精神旅行を体験することのできた貴重な場となった。そして、極一部の者にとっては大きく人生に影響を与えることになった場となった。

 

 旅行祭は終わり、夏休みも今日で終わる。休み明けすぐの試験も終了すれば、次に待つのは文化祭の時期。

 そして今年の聖界学園は、この文化祭の期間を使って、少し趣旨を変えたあるイベントを企画していた。

 

 

 夏休みも終わり、九月の中旬に行われた定期試験も結果が発表された。

 この日の放課後、いよいよ聖界祭に向けた話し合いが生徒会で行われる予定となっていた。そのため、既に生徒会七名全員が生徒会室の席に着席している状態となっている。

 そうして花火の発言を合図に話し合いは始まっていく。

「それじゃあ、今年も聖界祭の話し合いを始めていくわ」

 聖界祭とは、他校で言うところの文化祭にあたるイベントである。

 例年では、もちろん食事系の屋台も多く見られたのだが、クラス内の特定の人物の精神世界を具現化して披露する演劇や、様々な楽器や合唱を混合させた音楽を披露する鑑賞会を催したり、精神世界をより洗練させたものにする研究の成果を発表する生徒などもいた。その他にも、独自で作った商品などを販売していたり、聖界祭のラストには男女が二人一組のペアとなり共にダンスを踊るなどのイベントも行われた。

 そのため、今年入学した茜とは違い、三年の白葉は密かに聖界祭の三日目の最終日に行われる男女混合ダンスの神宮寺とのペア権を狙っていたのである。

 しかし、その考えは次に発せられた花火の言葉であっさりと打ち砕かれる。

「とその前に、まず初めに言っておくわね。学園側の決定で今年は例年の聖界祭は行われないみたいなの。だから聖界祭と言うのは語弊があったわね。本来聖界祭が行われる三日間を使って別のイベントを行うそうよ」

 それを聞いて真っ先に立ち上がったのは白葉。驚いた表情を浮かべている。

「そのイベントってさ、聖界祭とは全くの別物ってこと?」

「ええそうよ。教員たちに話を聞いたところ、少しの屋台は出すそうだけれど、それだけね」

 白葉は気の抜けた様子で椅子に再び腰掛けた。

「それじゃあ、聖界祭の期間は一体何やるっていうんだよ?」

 天の質問を受け、花火は少し改まった様子で口を開く。

「超大物との交流会よ。突然向こうから学園にアポイントがあったらしくて、断ることができなかったため、文化祭に変わる交流会が行われることになったそうよ」

「と言うことはつまり、僕たち生徒会の役目は当日の対応に向けての計画策定や屋台の出店にあたる場所配置に仕入れ計画、そして資金繰りと言ったところかな」

「ええ、その通りよ」

 翔真はドヤ顔で自身のメガネに指先でそっと触れる。

「そんで、その大物ってのは一体誰なんだよ?まさか知らないわけないよな?」

「精神世界の存在を知ってる人間で知らない人はいないほど有名な人物よ」

 その瞬間、多少の緊張が空間内に流れ始めた。

「ミハエル・シェーラント。精神世界ギネス世界記録保持者その人よ」

「うそでしょ⁉︎そんな大物が内の学園に来るんですか?」

 まず初めに驚きの声を上げたのは桜だった。

「おいおいマジかよ。そりゃあ一大事じゃねぇか」

「・・・・・流石の僕も驚いてしまった。だけど本当に会えるのなら、これほど楽しみなことはない」

 そして天と翔真もそれぞれ驚きの声を上げている。茜も静かにしているが、表情だけは驚きに満ちた様子。

「それは流石に断れないかもね」

 そして同様の表情を白葉も浮かべている。

 しかしそんな中、一人とんでも発言をする者がいた。

「誰だそいつ?」

 神宮寺の発言に、生徒会全員が目を見開く。

「おいおい嘘だろ?ミハエルだぞ?お前テレビ見てねぇのかよ?」

「ちょっとそれは流石にありえないでしょ⁉︎」

「そんなことも知らないとはね。ミハエル・シェーラントとは、様々な尺度から精神世界を評価した結果、総合的に世界で一番美しい精神世界を持つとされた人物だ。君には一生手の届かない存在だよ」

 とても勝ち誇ったような笑みを浮かべてそう語る翔真。

「日下部くん。その発言はよくないわね」

 花火の指摘を受けて、すぐさま頭を下げる翔真。

「それにしても、ミハエル・シェーラントを知らないなんて、私も少し驚いたわ」

「悪いな知らなくて、オレはあいにく世間のことになんか興味なかったもんでよ」

 花火は少し呆れた様子でため息をつき、話を再開させる。

「話を続けさせてもらうわね。それと今回、ミハエル・シェーラントの来訪にあたって、国宝クラスの三名も交流会に参加することになったわ」

 通常国宝クラスの生徒は、その将来と身分が学園によって保障されており、国からも様々な尺度で精神世界鑑定が行われるため、生徒でありながらも国の宝として扱われているエリート集団。国宝と名のつくだけあって、そう易々と顔を合わせるような存在ではなく、授業などには一切参加していないし、学園の行事にも普段なら参加しない。その正体は国中に知れ渡っているため、普段は変装しての自由行動を義務付けられており、一人につき三名ほどの執事がついて身の回りのお世話を学園を卒業するまでの間担当してくれる。そして卒業した後は、聖クラス以上の自由な将来の道を選べる権利か、国に保存され、王侯貴族のような生活が約束されるかの二択を選ぶことが許されている。

「やべぇ、めっちゃテンション上がってきたな!」

「興奮する気持ちは分からなくもないけど、本番までの約三週間。私たちは私たちの役目を果たさなければならないわ。みんな気を引き締めて臨んでちょうだい」

 その後は解散となり、生徒会室には花火と白葉、神宮寺が残っていた。

「ねぇねぇ神宮寺くん。少し聞きたいんだけどさ」

 そう言って、ニヤニヤしながら白葉が神宮寺の隣の席に座った。

「今回の試験で学年一位だったってホント?」

 その時、わずかに花火の眉がピクリと動いた。

「さっきの日下部くんの態度。神宮寺くんにはいつもピリピリしてる気がするんだけどさ、今日のはなんて言うか、いつものとは違って見えたんだよね。神宮寺くんの無知を笑って優位に立とうとしてたっていうかさ」

 そんな白葉の推測は当たっていた。

 翔真は、頭がよく神経質なため、順位などはとても気にするタイプ。花火にはいつも負けてはいるものの、それは当然なことだと納得している。しかし、神宮寺は違う。自分よりも下だと思っていた奴が、憧れの花火の順位の上を行ってしまったのだ。悔しくないわけがない。

「白葉。その話は私が出て行った後にしてもらえるかしら?」

 花火は机の上に広げていた資料を片付け終え、出入り口の扉に手をかけたところでそう口にした。

「いじけてる花火ちゃんも可愛いね」

「いじけてなんか—————はぁ、いじけてはないけれど、まぁすごく悔しいわね。今回私は計五科目の試験で落とした点数はたったの八点だった。けれどまさか、貴方が満点を取るだなんて思わなかったわ。それに関しては先生方も驚いていたし、全くどうして貴方のような人が普クラスなのかわけが分からないわよ。この学園の試験で満点を取れるのなら、少なくても頭の良さは国宝クラスと大差がないと言っていいでしょうね」

 そう言って、重く疲れたため息をつく花火。

「それと白葉。気づいているのかいないのか知らないけど、貴方の今の発言、少し希更木くんと似た雰囲気を感じたわ」

 そう言って、白葉と神宮寺、二人に冷たい視線を向けながら生徒会室を後にした。

 二人きりとなった神宮寺は、この時不意に放った花火の一言が白葉の頬を赤く染めていることなど知る由もなかった。

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