第7話「三つの視点」

「何処の誰かと思えば、お前ら寺坂組か」


外に出ると事務所の敷地に足を踏み入れる男たちがいた。寺坂組の組員のようだ。

彼らからは穏やかじゃない空気が漂っている。


「組長の指示か?それとも親の言う事も聞けねえガキか?」


それぞれが武器を抜いたり、拳を構えたり。一人がにやりと笑って口を滑らせる。


「テメェ等の首を揃えれば、親父もカシラも土御門の権力者になるんや。

これで終いやぞ、若造共!」

「…質問にも答えられねえような単細胞の集まりだな。良いだろう。死なない程度に

あしらってやる。お前らの親には伝えてやるよ」


一を筆頭に幹部も構える。


「―子どもの我が儘にわざわざ付き合ってやった、とな」


挑発が合図となって火ぶたが切られた。一斉に全員が動いた。刃物を握っているが、

殺すつもりは毛頭ない。相手が殺す気であってもこちらが下手な事をすれば

真実を捻じ曲げて伝わる可能性がある。誰もが何としても仕留めたがっているのは

昴と聖真だった。特に聖真は一際小柄に見える。


「死ねやぁ!」


数人が聖真へと飛び掛かる。体格差、人数差、相手の方が上なのだから。遠目で

見ている悠斗は溜息を吐いた。


「無知は恐ろしい。僕なら絶対に喧嘩を吹っ掛けないよ」


一人が腹を抱えて蹲った。


「見ての通り、僕は小柄です。でも、舐められては困る」


大の男が悶絶している。声も上げられないようだ。その様子を見て、一は

感心する。聞いてはいたが、まともに彼らが戦う姿は見たことが無かった。

有名なプロの格闘家だったらしい。何故この世界に足を踏み入れたのか深い

事情は知らないが、幾つか試合を拝見した。

別の方向に目を向けると悶絶どころか既に何人もの男がノックアウト済みだった。


「来ないのか」


長身の男、昴はのびてる男の上に腰を下ろし、警戒するばかりで手を出さない

男たちを挑発する。とんでもない男たちを親父はスカウトしたものだ。そして

とんでもない兄を持った娘だと思った。確かに真姫に下手な事をすれば彼らから

制裁が与えられてしまいそうだ。


「俺たち、先、行ってて良いか」

「構わん。こっちもすぐに終わる。篤、車を出せ。行けるところまで

飛ばせ」

「了解。こっちだよ、二人共!出来る限り体力温存、ね?」


篤が車を運転し、昴と聖真の体力を出来る限り温存して向かわせる。車は

事務所を離れ、可能な限り速度を飛ばしていく。


「現役引退しても変わらないんだね、君たち」

「これぐらいしかありませんので。変わらない、ですかね?」


戦闘の絡まない時の聖真は余計に童顔に見える。阿座上町と呼ばれている

この町。順調に進んでいるが、突然の急ブレーキ。慣性の法則によって

ハンドルを握る篤も、後部座席に座る昴と聖真も前の座席やハンドルへ

倒れ込む。


「降りるぞ!」


篤が切羽詰まった声で指示を出した。車から降りた次の瞬間、爆発四散。

その爆発は祭り騒ぎを一瞬にして冷ました。後日、警察によって調査された。

幸運なことがある。死傷者ゼロ、そしてこの事件の調査をするのは長く

ヤクザ、極道たちを監視していた警察だった。


「土御門会、でしょうか」

「あぁ」

「神野…」

「違う。神野組をヤクザなんかと一緒にするな。彼らはこんな派手な殺しは

しない。少し間違えていればカタギを傷付けることになっていたからな」


女性の警官だが、彼女の能力は高く評価されている。彼女は見事、爆破事件の

犯人を言い当てた。


「こんなことをするのは最近揺れている寺坂組だ」

「寺坂組!?確かに、不穏な動きが目立ってますね。武器の密輸をしているとも…」


だが警察は明確な証拠が無ければ動くことが出来ない。それが相手も

分かっている。つまりこの話は噂で留まっている。最近、事件を起こして

連行される中国人が多い。自白する者がいた。彼は寺坂組の名前を

出したのだ。その直後に射殺された。お咎めなしで済んだ話。


「部長、貴方から見て今の状況はどうなのでしょうか」


裏社会の人間達が集まっている阿座上町に駐在する女性警官、否、刑事。

彼女は部長と呼ばれている。が、彼女はそう呼ばれたくないようだ。名前は

百合川 香澄、元・キャバ嬢という異色の経歴を持つ警官。


「知らないわよ、アタシは。暴れて人様に迷惑をかける奴なら逮捕する。

それが仕事でしょ」


ぶっきらぼうに部下の言葉に答えたが、彼女は知っていることがある。裏社会で

流れた懸賞首の話。金額は最初こそ一億円だったのだが、今は値上がりしている

らしい。二倍になったとか。場合によってはもっと額が大きくなるかもしれない。

より血眼になり、危険人物が暴れるかもしれない。


「アンタじゃない事を祈るわよ…」


誰とも知らない人間の無事を祈っている。全てはこの事件が始まりだった。

既に真姫に懸賞金を掛けた元凶がいたのだ。



寺坂組組長、寺坂譲司。彼が望むのは全ての極道を意のままに操ることが

出来る権力と如何なるものも手に入れられる金。それだけを目指して来た。

一億円だけでは欲求は満たされない。龍の宝を暴きたい。


「流石は次期会長と目される男、譲司さん。素晴らしい手腕です」


帰路につく車に組員ではない外部の人間が乗っている。運転する組員はその人間の

正体を組長に聞こうなどと思わない。誰だって構わないのか、何かしら知った人間の

身に何かあったと知っているのか。譲司よりも明らかに年下の男。組の代紋も

身に着けていない。


「それにしてもガードが堅い。龍の宝について我々も調べているのですが、

申し訳ございません」

「本当だな。だが許す。中国マフィアはどうした?」


仇花チョウファという中国マフィア。殺し屋組織と呼ぶべきか。そこと繋がりを

持つことが出来たのはこの男のお陰なのだ。外部から戦力を得る事が出来た。まずは

懸賞首である娘を手中に収める。


「動いていますよ。殺し屋も、捕らえることに成功しておりますが同時に

双璧と謳われる二人組も彼らのところへ向かっているとか」

「フン、あの小童共か。プロの殺し屋と同じ土俵に立てるとは思えんな。

捕らえることに成功しているのなら良しとしよう」


事は予想通りに進んでいるが、それすらも誰かの掌の上である。尤も、そんな

事実を知る由もない。


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Million True 花道優曇華 @snow1comer

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