第5話「二人の殺し屋」

「こうも武闘派が顔を揃えていると迫力が違うね」


姿を現した情報屋、八坂隼人。


「それじゃあ早速本題に入ろうか。君たち、かなりピンチだよ」

「ピンチだと?」


会合の為に席を外している組長、神野真一に代わりその右腕的存在である

カシラの遊馬 一が主だって会話をする。彼と対面する隼人は飄々とした

態度を崩さず自分が持っている情報を伝えた。ただで、全てを話すことは

無いようだが、彼は重要な部分を提示して見せる。


「寺坂組が動いている様だよ。彼ら、中国の殺し屋を雇ったようだね」

「わざわざ?」

「日本にも殺し屋はいるんですよね?遊馬さん」


聖真と昴は特に裏社会の歴史に疎い。つい最近までは表社会でしか

生きていなかったのだ。誰も彼らの無知を咎めない。


「殺し屋を育てる機関もあるほどだからな。腕前と金か」

「腕前、金?」

「会社に払うか、フリーランスに払うか、後は特定されやすいか否か。

彼のような情報屋に個人を特定されないように」


国内ならまだしも国外となると情報量が少なくなるらしい。隼人は何人もいる

情報屋の中でも凄腕だ。だからこうして的確な情報を提供できる。


「寺坂組の誤算は隼人さんの情報収集能力を甘く見ていたこと、ですかね」

「身に余る言葉だね、それは。それにしても寺坂組でしたか…」


寺坂組は土御門会の中でも強い権力を持っている。その若頭補佐たちの中で

今、誰が土御門の若頭になるか競争が行われている。組織に貢献できる者こそが

相応しいという考えに至り、全員が血眼になって真姫を狙っている。一億円の

賞金首を…。


「神野親分からの依頼で、真姫ちゃんの本当の親について探っているんだ。

そっちの方はまだまだ掴めていない」

「八坂さんでも難しいのか?」


明神麟太郎もまた隼人の実力を高く評価している。勝手だが、知らぬ情報は無いと

まで信じていた。それ故に掴めていないという言葉に驚いた。


「母親の方も何者かがほとんどの情報を揉み消している様だ。父親も然り。

ただ、矛盾した情報でごった返している。僕は正しい情報を依頼人に渡すのが仕事、

あやふやな情報を依頼人に流すわけにはいかないんだ。お金を貰っている以上ね」


全く情報が無いわけでは無いが、手に入れた情報同士に食い違い、矛盾が

起こっており、どれが真相なのか分からない状態だ。もっと情報を集めて整理

しなければ正しい情報を提供できない。


「それは兎も角、彼女がすぐに殺されるとは考えにくいよ」

「賞金が入る条件に彼女の生死は問われてない、ですよね。殺されても、

可笑しくない、否、不思議じゃない」


悠斗が最悪の状況を思い浮かべながら呟いた。


「かなり彼女は肝が据わっているらしい。敵を刺激しないように

徹している。…明後日、夜の七時に杉浦港って場所に向かって御覧。殺し屋と

殺し屋を手引きした人間が来るはずさ。彼女が本物の白椿真姫か、どうか」



誘拐された後、一体どのぐらいの時間が経過しているのだろうか。視界良好、

パッと見ここは車の中らしい。手足は拘束されている。それに口元にも布が

巻かれて声を上げるのは難しい。相手を刺激することは出来ないので上げたり

しないが…。体にかかる遠心力を頼りに道順を考える。今、右折した。

バックドアガラスから少しだけ景色が見える。

木梨町の交差点を右折して直進しているようだ。会話が聞こえる。日本語ではなく

別の国の言葉だ。急停止で真姫の体が大きく動いた。後部座席に叩きつけられた。

思わず呻き声が漏れてしまった。流石にこの密室だ。相手だって声に気付いている。


「起きちゃった?まさか知ってて、こんな急ブレーキしたのかよ。あんまり乱暴に

するなよ」


運転席に座る男に助手席の男は文句を言う。おしゃべりな相方に比べ、もう一人は

寡黙な仕事人らしい。


「…ここは、人の目がある。仕事に支障が出る」

「今度は丁寧に扱ってくれよ?」


再び二人の会話は外国語に変化している。敢えて先ほどは日本語を話していた。

突然日本語でフランクに話しかけたり、恐らく彼らの母国語を話し出したりと

余計に恐怖心が湧いている。真姫はそんな自分にきっと何とかなる、誰かが来ると

言い聞かせる。車の動きを肌に感じながら、バックドアガラスからの景色が

変化しているのが分かる。人が少ない場所へ向かっている。

やがて車が停止するとバックドアが開いた。


「もっとエレガント且つブリリアントに誘拐できないんですかね。体が痛いぃ」

「意外と元気な嬢ちゃんだな」

「―仇花チョウファ


二人が目を見開く。仇花とは中国の組織だ。マフィア、殺し屋である。真姫を

誘拐した二人組は組織の一員である。この組織、一丸となって何かをしようという

方針にならなければ誰が構成員か分からないらしい。


「命知らずだなぁ、お嬢さん」

「命知らずだね、二人の雇い主は…。目的は金かな?」

「逃げるか?俺たちと君、競走するまでも無いけど」

「大丈夫。無問題」


おしゃべりな男に反して、今にも飛び掛かりそうな寡黙な男。彼を制止して、時計を

確認する。取引まで時間に余裕があるようだ。


「折角だから、名乗っておこうか。符憂炎フーユウエン、コイツは

俺の相棒で梁麗孝リャンリキョウ


憂炎と麗孝。中国からやって来た殺し屋。ターゲットの真姫は身の自由が

許されている。彼らにとっては真姫が自由だろうと逃がさないという確固たる

自信があるのだろう。真姫も絶対二人から逃げられないという自信がある。

自由でありながら監視され身動きが取れない真姫。監視するのは異国の

殺し屋。彼女を助ける為に動く神野組。その裏でほくそ笑む殺し屋を手引き

した者。狙いは金か?権力か?


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