第4話「黒の陰謀」

「あぁ、教えてくれてありがとうな、真姫ちゃん。プラス3ポイント」

「?何のポイント?」

「僕も分かりません。早速出てきましたよ。彼女に茶々入れてる人」


鹿野悠斗はつい先ほど起こった絡みについて親父である神野真一に

伝えた。だが既に分かっていたらしい。監視カメラがあるというのだ。


「まぁ、いるだろうとは思ってたけど。それに、昴たちが来るのが

分かってて足止めしてたんだろう。相変わらず頭脳派だねー」

「僕、喧嘩なんて強くないし…。勝てる相手とだけするし、勝てない相手に

勝たなきゃいけないなら、絶対に勝てるような状況にするだけです」


絶対に勝てる相手が来ると踏んで、真っ向から口喧嘩をした。本当に

腕力だけが全てではない。


「聞いていいですか、神野さん。何故、昴兄さんと聖真兄さんを

スカウトしたのか。あのまま進んでいれば二人はもっと有名な人に

なっていたと思います」

「…最近の極道や半グレは外道と変わらなくなった」


現状の裏社会に属する人間達の性質を説明する。任侠を重んじる考えは今や

古臭くなっているらしい。表社会を生きる人間も嫉妬や恨みで汚い手を

使う事と同じように、裏社会の人間も金や権力の為に汚れた手段を使う。


「あの二人は高い実力者ゆえに妬みを買う。私はスカウトはしたが、

強制はしていない。君に懸賞金が掛けられたのはあのすぐ後だったしな」

「情報屋が探ってますから」


八坂隼人を筆頭に幾人かの情報屋に情報を探らせている。何処から懸賞金の話が

流れて居るのか、誰が流しているのか、そして何故掛けられているのか。

この三つさえ分かれば、変えられるかもしれない。


「隼人さんと話しました。幾つか動機のある候補がある。まだ完全に絞れては

いない、と。候補の一つが…―」

「―土御門会寺坂組、だな。彼も多分、分かってるだろう。時系列が合わない」


一億円の懸賞金について、広く知れ渡ったのは昴たちが表のリングを降りた時。

昴たちが神野組に加わる前から既に土御門会の最大派閥である寺坂組の跡目争いで

揺れ動いていて、そして神野組は目の敵にされていた。時系列が違うのだ。

とは言っても、一億という賞金を欲している可能性は十分にある。

そしてこのタイミングでの幹部会合。会合に神野真一は参加しなければならない。

彼は事務所を離れるのだ。


「だから不安なんだ」

「不安?」

「真姫ちゃん、麟太郎や悠斗、それに篤とも親睦を深めてるようだね」

「三人とも良い人だから」

「(別嬪に褒められた、嬉しい否、惚れそう…!)」


悠斗は声に出さずも顔に出ている。


「それは良かった。良いかい。仕事の時もお前さんが信頼できると

考えた人から絶対に離れるな。客が来ても、君は出なくて良い、

出ちゃ駄目だ」


強い警告を言い渡された。何か、黒い陰謀があるのだ。今まではぼんやりと

していたのだが、突如として輪郭がハッキリと見えて来た。



寺坂組。何人か次の組長候補が名乗りを上げている。彼らの誰が一番早く

手柄を上げるか、その競争の最中に懸賞金の話が舞い込んできた。神野組の双璧、

双神と謳われる昴と聖真。二人の妹とされる少女。

候補者の一人の前に現れたのは二人組の男。彼らの前で若頭補佐の立場である

男は大陸の言葉を、日本語ではない言葉で会話をしていた。


「一億円、そして組さえ手に入ればこのぐらいは、はした金だ。報酬は幾らでも

払おう」

「リッチマンだなぁ、旦那」


つぎ込まれた金額。仕事を断るわけにはいかない。冷酷な殺し屋ではあるが

少々気が引ける。高い金額だから受けるが普段なら受けない。


「必ず捕まえろ。ついでに―」

「神野組の構成員も始末しろ、だな?オーケー、後はこっちに

任せて貰おう」


事は動き出す。僅かな隙を狙った襲撃によって土御門会最大派閥、

寺坂組との内紛が本格化するのだ。先に手を出したのは寺坂組の若頭補佐

明石清志、彼はあちこちに手を回しながら真姫の身柄を狙う。

が、彼の失点がある。それは手練れの情報屋の存在だ。中立を貫くはずの

人間がまさか、そう、まさかただの娘に手を貸すとは思っていなかった。

完璧など無いだろう。時に些細な事で完璧だったことが台無しになることがある。



「じゃあ、俺がいない間の事は頼むよ」

「行ってらっしゃいませ、親父」


構成員に見送られて、彼は会合へ向かった。戻って来るまで一週間。その一週間に

懸賞首の身柄が動く。神野真一が事務所を出てから二時間後。外の掃除をしていた

真姫。彼女は完全に孤立している。


「無防備だなぁ。駄目じゃないか」

「ッ!?」


たった二人の殺し屋によって彼女は誘拐されてしまったのだ。


「…やられた」


昴は冷静を装いつつも拳を握りしめている。


「昴さん、これ」


鹿野悠斗が持って来たのは映像だった。二人組の男は白昼堂々と事務所に

侵入し、慣れた手つきで誘拐した。殺すよりも誘拐の方が手間がかかるらしい。

監視カメラに気付いていながら、このような手段で誘拐した。


「一週間以内だ。出来るだけ早く、犯人を見つけ出す。何処の誰の差し金か、

吐かせる」


方針は一瞬で決まった。


「オイ、独断をするな昴」


親父の次に組内で権力のある男。カシラ、他の組のカシラと比べても年齢は若い。

遊馬 一と言う男だ。剣術の使い手、今も尚、前線で戦う戦力だ。組長がいない間、

他の構成員たちを統率する。


「情報屋から話を聞き出せ。居場所が判明するまで待機だ」

「待機!?」

「独断専行して、何かしらの因縁を付けられても困る。組としても然り、一番は

下手打って真姫ちゃんを更に危険な状況に陥れたいんか?」


冷静沈着にまずは状況整理が必要と考えた。興奮するのも、激怒するのも

無理は無い。特に昴と聖真は妹を誘拐されたのだ。我慢させる代わりに居場所等が

判明したら真っ先に二人に向かわせるという約束をした。

だが意外にもどちらも冷静だった。


「そうですね。声を荒げてすみません。驚いただけです」

「え、昴さんが冷静に…!?怖い、否、恐ろしい!」

「どっちも同じ意味です悠斗さん」


すぐに緊急の用事として情報屋、八坂隼人へ連絡を入れる。


『あぁ、その事か。分かったよ。すぐに情報を提供しよう』


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