第3話「神野組事務所」

「…と、いうわけで今日から事務として働く白椿真姫ちゃん」

「よ、よろしくお願いします」


ストーカー行為は恐らく賞金首である真姫を狙っての事だ。彼女が完全に

一人になった時を狙って誘拐か、殺害をしようとしている輩。その怪しい手から

真姫を守る為に選んだのは真姫を雇う事だ。男ばかりの職場に花が咲く。

まぁ、彼女に下心丸出しで卑しい事をする人間はいないだろう。何故なら

真姫は白椿兄弟の妹なのだから。


「可愛い…」

「セクハラしたらフックかましますよ」


昴は兄貴分に拳を見せつける。明神 麟太郎、元は特殊警察に属していた。

ここの警察は腐っている。その腐敗した姿にウンザリしたとの事。昴よりも

実力は高い筈だが、麟太郎は彼の拳を恐れているようだ。

真姫を見る麟太郎の顔が強張る。彼の視線に気付いた真姫はギョッとして目を

逸らした。こんな怖い顔をしているが内心は…


「(滅茶苦茶、美人だ…緊張する!)」


ただただ緊張しているだけだった。仕事をしつつも度々構成員が気にして声を

掛けて来てくれた。


「ひっさしぶり~、真姫ちゃん」

「篤さん、久しぶりです」


軽い調子の男、神農かの 篤。神野組は非常に年齢層が若い。ほとんど全員

同期のようなものだ。だからといって舐めてかかると痛い目を見る。


「さっきの人、明神麟太郎って言ってましたっけ」

「あぁ、あの人か。怖がらなくて良いよ。多分、緊張してるだけだからさ。

君に変に絡む奴はいないんじゃないかな」


昴と聖真、どちらも組内屈指の実力者だ。


「はぁ、なるほど」


二人の妹と言う立場が抑止力となっている様だ。篤は笑顔を引っ込めた。

仕事の為にパソコンのキーボードを叩く真姫に込み入った話を吹っ掛ける。


「噂がある。君は昴君たちと血の繋がりが無いんじゃないかって」

「…」


不満げな悲し気な表情を浮かべる真姫を見て、ギョッとする。


「ご、ごめんね!俺が意地悪だったよ。良いんだ、気にしないでくれ。

…良い奴も多いけど、目を盗んで君に迷惑をかける奴がいるかも。

頼ってね」

「ありがとうございます」


変わらずキーボードを叩き続ける真姫。画面に一通のメールの着信があった。

メールチェックも仕事のうちだ。メールを開くと、怪しい文言が刻まれている。

特定の誰かへあてたものでは無い。送り主は噂の寺坂組。土御門会の

幹部会合があるとの連絡だ。ノートパソコンを抱えて、真姫は席を立つ。

組長である神野真一は自室にいるはずだ。と言っても、イマイチまだ

中に慣れておらず道が分かっていない。似たような場所を行ったり来たり

している。


「お嬢ちゃん、迷子?」

「俺たち、案内しようか」


頷くべきだろうが真姫は首を横に振った。なんとなく顔を見れば分かる。

彼らは案内する気など全くない。厳つい顔をした男たちは中堅になれるはずだが

神野組の主戦力や中枢はほとんど若い衆ばかり。中にはいるだろう。このような

極道組織の在り方が気に食わない人間も。まぁ、妬む男たちに足りないところは

信頼されるだけの人の良さ。性格。腕っぷしだけでは神野組では

成り上がれないらしい。


「あ、あのぅ…乱暴は、乱暴は、よ、よよ、良くない…!」


アンニュイな男、鹿野悠斗しかのゆうと。彼は構成員らしからぬ怯えた様子だ。

それでもここに属しているのには理由がある。曰く、負けたことが無い。

不敗伝説には秘密がある。悠斗の脳内にはバッチリ他の武闘派たちの行動時間が

記録されている。この時間帯、ここは真一の部屋が近い場所だ。


「不敗だか何だか知らねえが、調子に乗るなよ。知ってるぞぉ、テメェ

カチコミの時には何時も逃げ回ってるんだってなぁ?」

「笑い者じゃねえか!!」


男たちは腹を抱えて笑っているが、悠斗は肯定しつつも警告する。


「親父が言ってました。この子に妙な事をしたら、駄目だって…。それにこの子は

昴さんと聖真さんの妹さんですよ」

「ハッ、舐めんじゃねえぞ。あんな奴らにビビるかよ!寧ろ、返り討ちに

してやるぜ」


位置の関係上、男たちの背後に何があるか、誰が来るか真姫と悠斗には分かる。

真姫はチラッと悠斗を見る。もしかして分かってたのか。来るだろうと踏んで

ヒートアップさせていたのか。真姫たちの前に立つ男たちも厳つく、そして喧嘩慣れ

したようなガタイ。比べれば彼らの背後に立つ二人組は圧倒的に体格に劣るが、

場合によっては体格差など何のハンデにもならない。


「―ほぅ、返り討ちにしてくれるンすか」


一人は男たちと対等な身長だが、もう一人は男たちを見上げる身長。噂をすれば影が差す、昴と聖真だ。話の一部始終は聞いていた。


「裏社会は喧嘩だけでは成り上がれない、そうではありませんか?」

「知らねえのか。こっちじゃあ、強い奴が生き残るんだぜ!元格闘家だか何だか

知らねえが、その面ァグチャグチャにしてやんよォ!」

「真姫ちゃん、親父の部屋はこっちだよ」

「あ、はい…き、気を付けてね、あんまり酷い事しちゃダメだよ、

お兄ちゃんたち!」


悠斗に手を引かれながら、真姫はそう告げた。彼女たちがいなくなってから、

聖真の表情は普段の朗らかさが消え、感情を殺した能面のような表情に。

昴は浮かべていた挑発的な笑みをより一層濃くする。


「教えてもらいたいなぁ、アンタらの正論って奴。強い奴が生き残る、だっけ?

良いんじゃねえの。よく言ってたなぁ、弱肉強食。強い奴に弱い奴は従う。

この事は私闘でも何でもない。結果はちゃんと親父に報告する。幾ら温厚な

親父でも、許さねえかもな」

「偉そうに…粋がってんじゃねえッ!!」


今も尚、昴はかなり体重を減らしている。身長に見合わない。ウエイトならば

相手の方が上。彼らもそれが分かっている。大丈夫だ。武器もある、腕力もある、

無いものがあるとすれば知性か。

男たちの分厚い体を穿つ一撃。


「仕掛けて来たのは貴方たちですので…」

「こっちは正当防衛だ。あ、ついでに制裁な?」



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