第2話「神野と土御門」

「あの子か」

「本気か?だってよぉ、隣にいるのって…」


半グレ、という不良共がいる。彼らもまた裏社会に属する人間だ。つまり

一億の賞金首、白椿真姫の事を知っている。一般人であるはずの彼女を

理由すら分からないが裏社会の何者かが狙っている。誰が依頼主かさえ

分からない。特定の誰かに依頼するのではなく、公にしているのだ。


「―それは確かに裏社会が動くわけです」


現れたのは先ほどまで賞金首の隣にいた男だ。近くで見ればより小柄に

感じる。その顔を見て、先ほどまで不安に思っていた男たちは考えを

改めた。楽勝だ、と。楽観視して相手へと襲い掛かる。


「知りませんか。油断大敵と言う言葉を」


勝敗は決した。小柄な体躯にそぐわない腕力。プロだった頃から何も

変わらない。ウェイトがある相手だろうが、優れた当て勘で効果的な

部位に一撃を加えられる。元ボクサー、双璧の一つ、白椿聖真。

双璧のもう一つは彼の兄、昴だ。二人は何故、表舞台を降りたのか。

今なお、現役を続けていたならば彼らはどちらも有名になっていたはず。

小柄でありながら誰もが舌を巻くハードパンチャー。大柄でありながら

その体躯に見合わない階級から次々と名だたるチャンピオンを屠って来た

天災。今や彼らが従っているのは灰色の組織である。



「やぁ、こんにちは真姫さん」


白髪の男は真姫に挨拶をする。この男も裏社会の人間。警察ですら

手に入れられないような情報を幾つも持っている。情報屋である。

八坂、八坂 隼人。


「隼人さん、こんにちは。どうしたんですか?どっちかのお兄ちゃんに何か

御用とか?」


二人の兄が神野組と呼ばれる組織に属している事を知っている。その組織が

良く頼っている情報屋がこの男なのだ。他にも裏社会には情報屋が複数いる。

そしてその場に二人の兄が居合わせた。


「昴!」

「聖真もいたのか。丁度良い。アンタも来たという事は、そう言う事か

隼人さん」


聖真とは打って変わって長身の男。体付きは今にもシャツが破れそうな、

はち切れそうな、とは言えない筋肉質なのだ。モデルのようだ。昴の方が

年下だが、隼人を見下ろすような形。


「白椿兄弟そろって見ることが出来るとは光栄だね。君も罪な女性だな、

真姫さん」

「そういうのは良いから、さっさと話を。…何の話か、察してはいるがな」


二人は横目に真姫を見る。真姫も何となく良からぬ事が自分に

起こっていると察していた。話はそれぞれの考えていた通り、真姫に掛けられた

懸賞金に関する情報。


「実はね、彼女に一億の懸賞金を掛けたと思われる人物を絞ることが出来たんだ」

「複数候補がいる、と言う事ですか?」

「そう。頼ってくれているのに申し訳ないけど、僕も、そして他の情報屋もまだ

張本人を見つけられて無いんだ」

「私、何かした記憶が無いんですけど…。犯人は何で私に一億円を掛けたんだろう?

裏社会だけに流れてるんですよね。一般人の私より、もっと大きい人、相応しい

人がいるはずでは?」


真姫の言葉は尤もな内容だ。とは言え、狙われる理由は全く無いとは言えない。

昴と聖真は灰色の組織と称される神野組の人間だ。真っ黒な組織とも何度も

敵対している。昴たちの事を調べ、弱点となるような存在である妹を人質にしようと

する者がいても不思議ではない。


「既に神野真一さんに話をしてある。神野組は元は大きな極道組織である

土御門会だった。トップが変わってから分裂した派閥」


元より巨大な極道組織であったが、決して暴力で全てを解決しようとするような

悪党集団ではない。古き良き任侠集団。カタギからの信頼も厚かった。トップが

代わってから、思想が大きく変化。誰もが恐れる凶悪なヤクザになったのだ。

成り下がった。任侠を重んじる優しい正義の味方としての側面を強く残して

分裂したのが神野組だ。今の土御門会から目の敵にされているはず。


「で、何処に真姫が関わって来るんだ」

「土御門会の資金を盗んだ人物が神野組の構成員だった…という筋書きを

組織内で、でっち上げているのさ」

「窃盗なんてしてないですけど!?」


誰よりも早く隼人の示した情報に反論したのは真姫だった。目を真ん丸にして

否定する。


「分かっているよ。君は盗みなんてしないってね。嘘さ。神野組を撲滅するための

建前だね。こうなればカタギだろうと問題なく叩き潰せる。勿論、神野組も

動くだろう。合法的に組織を撲滅出来る」


大元の看板に傷をつける神野組。組織の金を盗んだ人間を庇う裏切り者として

粛正する。正当な理由を以て潰せるのだ。


「これはあくまで僕が入手した話の一つさ。とは言え、揺れ動いているよ。

土御門会は。神野組は昴君と聖真君、二人のような若くて腕っぷしの強い

構成員が多いからスカウトしたがってるんだ」

「神野組が消えれば、構成員はやむを得ず土御門会に属することになる。

人手欲しさ、でしょうか」


この弱肉強食の世界、裏社会で名を轟かせるには頭脳や人の数、規模だけでなく

猛者も必要だ。自分たちに逆らえば、こういった強者たちが報復をすると

知らしめるために。昴や聖真、表社会で名の知れた格闘家だ。

今の土御門会は揺れている。最も勢力のある直系組織である寺坂組の

跡目争いだ。そのトップ、組長の座に就くべく土御門会本家の抱える

悩みである神野組を何とかしたい。


「…とはいえ、彼らが真姫ちゃんに懸賞金を掛けたかどうかは定かではない。

動いてはいるけどね。他にも幾つか極道組織が動いているよ。真姫ちゃん、

脅すつもりは無いけど、初対面の人間には気を付けるんだよ。特に、君を

誘惑する男には、ね。また、何か掴んだら君たちと神野組長に報告するよ」

「助かります」


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