第42話 仁王立ちするモ
崖の上からヌエを詳細に観察できているカエデに戦慄しながらも、うしから降りぴょんぴょん跳ねてヌエを見ようとしているヌタに声をかける。
ふと思いついたことがあってね。
「ヌエかヌエに似たモンスターってザ・ワンにもいるの?」
「うじゃうじゃいるぽん」
「いるんだ……階層も分かったりする?」
「204階あたりだぽん」
「マーモと違って階層まで分かるんだな、ヌタは」
「マーモも知ってるはずぽん」
パートナーはザ・ワンのモンスター名を知っている、と思って聞いてみたら当たりだった。
攻撃をすり抜けることはパートナー共通の特性とヌタが言っていただろ。マーモの固有スキルは箱と多分幸運ぽいやつだから、それ以外は共通の特性と思ってさ。
マーモと違ってヌタだと要領を得た言葉で返してくれるので分かりやすい。
彼女の情報によるとヌエは201から209階にいるモンスターでボスモンスターではないとのこと。
「カエデ、あー、その、何だ」
キラキラした目でヌエの死体を眺めているカエデの肩にそっと手を置く。
すると彼女は俺の手に自分の手を重ねてきて、うっとりした顔でこちらを見上げてくる。
あー、こいつは俺とヌタのやり取りが全く耳に入っていなかったな。
「ヌエはザ・ワンの200階を少し超えたところで出るくらいのモンスターで、カエデたちが考えているようなものすごいモンスターではなかったんだよ」
「200階以上の深淵に出るモンスターでござるか」
「そそ、そんでうしの駆けおりる勢いを乗せて槍を投げたらあっさりと終わったんだ。ザ・ワンじゃあできない威力の攻撃を叩きつけたらそらまあ、倒せるってやつなんだよ」
「クラウディオ殿の実力がずば抜けていたからでござるよ! 尊敬でござる!」
あ、こいつはあかん。
ヌエがどのような攻撃手段を持っているのか見る前に倒せてしまったので確実とは言えないが……200階と少しクラスの雑魚モンスターならカエデとヌタコンビにかかれば鎧袖一触だろう。
ザ・ワンだとヌエが複数出て来るわけだし、今回は単独相手なんだから尚更だ。
ヌエクラスを単独で相手取るより、180階クラスのモンスター複数の方が余程手強いはず。
「ヌエ討伐で婿候補の試練はクリアってことでいいのかな?」
気を取り直して聞いてみたら、彼女は俺に乗せた手に力を込め、「もちろんでござる」と返してきた。
◇◇◇
「んー、気持ちよいか?」
「某もさせてほしいでござる」
どうしてこうなった。
ヌエを倒したことを報告したら、カエデの父をはじめみなさん大騒ぎとなり飲めや歌えやの宴会となる。食事はとてもうまく、セイシュという酒も絶品だった。
そんで、コーガの里名物の温泉に案内され、体を洗おうとしたらだな、黒装束姿のカエデがやってきたてわけだ。
「カエデも洗いたいの?」
「是非に」
仁王立ちしたマーモの体にばしゃーと湯をかけ、カエデと交代する。
何をしていたのかって? マーモを洗ってたんだよね。
仲間になってから一度も洗ってなかったからさ。パートナーは汚れない、といった特性はないはずだからたまには綺麗にしとかないと。
俺もコッズタウンを出てから体を拭いてなかったし、この後ゆっくり湯とやらに浸かってみようじゃないか。
「カエデ、一つ頼まれてくれるか?」
「どうぞでござる」
「マーモを外に連れて行って拭いてやってもらえるかな?」
「然り、でござる」
カエデが濡れネズミのマーモを抱え、温泉施設の外へ彼を連れて行く。マーモに歩かせればいいのに……あれじゃあ黒装束が濡れちゃうよ。
「ま、俺は俺でせっかくの温泉とやらを楽しむぜ」
湯に浸かるって気持ち良いものなんだな。コッズタウンにも湯に浸かることができる店ってあるのかなあ?
探してみよう。多少高くても入りたいところだ。
夜はカエデ邸の客間で泊めてもらうことになった。
カエデ邸は彼女の父に会った部屋と同じく、床は草を編んだものを板に巻き付けた床材で、畳と言うのだって。
草の香りがよいなこれ。床にそのまま寝そべっても気持ちよいし、宿の部屋の床が畳のところってコッズタウンにはないのだろうか。
ベッドがなく布団が直接敷かれているのも新鮮だ。これはこれで悪くないんじゃないだろうか。そもそも畳の上で寝るのも気持ち良いくらいだし。
マーモが布団のど真ん中で鎮座しているので、後ろから掴みひょいと外に置く。
すると、のそのそと元の位置に戻ってきやがった。
「寝たいからそこをどくのだ」
『モの場所だモ』
「布団の上に立ったら布団の意味ないだろうが」
『ニンゲンと違って潜る必要はないモ』
「そらそんだけ毛皮あったら要らないよな……」
マーモと不毛な問答しているが、こちらはもう眠くて仕方がない。
喋ったまま意識が飛びそうなほどである。め、めんどくせえ、もうこのまま寝てしまうか。
「クラウディオ殿?」
カエデの声が聞こえた気がしたが、既に俺の意識は遠くなっていた。
◇◇◇
翌朝、里の英雄にお礼をということで野菜や果物をたんまりと頂く。マーモの箱に詰め込めないほどに。
もうマーモは大喜びで、朝からずっともしゃもしゃしている。こいつ、食べ過ぎて動けなくなったりしないよな……?
「ありがとうございました。また来ます」
「婿殿、貴君ならば未だ誰も成しえておらぬザ・ワンの深淵を見れると信じておる」
カエデの父としかと握手を交わし、集まった里の人たちに手を振る。
多くの人に見送られながら颯爽とうしに乗るのは少し恥ずかしい。能力はともかく見た目は牧場にいる牛そのものだからな……。
分かっている。馬より断然能力が高いことは。
だけど、知らない人がいたら牛だからさ。
『うもお』
鳴き声も牛そのものなうしである。
しかし、駆けだすと馬より速いという。最初は脳みそがおかしくなりそうだったけど、今はもう慣れた。
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