第41話 あれ、こんなはずじゃ

 丘の上からヌエを見下ろすような形で奴と対峙している。

 うしならば崖のような急斜面でも楽々駆けおりることはできるが、奴との距離はまだ200メートルほどあるからどう対処したものか。


『グウウアアアア』

 

 どうやら奴も俺の姿に気が付いたようだな。目立つ位置で立っているから見上げりゃ見える。

 特に姿を隠して忍び寄ろうとはしていないから当然と言えば当然だ。

 お互いに気が付いた。そして、高い位置にいる俺の方が位置取りが有利。

 

「となれば、答えは一つだ。行くぞ、うし!」

『ふもお』

「も、もうちょっとこう、なんとかならんのか。勇ましさの欠片も……ってうお!」

「速いぽんー」


 坂を下るときはゆっくりと……だな。

 せっかくの優位性を活かそうにもあっという間にヌエとの距離が詰まってくる。近寄ると思ったより大きなヌエの姿に強者感を覚え、背筋が泡立つ。

 

「当たって砕けろだ! スキル『弧月』」


 スキルの発動と共に右手に弧月の槍が収まる。大きく振りかぶって、うしの走る勢い、もとい、落下の速度を加え、弧月の槍をヌエに向けてぶん投げた。

 ザ・ワンで走る勢いを乗せて投げた時より数倍速い速度で唸りを上げた槍が一直線にヌエへ向かう。

 

 ズバアアアア。

 ヌエの頭に突き刺さった弧月の槍がヌエの体を貫通しても尚も止まらず、後方の大木をもぶち抜いた。

 その直後、置いていかれた音がズガアアアンと響き渡る。

 

「今がチャンス! 攻めるぞ!」

『ふもおおお』


 うしの気の抜けるような雄たけび……と言わせてくれ、雄たけびと共に一気呵成に駆けおりた。

 既に追加の弧月の槍は準備している。

 もう一発投擲するか、そのまま突っ込むか悩ましい。相手はこれまで対峙した中で最大級のモンスターである。

 よっし、これだ。

 

「スキル『フレイムウィップ』」


 槍を持つ反対側の手から炎の鞭が伸び、ヌエを牽制す……あれ?

 炎の鞭が奴の体に触れようとしているのに倒れたまま身動き一つしないぞ。倒れたフリをして俺の油断を誘っているのかと思っていたが、どうも違うらしい。

 

「ひょっとして、一撃目で倒した?」

「倒したんじゃないかぽん」


 まさか、カエデのような強者を生み出し続けているコーガの里の伝説になっているモンスターがいくら勢いをつけたとはいえ槍の一撃で倒れるとかないだろ。

 恐る恐る近寄るも、ヌエはピクリとも動かない。

 頭から槍で貫かれたのが致命傷となっているようだ……。

 こちらを舐めてかかった結果、不意打ちで倒れたのかもしれない。いずれにしろ俺にとっては難敵をあっさり仕留めることができて幸運だった。

 

「ま、まあ、討伐完了ってことで……」


 釈然としないが、終わったことは確かなようだ。カエデを呼びに戻るとするか。


『ふも』

「すまんな、うし。走り回ってもらう予定だったんだけど」

「楽な方がいいに決まってるぽん」

「だな、うん」


 ぽんぽんと後ろから肩を叩かれ、思い直す。ヌタの言う通りだよ。楽に越したことはない。

 結構な覚悟を持って挑んだから肩透かしを食らった形だったので勘違いしてしまったよ。

 本来の俺は戦闘を避けることができるなら避けたい、と常々思っている奴だっただろ。決してバトルジャンキーではないのだ。


「うし、急斜面、行ける?」

『ふもも』


 行けるらしい。俺がこの坂……というか崖だよなこれ。崖を登るなら楔がないと無理だな。

 うしがいなければ、登ることを諦め迂回していたに違いない。

 うしは難なく崖をのっしのっしと登っていく。上に乗る俺とヌタは両足を挟み込むようにしてうしにしがみ付いてないと真っ逆さまになるという状況だ。

 決して下を見てはいけない。ザ・ワンでも宙に浮いているモンスターは沢山いたけど、飛行系のスキルを習得することはなかったんだよな。

 空を飛ぶとまでいかないにしても数メートル浮くことができるだけでも、戦闘だけじゃなく移動するに有用だ。

 もっと深い階層まで行けば習得できることもあるのかもしれない。


「んー、望み薄だろうなあ」

「落ちる望みかぽん?」

「それはないない、空を飛べたらいいなってさ」

「楽しそうぽん」


 なんてヌタと呑気に会話を交わしているけど、必死でうしにしがみついていて割に切迫している。

 以前も考察したが、モンスターのスキルは本来もっと多くの種類があるのだと思う。俺に魔力がないので、魔力を使うモンスタースキルを習得できないのではないかと踏んでいる。空を飛んだり、罠を解除したりするモンスターのスキルがあったとしても、魔力を使うものだと俺には習得できないってわけさ。

 

「クラウディオ殿ぉー!」

「い、いま、上を見る余裕がないんだ、ちっと待って」

「横にいるでござるよ」

「ちょ、危ないぞ、崖だぞ」


 ほんまや。マジで横にいるよ。

 崖だってのに楔もロープも使わずに軽く手を添えるだけで涼しい顔したカエデの姿があった。


「某は平気でござる。この崖は里の者は皆、修行に使うでござるよ」

「怖すぎるだろ、コーガの里……。超人育成組織か何かなのか」

「この崖を登り降りできると、水場まで違いのでござる」

「回り込むんだったらどこから?」

「里の反対側を出て、ぐるっとになるでござる」

「水場まで行くとなると日が暮れそうだな……」


 切実な問題らしい。登り降りが必須ならせめてロープを張るとか、足場を作るなりすりゃいいのに。

 まさかのそのまま物理で登るとか俺にはコーガの里の発想が理解できないよ。


「して、クラウディオ殿、鵺は如何に?」

「その下で倒れてるぞ」

「え、えええ!」

「下見てみ。俺は見ないぞ」


 ふう、やっと崖を登り終えたぞ。

 カエデは上からやってきたのにヌエを見ていなかったのかな? んーっと背伸びして下を見やるカエデをよそに、うしから降りる。

 地面を踏みしめ、ふうと一息つくのと入れ替わるようにカエデの叫び声が。

 

「まさか一撃の元に仕留めたのでござるか!」

「よく分かったな」

「フレイムウィップと槍を使ったのでござろう。フレイムウィップで鵺の体表僅かしか焦げておらぬ故」

「すんげえ視力だな……カエデってコーガの里で一番の強さだったりする?」

 

 ブンブンと首を左右に振るカエデである。

 とんでもねえよ、コーガの里。

 ヌエの実力を知らずに伝説だけが一人歩きしていたのかなあ。それか、遥か昔にヌエによって里が半壊する被害にあい、その日から研鑽の日々を続けていて数代過ぎたのがカエデたちだとしたら、鍛え過ぎたって線もあるか。

 

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