第40話 なんか戦うことになったが、箱を開けたいらしい

「あ、ソロで行った方がいいな。『俺』が強いことを示さなきゃならないんだろ」

「いくらクラウディオ殿でも」

「誰もヌエがどれくらいの強さか分からないんだよな。まずそうなら『うし』に乗って逃げ回り里から引き離すようにするよ」

「いえ、拙者も行くでござる」


 ザ・ワンで200階まで到達できたからといって、ヌエを侮る気は毛頭ない。ソロで行くなんて慢心だろって? 逆だよ。

 相手は相当な実力者であるカエデを輩出したコーガの里で恐れられているボスモンスターだぞ。

 彼女の父親は彼女か彼女以上の実力者だろうし、血相を変えてやってきた三人も所作から只者ではないことが伺える。

 そんな彼らが束になっても敵わないかもと見ているモンスターだとしたらどうだ?

 倒すにしても逃げながら相手の体力を削ったところを叩くなど絡み手じゃないととてもじゃないけど倒せるもんじゃないと思う。

 ヌエがうしより速かったどうしようかな……と不安はあるが、うしの体力は無尽蔵だ。里に来るまで淀みなくずっと走り続けていたからな。

 うしの体力のことを鑑みて、俺一人の方がいいだろ。

 それともう一つ、俺が一人の方がマシな理由がある。

 それは、状態異常だよ。ヌタがいればカエデが状態異常を喰らっても回復できるが、大きな隙になりかねない。ただ逃げるだけなら俺一人の方が向いている。

 適材適所ってやつだぜ。

 

「ハチガネさん、ヌエの特徴と出た場所を教えてもらえますか?」

「婿候補殿、鵺に立ち向かおうと?」

「体力を削りながら、じわじわやってみようと思ってます」

「剛毅な! 単独で行くつもりなのかな?」

「連れている馬の速さと体力には自信があるんですよ」

「鵺と追いかけっこか、ますます面白い」


 ガハハハと笑うハチガネ。何やら彼の琴線に触れた様子。


「さすがカエデ様の婿候補殿! 器が違うでござる!」

「鵺は国士無双の強さと伝承に残っているでござる。それをこともなげに」

「国士無双を易々と……天下無双でござるか」


 危急を告げに来た三人が謎の賛辞? を述べているが、まるで頭に入ってこない。

 ただ、ヌエがいかに強いモンスターなのかは伝わってくる。

 うーん、逃げ回れるのか心配になってきたぞ。

 

「カエデ、道すがらヌエの特徴を教えて欲しい」

「承知でござる」


 ヌエを見た高台まで案内してもらう道すがらカエデからヌエの特徴を聞いた。

 ヌエはザ・ワンのモンスター系列分けするなら、動物系・魔獣系のモンスターみたいだ。

 体は虎、顔はサル、顔の周囲をたてがみが覆い、尻尾は二つに分かれた蛇になっている。

 そんでま、高台で見たヌエは伝え聞いた通りの見た目をしていたんだってさ。


「獣タイプなら空は飛ばないんだよな?」

「然り」

「なら、まあ、なんとなかるだろ、な、うし」

『うもお』


 うしの腹をポンポンと叩く。任せろと自信の鳴き声を出してくれたぞ。

 ヌエとの追いかけっこに自信を持っている模様。うしよ、君ならいける。

 

「どうした?」

「い、いえ……何というか気が抜けるというか」

「言わんとしていることは分かる。しかし、見ろ、このうしのやる気を。マーモの食欲並だろ」

『箱を開けるモ』


 うしに太鼓判を押す俺の横から割り込んでくる食いしん坊がいつものセリフを言い放つ。

 決め台詞でも何でもないからな、それ。

 ん、我がうしにいつの間にか登っていた人型のヌタがこちらに向け手を振っている。

 

「ヌタも行きたいぽん」

「ヌタもマーモもお留守番してもらうと思ってたんだけど、ザ・ワンの外だったら怪我するだろ?」

「しないぽん。どのパートナーもモンスターからの攻撃無効の特性がついてるぽん」

「ヤバすぎるだろ、その固有スキル」

「固有スキルじゃないぽん。特性だ、ぽん」

「似たようなもんだろ……」


 柱から突然出現してきたん謎生物たちだから、とんでも能力を持っていても不思議ではないが納得いかねえ。


「ヌタも行きたいぽん」

「……邪魔しないならいいよ」

「クラウディオの後ろに張り付くから大丈夫ぽん」

「んじゃそれで。マーモはカエデと一緒に待ってて」

『箱が開かないモ』


 ブレない。ブレなさ過ぎるぞ。ここはザ・ワンの中じゃあないんだぞ。

 つまりだな、別に箱を開けなくても食べ物はある。マーモが怪我することはないにしても、途中で落としたら探しに行くのが面倒だ。

 ヌタは言葉通りちゃんと張り付いてくれるだろうから構わないのだけど……。彼女なら万が一落ちても自力で何とかしてくれると思う。

 マーモはその場で仁王立ちコースだろうから。

 

「カエデ、適当に餌をやっててもらえるか」

「マーモに、でござるか?」

「そそ」

「承知でござる」


 よし、マーモを押し付け……託すことができたので戦いに集中できるようになったぞ。

 カエデと喋りながら進むとあっという間に高台まで到着した。


「高台に登らなくても見える。ちょっと危ない状況じゃない?」

「そうでござるな」

「急ぎ、ヌエのところに向かうよ」

「ご武運を」


 うっし、行くか。

 颯爽とうしにまたがるとヌタが後ろに張り付いてきた。彼女はきゃっきゃして楽しそうだ。

 ピクニックに行くんじゃあないんだけど、まあ、深刻になられるよりはいいか。

 ヌエがどれほどの強さなのか内心ドキドキだが、それよりも気になることがある。

 カエデはともかくとして、誰も俺が単独でヌエに挑むことを否を唱える者がいない。といっても彼女の父と報告にきた三人以外とは会っていないのだが。

 俺が下手したら死亡することは、まあ自業自得だから止める理由にはならないし、俺も自分が再起不能になることについて思うところはない。

 俺にとってはザ・ワンに挑むことと同じこと。いつだって死と隣り合わせなのだ。

 最近、マーモやらモンスターのスキルを吸収できたりで緊張感が抜け落ちてきているが、死ぬかもしれないという気持ちは心のどこかで常に持っている。

 んじゃ気にしているのは何かってことなのだけど、見ず知らずの探索者に里にとって一大事なモンスターを完全にお任せすることに対し苦言の一つもないのかってことだ。

 つまりだな、俺が後先考えずただただ逃げるためだけに里の中を走り回って大災害をばら撒くとか懸念しないのかってさ。その辺り、カエデの連れてきた婿候補だから死ぬにしても迷惑をかけずに死ぬと信じてくれてるのかも?

 ともあれ、俺にとっては何も言わず行かせてくれるのは都合がいい。

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