第36話 サンドイッチを食べよう

「あー、なんか拍子抜けだったなあ」


 大きな事を成し遂げた……感が全く無い。今回の「解呪の書」の一連の騒動は僅か数日で終息することになる。

 第一王女ロアーナの呪い? を解くというイベントは普段貴族に全く縁のないならず者である探索者たちを巻き込んだ騒動にまで発展した。

 大物貴族である公爵が報酬に糸目を付けず、騎士団もこぞって参上し、探索者の街「コッズタウン」にとってはお祭り騒ぎになる。

 大騒ぎするのは当たり前だよ。雲の上のようなお貴族様が「お願い」してくるんだぞ。「命令」じゃななくて。

 お祭りは本格的に盛り上がる前に即終わることになるわけだが、第一王女にとっては一番望ましい結果になったから良しだろ、うん。

 お祭りにかこつけて商品や食材の仕入れを多くした店の連中はご愁傷様だが、俺の知っちゃこっちゃねえ。

 急ぎ王都に向かうリアナたちを見送った後、なんだか気が抜けちゃってこうしてボロロッカの食事処でぼーっと過ごしている。


『キュウリを追加するモ』

「はいはい、お姉さん、キュウリを三本」


 あらかた探索者が旅立った後の食事処は閑散としていて、俺たち以外の客はいない。

 そんなわけで呼びかけるとすぐにキュウリを持った店員の女の子がやってきた。

 

「お待たせしました」

『こっちだモ』

「クラウディオさん、直接あげちゃってもいいですか?」

「その辺に(キュウリを)放り投げてもらってもいいけど……」


 俺の返答が許可だと受け取った彼女はその場でしゃがみこんでマーモにキュウリを与える。

 両前脚ではっしとキュウリを掴み、そのままカジカジするかと思ったマーモの動きは斜め上だった。

 彼女が差し出すキュウリを直接カジカジしはじめたのだ。自分で掴んだものを食べりゃいいのに、あれじゃあ彼女が動くことができない。

 しかし、彼女は困った様子もなく、微笑みながら彼が食べる様子を見守っていた。

 彼女もまたアレか、カティナと同じ口なのか?

 あの可愛くないもしゃもしゃ姿のどこがいいんだか、理解に苦しむ。

 もっとも彼女がどれだけマーモのことを可愛くて仕方ないと思っていても、この時間帯じゃなきゃキュウリを与えるなんてことはできないよな。

 マーモがキュウリを食べ終わるのを待ってから、追加の飲み物を注文することにしよう。彼女の幸せそうな顔を見ていて待つ方がいいだろと思ったのだ。

 

「ふう……よっし、遅くなったが攻略進めようか」


 あと少しで200階から進んでいなかったんだよな。中途半端な階層だったし丁度いい。

 この時間からでも宝箱を無視すれば10階層進むくらいはできるだろ。


「行くぞ、マーモ」

『箱に入れるモ』

「いやもう満載だろ……」

『仕方ないモ』


 箱の中の野菜と果物が腐らないのか心配であるが、一向に腐る様子がない。それどころかみずみずしさを保ったままである。

 箱の中は時間が止まっているんだっけ? 一度聞いたような気がするが気にもとめていなかったので、ハッキリしない。

 正直どっちでもいいので、聞いてもまた忘れてしまうだろうから確かめるのもやめとくとするか。


「こら、トマトは終わりだ」

『なんだモ?』

「べったべたじゃないかよ」

『モは気にしないモ』


 締まらないままザ・ワンへ向かう俺とマーモであった。

 

 ◇◇◇

 

「スキル『|弧月≪こげつ≫』」


 手に薄紫の柄、穂先が半円の槍が出現する。長さは俺の足元から胸位で片手で振り回せなくはない。両手で持つけどね。

 モンスターのスキルを入れ替え入れ替えで進んできたが、ついに武器を手に入れたのだ。穂先の半円はスキル名の月を模したのか、紫がかった黄色でぼんやりと光っている。

 199階で試し切りしてみたところ、ファングと同じで切れ味抜群だった。ファングより遠いところから攻撃できるので重宝している。通常武器と異なり、弧月の槍を投げ捨て、ファングに切り替えることもできるから使い勝手は良い。投擲ができるのも強みだ。

 折れることとかメンテナンスなんてことも気にしなくて済むのも利点だ。

 さて、対峙する敵200階のボスはとても強そうな見た目をしている。200階のボスは二首のドラゴンで珍しいイエローカラーだった。

 名前はボルボロスというらしい(マーモ情報)。ドラゴンの例に漏れず、こいつもブレスを吐く。ブレスは稲妻系列で、そのせいか全身が帯電しバチバチしているから格闘戦は避けたい。弧月のスキルがなかったら、どう戦えばいいのか悩んでいたところだ。

 しっかし、虫とか魔獣とか色んなタイプのモンスターがいるけど、やっぱりモンスターの系列の王様はドラゴン系統だと思うんだよね。

 ドラゴンは強そうだし、何よりカッコいいと思わないか? 倒した時の満足感も大きい。


『ゴアアアアア』


 ボルボロスから稲妻のブレスが吐き出され、こちらに向かってくる。


「とはいえ……スキル『アクアブレス』、更にスキル『縮地』」


 稲妻のブレスとアクアブレスの水流がぶつかり合い、どちらも消滅した。

 次の瞬間、縮地を発動した疾駆で一息にボルボロスとの距離を詰める。

 進んだ勢いを乗せて弧月の槍を力いっぱい投擲!

 

『グギャアア』

 

 弧月の槍は見事、ボルボロスの右の頭に突き刺さる。

 怒りの咆哮をあげ全身を震わせるボルボロスの隙を見逃す俺ではない。


『スキル『鳴動』、更にスキル『弧月』」


 鳴動の風の刃を連続で放ち、とどめは弧月の槍を奴の首元向け投擲した。

 光の粒となっていくボルボロスを見てふうと息をつく。


『箱を開けるモ』

「余韻もへったくれもないな……」


 いつものこととはいえ、光の粒となった直後に気の抜ける「箱を開けるモ」はやめていただきたい。

 言っても聞かないから諦めているけどさ……。

 

「今日はもうそのまま外に出るけど、やっぱ食べる?」

『食べるモ。クラウディオは外に出てから長いモ』

「そらまあ、換金しとかなきゃ、果物も野菜も買えなくなってしまうからな」

『それは必ずやるモ。だから、今食べるモ』

「はいはい」


 俺もなんか食べるか。キュウリを掴んだらマーモに横からペシンとされ、キュウリが地面に落ちた。

 こ、こいつめ。

 仕方ない、持ってきたサンドイッチを食べよう。

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