第27話 回廊の幅

 リアナたちと約束の日になり、ボロロッカの一階で待っていたらすぐに彼女たちが顔を出す。


「準備は整った?」

「おうよ。バッチリだぜ」


 代表してギリアンが親指を立て片目をつぶる。

 装備を整えてきたの言葉通り、カティナ以外は服装が変わっていた。

 といっても俺の目からは色やデザインが変わっただけで、機能的には大して変わってないように見える。


「お目が高い。こいつに目をつけるとはの」

「そのメイス、綺麗な色をしているな」


 ヘクトールが腰から吊ったメイスは独特な波紋が浮いたメイスだった。


「こいつはの、古い知り合いのドワーフに加工してもらったんじゃよ」

「へえ。特殊な効果でもついているの?」

「そうじゃの。こいつの特殊効果は『疲れ知らず』じゃ。いつでも新品同様に維持される」

「そいつはすげえな!」


 魔法効果のついた武器は通常の鉄製の武器よりは高価になる。

 今の俺は安物のダガーを一本だけという探索を舐めてるのかってスタイルだ。一応予備のダガーをマーモの箱の中に突っ込んではいるけど。

 いやあ、ファングが自分が強くなればなるほど威力があがっていって、折れたことはないけど欠けたり折れたりしても毎回新しくなるから壊れても大丈夫という便利さで、お金を稼いだ今となっても通常武器を持とうという気持ちになれなかった。


「エンチャント武器じゃが、素材は鋼鉄じゃからそれほど高価ではない」

「鋼鉄以外の武器ってミスリルとかオリハルコンだっけ」

「そうじゃな。ザ・ワンの宝箱からも出ると聞いておる。もっとも儂は鉱山で採れたモノ以外は見たことがないのじゃが」

「宝箱かあ……」


 何階層だっけ。これまで培った1階の罠解除の技術がまるで役に立たなくなったのは。

 30数階で歯が立たないと諦めたんだった記憶だ。

 宝箱を開けるには固有スキルなり魔法なりを持っていないと厳しい。残念ながら未だに罠解除のモンスタースキルには出会えていないんだよね。

 しかし、俺が宝箱を開けることができるようになる可能性はまだある。

 そいつは新たなパートナーを手に入れることだ。マーモ、ヌタはそれぞれ有用な固定スキルを持っているけど、まだ見ぬパートナーに罠解除系の固有スキルを持っているのがいるかもしれないだろ。

 苦い顔をしている俺にギリアンが白い歯を見せる。

 

「宝箱なら任せておけ」


 おお、罠解除までできちゃうのか。いや彼が前衛の戦士と考えていたのが違ったのかも?

 ぐいぐい。

 袖を引っ張られ振り返ると背伸びしたカティノが表情を変えずに一言。

 

「ダメ。私がやる」

「カティノが? 精霊魔法使いじゃなかったっけ」

「ギリアンじゃ不安」

「おいおい聞こえてるからな」


 特に怒った様子もなく肩を竦めるギリアン。

 対するカティノなのだが、近い、顔が近い。囁くために近寄ったのだろうけど、丸聞こえだし意味をなしてないぞ。


「クラウディオさん、お食事はお済ですか?」


 最後に口を開いたのはリアナだった。彼女はパーティで一番年少に見えるのだけど、パーティのリーダーだと思う。

 年長のヘクトールが敬意を払い、他の二人も意思決定を彼女に委ねている。

 ヘクトールと最初に会った時、彼はリアナのことを「様」付けで呼んでいたような。彼女の立ち振る舞いから高貴な出と言われても納得できる。

 彼女が高貴な出となれば、これまでの彼らのことで不思議に感じたことも繋がってくる。

 新品の装備の割に熟練の動きであったり、パーティメンバーに魔法を扱えるものが三人もいたり、しかもそれぞれお互いを補うように、と来たものだ。

 実力も折り紙付きで軽々30階まで到達している。

 「解呪の書」が目的なのだっけ? 彼女らは「解呪の書」と入手したら探索者稼業から足を洗いそうだ。

 探索者の常としてお互いに詮索しない不文律があるので、彼女らが語らない限り真実は分からない。聞けば語ってくれるかもしれないけど、俺から聞くのはなあ。

 知りたいことは彼女らが「自ら」、「解呪の書」を取得しなきゃならんのか、手に入りさえすればいいのか、なんだよな。

 いや、少なくとも190階までに「解呪の書」は落ちてはいなかった。まあそうだよな。アイテムは宝箱から出るものだし……。

 有力なのはボスを倒した時に稀に出る宝箱からだろうけど、確かめる術がない。

 うん、シンプルになった。俺にできることは彼女らに同行しより早く深い階層まで進むことだ。

 

「うん、俺は準備できているよ」

『モはまだモ。これ食べてからモ』


 ニンジンを齧っているマーモの首根っこを掴み、そのままボロロッカを出ることにした。

 吊られて足をぶーらぶらさせながらもカリカリする動きが止まらないマーモであることは言うまでもない。

 見かねたのかカティノがマーモを抱っこしてくれたが、ニンジンを食べ終わるまで彼の動きは変わらないことだろう。

 

 ◇◇◇

 

 ザ・ワンの入口があるドームで見知った顔を見かけた気がしたが、パーティ行動していることとマーモが『もう一本食べるモ』と騒ぎ、カティノが手持ちのキュウリを与えて事なきを得た、とかやっていて慌ただしくなり確認している暇がなかった。

 手持ちのキュウリって、一体……と首を捻りながらザ・ワンのエレベーターに乗る。

 

 31階に来るのはなんだか久しぶりな気がするなあ。

 俺はギリアンと並んで先頭を歩き、俺たちの後ろにカティナとリアナ、最後尾にヘクトールという隊列だ。

 四人の時はギリアンが先頭でカティナとリアナの前にヘクトールが入る形で進んでいるのだって。俺が一人増えたことで、後方からモンスターが出現した場合に備えることができるよう近接戦闘ができるヘクトールを最後尾に置いている。

 マーモは俺の足元をてくてく歩き、たまに鼻をヒクヒクさせるいつもの調子だった。

 10階層を進むのに時間をかけすぎると『箱を開けるモ』と繰り返すようになるので注意が必要だ。

 ん、注意といえばこの回廊――。

 

「改めて31階に来て分かったことがある」

「ん? ご機嫌なことか?」


 喋りながらも周囲への警戒を怠らないギリアンが軽い調子で応じる。


「回廊の道幅が狭いんだ」

「そいつは俺も気が付いていたぜ。徐々に幅が広くなっていってんだ」

「そういうことか」

「1階を見てから31階にきたらすぐ分かるぜ」


 120階から31階に来てやっと気が付きました、とは恥ずかしくて言えなかった……。

 ギリアンは良く観察しているな。俺は道幅にまで注目していなかったよ。

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