第28話 罠も余裕さ

「そうだ、ギリアン。もう一つ確認したいことがあった」

「おう」

「小部屋や扉付きの部屋に入ったりしているか?」

「全部が全部じゃねえけど、道すがらあれば入る、ほれ、今みたいに」


 ギリアンが顎で右手の小部屋を示す。

 歩き始めて10分くらいで初の小部屋発見である。小部屋は回廊に隙間があってそのまま中に入れるものや、鍵付きの扉、鍵無しの扉で区切られているものもあった。

 部屋の中には宝箱があることが多く、1階を探検していた時やまだ宝箱を開けることができた20数階までは丹念に調べていたんだよな。


「宝箱の罠に歯が立たなくなってから踏み込んでないんだよ」

「そういうことか。宝箱を狙ってねえなら、わざわざ入ることもないわな」

「部屋の中にも罠があるからさ」

「んだなあ、まあ任せてくれよ」


 パチリと片目をつぶったギリアンがどれどれと外から小部屋の様子を覗き込む。

 続いて彼はぽんと小石を小部屋に投げ入れ、片足だけ小部屋の中に突っ込んだ。

 

「問題ねえな、みんな入ってきてくれ」


 手招きされて小部屋に入る。

 壁にはどこかで見たことのある白い仮面が三つはめ込まれていた。思い出したよ、こいつはブルーノに深層へ落とされた後、マンティコアと決死の追いかけっこをしていた時に見たものだ。

 いかにも「罠です」という見た目だったから一か八かにかけることができたんだっけ。俺にとっては救いの女神だった白い仮面であるが、触れるわけにはいかない。マンティコアらを吹き飛ばす閃光がでてくるからな……。

 全員小部屋に入ったところで、奴が真っ先に欲望を口にする。


『箱を開けるモ』

「いま探検を始めたばかりだろ!」

『そこの入口塞げば問題ないモ』

「それ、俺が食べ終わるまで塞いどけってことかよ。やなこったい」


 何を言い始めるんだこいつは。

 気が遠くなりくらくらと壁によりかかりそうになってしまったじゃないかよ。背後に白い仮面があるってのに。

 仮面に飛びのいた形になった俺にギリアンが笑う。


「その仮面は触れても問題ねえぞ。残念ながら宝箱はなかったが、罠もねえみたいだ」

「罠無しのダミーの仮面とかあるのか」

「俺も初めて見るが、そういうもんもあるんだな。ザ・ワンに潜ってそれなりの経験がある奴に聞いてみねえとわからんな」

「私の精霊も反応していない」


 ギリアンの言葉にカティナが補足する。彼女は精霊が罠を感知してくれるのだろうか。

 ギリアンの方は固有スキルか培った技術のどっちだろ。

 

 ◇◇◇

 

「先行します。ウィングアロー!」


 鈴の鳴るようなリアナの声に応じ、言霊魔法が発動する。

 青い光の矢が幾本も生まれ、二股に首がわかれた蛇の群れへ襲い掛かった。

 蛇はレッサーヒュドラという名前で、全長が五メートルにも及ぶ。頭をあげた状態になっており、頭の先が二メートルくらいだろうか。

 レッサーヒュドラの数は5。広い回廊内が狭く感じられる。

 青い光の矢の着弾に合わせて俺とギリアンが突っ込む。

 ザシュ。

 右、左のファングでレッサーヒュドラの首をあっさりと真っ二つにする。時を同じくして横から払ったギリアンの大剣が蛇を叩く。

 彼の方は仕留めることこそできなかったものの、レッサーヒュドラの動きが目に見えて鈍る。


「カティノ、追撃は不要だ。ギリアン、そいつは任せた。残り仕留める」

「おう」

「うん」


 残り一体が再度動き出したところへ正面から突っ込み、深々とファングを突き刺し仕留めた。

 その後ろでドシインと大きな音がして最後のレッサーヒュドラが倒れたことが分かる。


「分かっちゃいたが、強えな」

「ギリアンたちもまだまだ余裕があるだろ」


 ギリアンとおどけた調子で言い合う。

 俺がいなかった場合、ギリアンがやったようにヘクトールも参加してレッサーヒュドラに一撃を加え、再度攻撃をして二体仕留めるだろ。

 残りのレッサーヒュドラが青い光の矢で怯んだ後に再起動したところへ、カティノの精霊魔法で追撃。んで、ギリアンとヘクトールが残りを処理する。

 とまあ、四人でもまだまだ楽勝かなと思った。


「クラウディオさんがいらっしゃったら、随分と精神力を節約できそうです」

「私は何もしてない」

「儂もじゃがな」


 俺とギリアンの会話にリアナたちも入ってくる。


「俺も全開のままってわけにはいかないし、疲れてきたら遠慮なくヘクトールと代わるよ」

「おう、任せておけ」

 

 ドンと分厚い胸板を叩くヘクトール。

 本当は怯んだところをファングでアタックしているだけだから、ほぼ疲労はない。

 だけど、俺は彼らを信頼している。その信頼の証として「いざとなれば頼む」と伝えたかったんだ。


「ヘクトールの旦那。俺の時も頼むぜ」

「お主の体力は底なしじゃから必要ないじゃろ」


 ははははとみんなで笑い合う。いいなあ、パーティって。

 俺だってこれまでパーティを組んだ経験がないわけじゃあない。自分の固有スキルが役に立たなさ過ぎて、気おくれしちゃうんだよね。

 実際、元の俺では3階層がせいぜいだった。毎日3階層までで満足だ、って探索者は皆無だから、パーティを組むにも組めないのだ。

 

 その後も危なげなく進み、時折ギリアンが宝箱を開け40階まで到達する。

 小部屋を調べたり宝箱を開けたりしていたので、10階層進んだところでそろそろ帰還の時間が迫っていた。

 最短距離を進みたい、ということなら俺のメモした地図で進めばもっと早く進むこともできそうだから、明日、彼らに提案してみるか。

 初日から地図で最短距離を、ってのは彼らの進み方を見ていないから早計だと思ってさ。

 

 40階のボスは人型の牛のようなモンスターだ。筋骨隆々の3メートルほどの長身で、両手持ちのスレッジハンマーを片手で軽々と振るう。

 名前はミノタウロス。マーモに聞かずともミノタウロスの名前は知っていた。子供向けの物語の本なんかにも出てくる有名モンスターだからね。

 こいつは力技以外使ってこないので、カティノとリアナの魔法であっさり仕留めることができた。

 

『箱を開けるモ』

「はいはい」


 ボス討伐後の定番動作を行い、マーモがトマトを齧る。

 

「この分だと10日もあれば120階に到達できそうだな」

「クラウディオさんがいれば必ずや」


 なんてリアナと会話を交わし、この日は街に戻った。

 翌日も彼女らと探索へ出かけるつもりだったのだが、事態は急展開する。

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