第16話 トマト追加だモ

 郊外の土地であるが、不動産屋なるところで販売価格を聞いたところなかなかなお値段だったんだよね……。

 不動産屋のネズミ頭の店主は何も知らない俺に親切に手続きをどうするのかなど、色々教えてくれた。

 結構するなあ、ため息をつきつつ不動産屋を出た時に当たり前のことに気が付いてしまったんだよ。

 土地を買うだけじゃ住めないよなって。

 自分だけの土地を買い、野宿するんじゃ宿に泊まった方がよほどいい。

 土地を買って、家を建てて、家具も揃えて……あああああ、一体どれだけの金がかかるってんだよお。

 現実を思い知った俺は、昼間っからボロロッカで飲んだくれている。

 テーブルの上には摘まみと酒以外にふてぶてしい生ものも乗っていた。足元とかじゃないのか普通……。

 そいつは直立し小刻みに口を動かしトマトをむしゃむしゃやっている。ご存知、マーモットのマーモだ。


『トマト追加してモ』

「はいはい。お姉さん、トマトとエール追加で」


 手を挙げて呼びかけると店員のお姉さんはすぐにトマトとエールをもってきてくれた。


「可愛いですね」

「気を遣ってくれなくてもいいんだよ。なんかごついしふてぶてしいだろ」

「そんなことないですって。ね」

『はやくトマトを寄越すモ』


 きゃっきゃしている店員のお姉さんの気持ちが全く理解できねえ。

 この生意気なセリフのどこに可愛い要素があるのだろうか。

 あー、エールうめえ。世知辛い世の中のことを忘れさせてくれる。


「クラウディオさん! ご一緒してもよろしいでしょうか」

「リアナじゃないか。みんなも。探索帰り?」

「はい、ちょうど30階だったので早めに戻りました」

「へえ、もう30階なのか」

「クラウディオさんが連れて行ってくださったからですよ」


 リアナと喋っている間にも髭の聖魔法持ちの戦士ヘクトールが椅子を準備し、長髪の軽装の大剣使いギリアンが注文を行う。

 残ったハーフエルフの少女カティナはテーブルを凝視し固まっている。

 彼女の目線の先はトマトをもうすぐ完食しそうなマーモットだった。


『あげないモ』

「しゃ、喋った……」


 カティナの額からタラリと冷や汗が流れ落ちる。

 カティナよ、その気持ちは痛いほど分かるぞ。

 

「か、可愛い……」


 おっと、分かったのは気のせいだったようだ。

 あれのどこが可愛いのかまるで分らん。さっきも同じ感想を抱いた気がするような……。

 ぐいぐい。

 ん? なんだ?

 カティナが俺の服の袖を引いている。

 彼女に目を向けると、視線で何かを訴えかけてきた。彼女の目線の先は相も変わらずふてぶてしさに定評のあるマーモットのマーモである。

 トマトを連続で食べただけに口元がべったべただ。


「あれ、いい?」

「いいってなんだ。良いってこと? いいんじゃね」


 べったべただが、まだ食べそうだし、喋ることができるくらい賢いのだから自分で口元くらい洗うだろ。放置してよし、だ。

 ところがどっこい、彼女の「いい?」は別のところにあった。

 パタパタと動いた彼女は手ぬぐいを持って戻ってくると、マーモの口元を拭き拭きする。


「うん、綺麗になった」

『キュウリ追加してモ」

「クラウディオ、キュウリ頼んで」

「えー」


 声のトーンが俺の時と可愛くない生ものの時で違うんだけど……。

 カティナとはこれまで殆ど言葉を交わしてこなかったが、クールで言葉数が少ない印象だった。

 それがどうだ。つんと尖った目じりが下がり、完全に蕩けた顔になっている。もうメロメロって感じ?

 仕方ねえなあ。そんな顔を見せられたらキュウリを頼むしかないじゃないか。

 マーモの要求を聞き続けるのも癪だが仕方ない。

 

 キュウリをもしゃもしゃしているマーモに熱視線を送っているカティナは放置して、他の三人と近況を語り合っていた。


「元々実力者だった者が探索者になることはないわけじゃないけど、パーティでとなると相当珍しいと思う」

「そういうもんかの」

 

 エールを傾けたヘクトールがふうむと首を捻る。

 探索者の経験が数年あれば誰しもが知っていることを語っただけなのだが、三人にとっては未知のことだったようでお互いに顔を見合わせていた。

 しかも彼らはBランクで集めたパーティでもなかなか到達できない30階まで既に踏破しているわけだからな。

 俺の見立てでは彼らの個々の実力はAランク。それもAランク中位には位置していると思う。あれから数日しかたっていないけど、ザ・ワンでの戦いに慣れるだけでAランク上位の実力になっているかもしれない。それだけ彼らは規格外だと見ている。俺なんて長年探索者をやっているが、到達階層は2階だったからな。


「魔力持ちがパーティに三人もいるとなると、Aランク以上ならともかくそれ以下はそういないし」

「三人じゃねえぜ。四人だ」


 俺俺、俺もいると親指を立てたのはギリアンである。


「ギリアンまで魔力持ちとは……魔法を使うの?」

「こう見えて俺はスカウトなんだぜ?」

「え、えええ。大剣使いのスカウトなんて見たことないぞ」

「使っちゃいけねえわけじゃねえべ? 防具は軽装だろ」

「確かに防具はそうだが……スピードを重視しているのかと思ってた」

「んだな。剣を振り回すのには軽装の方が都合がいい」

 

 それって大剣のために軽装にしているってことだよな。スカウトと繋がりがないってば。

 スカウトは罠や開錠、索敵の得意な者が名乗る自称で、探索者の間ではクラスと呼ばれている。

 スカウトとしての技術を磨くために時間を取られるので、武器の扱いは前衛の戦士や剣士に劣るとされているのが一般的だ。

 とはいえ、索敵も担当するのでモンスターと戦う力も求められる。手先の器用さと身軽さに長けた者が多い印象だな。

 そんなスカウトが主に得物としているのがダガーやショートソードといった小ぶりの武器である。

 罠を解除したりするときに大きな武器は邪魔になるし、身軽さを活かすならダガーの方が活かしやすい。彼らに求められるモンスターと戦う力は相手を打ち倒す能力ではなく、前衛と入れ替わるまで凌ぐ力だからね。

 ん。それなら、ダガーと弓って組み合わせもいいよな。弓は弓で狙ったところに飛ばせるようになるだけでも修練に時間がかかるが……。


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